《終わらない夏》
「暑いなぁ、ハル」
「大丈夫だぜ、また化け物が来ても俺が守ってやっからよ」
1人の長身で金髪の長い髪を緩く束ねた人の良さげな男が、1人の男を背負って声を掛けながら歩いている。
ポタリッポタリッ
何かの液体が滴る音がして、何処からか腐った臭いが鼻を掠めた。
背負っている男の目は、濁っていて一目で正常ではないとわかった。
警察署で、1人の男が取り調べを受けている。
その男は、背中に背負っている死体を、まだ生きているかのように扱っていた。
その男から死体を取り上げようとすると、暴れに暴れて
取り押さえるのに苦労した。
「ハル、ハル、約束したんだ、次にあの化け物が襲ってきても、助けてやるって」
そう、意味のわからないものを延々と呟き、死体の名を呼び、探し続けるその様子をみて、警察は精神鑑定を依頼した。
そして、取り調べを続けること数日。
急に正気に戻ったような真っ青な顔をして、聞くに絶えない絶叫をした。
「あぁぁぁぁぁ」
その声は、署全体に響いた。
「はる」
「はるは死んだ、俺のせいだ、俺がちゃんとしてたら、はるは死ななかったかもしれないのに」
ブツブツとわけも分からないことを延々と呟き続ける。
「はるは俺がころしたんだ」
運の悪いことに、その呟きだけが、刑事の耳に届いた。
結果、自白したと処理された。
ただ、その死体に残る、その死体の内蔵を半分抉りとったような、その大きな爪のような凶器が解明できない謎として残っている。
その男は、証拠不十分で不起訴となった。
その男が精神病院に入院しているときに、見知らぬ2人の青年が訪ねてきた。
その2人は、真剣な顔で男にこう尋ねた。
「何か、この世のものとは思えないような、冒涜的な何かを見ませんでしたか」
その夏は、繰り返される。
冒涜的で混沌としたなにか人智を超えた存在によって。
いつまでも、いつまでも。
《!マークじゃ足りない感情》
好きだよ、大好きだよ、愛してる
毎日、声にならない声を振り絞って叫んでる
どうか、どうか、気づいて欲しい。
この、どれだけ叫んでも足りない思いを!!!
「気がついてたよ、ちゃんと伝わってたよ」
「て、もう聞こえてないかな」
ピーッピーッ
心電図が異常を知らせてけたたましく音を発し、何人もの人間がバタバタと部屋を出入りする騒がしい部屋で
何故か誰にも気にとめられないヒトは、何本もの管に繋がれた目を閉じる男に向かって
「相変わらず馬鹿だね君は」
と毒を吐いて笑った。
《届いて、、、》
どうか届けと希う。
このささやかな願い事が、いつか叶えられるように。
俺は、代々とある一族に仕える家系だ。
俺はそんな自動的に定められた自分の将来が、運命が嫌だった。
生まれついてからずっと、その一族のために様々な教育を受けさせられ、両親の関心は俺がどれだけ一族の役に立てるか。
どれだけ俺が優秀か。
俺は褒められたことがない。
ただ、「役に立て」と言われるだけだ。
両親は俺に興味はない。
誕生日を祝われたことも一度もない。
一族の為に、体術を習い、護身術を身につけ、主の為に死ねと言い聞かせられる日々。
両親に従順だった妹は、その言葉の通りに、幼い時に、一族を反射的に庇って死んだ。
誰もが妹を褒めたたえ、死を悼む者は誰もいなかった。
庇われた一族のゴシソクサマですら、当然だとトウシュサマに玩具を強請った。
俺は一族が大嫌いだ。
一族のせいで、妹は死んだし、誰も俺を見てくれない。
誰も俺が死んでも悼んでくれない。
ただ当然だという目を、賞賛の目を向けて、家の存続に貢献するだけ。
俺はそんなのは御免だった。
俺は道具ではなく、人間になりたい。
俺はただ、命の危機に瀕さずにまともな温かい食事が食べてみたい。
床ではなくて、柔らかい所で眠ってみたい。
物語の本を読んでみたい。
外の世界を歩いてみたい。
誰かと話をしてみたい。
学校に行ってみたい。
自分の全てを話してもいいと思えるような、相手に出会いたい。
どうか、どうか、来世は、この願いを、1度でいいから、叶えてください、神様。
《あの日の景色》
俺は一生忘れられない。
二人の辿った結末を。
俺には学校で仲良くしている二人組がいた。
と言っても関わりは薄く学校の屋上でしか会ったことがないし、六ヶ月程度の仲だった。
それでも、二人は本当に仲が良かった。
お互いのことを話す時に少し変わる声色や、お互いを見る目が、此方が泣きそうになるほど優しくて。
大事なんだろうな、とただ思った。
だから、目の前の光景が信じられなかった。
目の前には血に濡れた二人の姿があった。
いつも通り、屋上に向かいながら二人と話す話題を考えていた。
すると、屋上には立ち入り禁止の黄色のテープが貼ってあり、警察がいっぱいいた。
自慢ではないが、俺は視力が良かった。
だから、見えてしまった。
昨日も普通の日常を過ごした二人の死体を。
呆然と立ち尽くしていた。
何がなにやら分からなかった。
でも、一つだけ理解できた。
もう、当たり前だった昨日は二度と来ない。
立ち尽くす俺に警察がそこを退けと指示を出す。
遺体が運び出される。
反対側を向いていたため、見えなかった二人の顔が一瞬みえた。
その二人の顔に、らしさを感じた。
人に殺されるというのに、あんな穏やかな顔ができるものか。
自分で殺した癖に、人を殺し慣れている癖にあんな絶望した顔ができるものか。
気がつけば、泣きながら笑っていた。
この世は、残酷だ。
殺した彼にとっては、全く優しくない世界だった。
せっかく仲良くなった彼を殺すことを強要されたのだから。
でも、殺された彼にとっては、少し優しい世界だったのかもしれない。
知らない人に恐怖しながら殺されるよりかは、泡沫の夢を与えてくれた大切な人に優しく殺される方がずっといい。
俺は二人に秘密にしていたことがある。
俺は、殺し屋のあいつに復讐するために近付いた。
でも、二人と接して復讐の機会を伺ううちに気がついた。
殺し屋のあいつが、ターゲットの彼を殺すのが一番の復讐になる。
あれだけ情が移っていたのだ、少しくらいなら無様なあいつを笑えるかもしれない。
彼もあいつに殺されるなら本望だろう。
その結果は予想以上だった。
殺し屋のあいつは、ターゲットの彼の後をおった。
ターゲットの彼を殺すというこれ以上ないくらいの罰を与えることができた。
復讐は完了した。
満足だった。
今日は宴だ。
でも、何故か涙は止まらない。
『手を繋いで』
「今まで騙して本当にごめん。
僕は今日君を殺すために今まで一緒にいた」
泣きそうに揺らぐ瞳を目を伏せて隠して、いつも通りにへらりと君は笑った。
思えば、違和感はどこにでもあった。
去年の誕生日を境に来年という言葉を君が口にしなくなったこと。
来年も来ようという言葉をことある事に君はよく使っていた。
何かを押し殺すように瞳を揺らして。
今年俺が来年という言葉を使うと、一瞬瞳を揺らがせて目を伏せて、ほんの少しだけ俺じゃなきゃ分からない程度に震えた声で同意すること
ずっと俺を眺めることが多くなったこと。
まるで脳裏に刻みつけるように。
自分を責めるように。
俺に気が付かないときはずっと悲しそうな表情を浮かべていること。
今日になるにつれて、どんどん様子がおかしくなりながらいつも通りを装う君に、隠し事を尋ねた。
答えは「これ」だったらしい。
なんだそんなことかと俺は笑ってみせた。
いいよ、と言った。
なんで、掠れた声で友人は俺に尋ねた。
その顔はもういつも通りではなかった。
今まで押し殺していた感情が溢れたようなぐちゃぐちゃな顔だった。
「俺は、君と居た日々が、これ以上ないくらいに1番幸せだった。
未練なんてないくらいに」
君に最期をあげてもいいくらいに。
そう思いを伝えると君はしゃがみこんで言った。
「なんで、詰ってくれないの。生きたいって、死にたくないって言ってくれないの、、、、嫌いになってくれないの」
君を殺したくなんかない。
君を傷つけたくなんかない。
そう言って君は迷子のような顔になった。
俺は君を抱きしめた。
そうして君を俺が抱きしめて、どれだけ時間が過ぎたのだろうか。
とうとう、君が俺を殺す時間がきたらしい。
君はそっと俺の体から手を離した。
その手はもう震えてはいなかった。
俺はそっと床に横たえられた。
目の前にはいつもの笑みを浮かべた君がいた。
その瞳にも揺らぎはなかった。
太陽を背後に笑う君はとても綺麗で。
これが最期の景色かと満足した俺に君が覆いかぶさってナイフを構えた。
そして、次の瞬間血に染まった君の歪んだ顔を最後に、
俺の人生は終わった。
𓏸𓏸高校の屋上から二人の遺体が見つかったと通報があった。
1人は、満ち足りたような穏やかな顔を浮かべて床に横たえられていた。
もう1人は、泣き笑いのような顔でその傍らに佇んで1人目の遺体と手を繋いでいた。
凶器は佇んでいる方の遺体が握るナイフだと見られており、犯人は2人目の遺体であると推測される。
二人を知るある人物はこう言った。
彼を傷つける自分を、世界を許容できなかったんでしょう、と。