冒険
毎年、夏休みになると専業主婦の母が
「冒険の旅に出よう!」と私たちに言った。
意味は、ちょっと離れたスーパーまで買い物に行こう!である。
ペーパードライバーの母
母の自転車の後ろに弟が乗り
私が母の前を自転車で走った。
先頭を走るのはいつも私で
「どっち~?」「そこの角は右~」
と母が教えてくれながら、隣町の大型スーパーまで自転車を走らせる。
全然、冒険じゃないと思うかもしれないけど
いつもと違う道を自転車で走り、ちょっと寄り道をしていつもと違うお菓子を買ってもらう。
毎年、楽しみにしている冒険だった。
自転車だけど、暑さを感じた記憶はない。
アイスが溶けないうちに大急ぎで家に帰って、扇風機の前で溶けかけのアイスにかぶりついた夏休み。
今思うと、夏休みの冒険の旅は母にとっても楽しかっただろうと思う。
だって、専業主婦の母はいつも日中一人なのだ。
テレビとずっとしゃべっているのだ。
届いて.....
届けば、天にも昇るような気持ちになり、
自分のことを優秀だと思える。
心がすくように嬉しくて、ぐっと満たされる。
届かなければ、悔しい。
なんで届かないの?
相手を責めたり、自分に苛立ったりする。
自分の想いが届かないときは
大体タイミングのせいだったりする。
タイミングさえ合えば、物事は上手くすすんでいく。
では、そのタイミングはどのように見極めればいいのか?
答えはシンプルで、自分のタイミングで動かないことに限る。相手に合わせてあげさえすれば物事はラインに乗ったように運ばれていく。
では、相手に合わせる時間がないときや、心の余裕がないときは?
そりゃ、強くなるしかない。
強くなればいい。
相手が勝手に合わせてくれる。
どうも、どうもで話がすすむ。
よし、強くなろう。
強くなれ!
届いて....と願わなくていいくらい強く。
あの日の景色
まだ大事な人を失っていないから
戻りたくても戻れない、思い出すだけのあの日の景色
が私にはない。
わたしが思い出すのは
学生時代の日常の景色だ。
車がまだなくて、自転車を漕いだ通学路。
講義の7分前に目が覚めたときは文字通りの爆走をしたっけ。
春になると咲く道沿いのハナミズキの美しさには1年の重みを感じる切なさがあった。
大学の講堂、毎日通った図書館
研究室に漂う純粋な学術の空気が懐かしい。
知り合いの学生が働く食堂の安っぽさに、
帰り道に寄る勝手知ったるスーパーの食品売場。
一日の終わりにたどり着く6畳の狭いワンルームは、自分だけの特別な城だった。
スクランブルエッグをのせたトーストや、3日はアレンジが利くカレーライス
週に1度回す洗濯機に、出窓部分に取り付けた部屋干し用の物干し竿
あの頃の生活は自分だけの力で回していたように感じるけど、地元の親の経済支援がなければ叶わなかった。
一日一日を丁寧に過ごしたあの頃の景色は鮮明だ。
今はどうだ。
仕事中心で、家事は100%家族頼みだ。
半分沈んだバランスの悪い船を漕いでいるみたいだ。
戻りたくても戻れないあの頃の生活
願い事
短冊に書いた願い事が叶うなど、信じたことは一度もなかった。
多分、みんな知っている。
短冊に書いたところで叶うはずなどないと。
だから、子どもの頃は目標を書いていた。
目標なら、努力すれば手が届く。
努力すれば手が届くことを目標にしていた。
大人になると、目標を公開するのに抵抗を感じるようになった。
実に下世話な目標しかないからだ。
現実的でちっぽけで、人に聞かせるようなものではない。
だから大人はたいがい、自分で叶えることもできない、夢みたいなことを書く。
人の幸せや世の中の平和
を願ったりする。
それはつまり、大人になったということだと思う。
あー、ボーナス1桁ふえないかな。
恋空
今日、お見合い相手とコメダ珈琲店に行った。
1回目は海沿いのレストラン
2回目は回転寿司
3回目は焼き肉食べ放題
今日が4回目
前々から、私のことを聞いてこない人で、
私に興味がなさそうだった。
一方的に私が質問して、相手の話を盛り上げていて、いささか上手くいかない感じがしていた。
今週もらったボーナスが思ったより多く、まだ秋からの昇進も決まり、今日は以前よりもよく喋っていて機嫌がいいのが分かった。
社長と仲良しで、よく飲みに行くことを教えてくれた。1年付き合った彼女にフラれて大失恋したときも社長にそのことを話して休みをもらったらしい。
その彼女は私たちが出会ったお見合いサイトを通して知り合ったらしく、私がどっちから好きになったのか聞くと、しばらく考えて「お互い少しずつかなぁ」と言った。
どうやら積極的に惚れたり、アプローチするタイプではないらしいと見えた。
毎回付き合うタイプが違うと言うので、前の彼女のタイプは?と尋ねると「答えるのは難しい。よく覚えていない」とはぐらかされた。
彼は失恋を引きずるタイプだと言い切った。
手痛い別れを経験したのは私もだった。
歳をとると、恋愛に積極的になれないのは別れが怖いからかもしれない。
こんなに歳をとって、同じ痛みを味わう体力はなかった。
自分から好きにならないように、あわよくば相手から気に入ってもらえたら楽だ、なんて受け身になってしまう。
こういうのは恋空とはほど遠い。