ふと頭上の空を見上げる
月の無い空だというのに、星一つ見えない
あたりは暗く、光源は足元の僅かな焚き火だけ
それでも空に星は見えない
「君の目には星は見えるかい?」
隣に座る彼女に聞く
「かすかに星雲が」
同じく夜空を見上げた彼女が答える
彼女の黒い瞳はガラスのように輝いていて
ただ空を見つめている
「昔はさ、都市が明るすぎて星なんてほとんど見えなかったんだって」
僕は視線を彼女から空に戻して呟く
「想像もつかないよね」
かつてこの星を照らし続けた文明の光は既に無い
「いくらここからは小さな屑みたいに見えたってさ、好き勝手壊して良いわけじゃ無いのにね」
かつてこの空に輝いた星々は既に無い
「僕を作った彼らは、なんて勿体ないことをしたんだろう」
彼らはこの星に自ら栄えさせた文明も、彼方先にある星々も、全て争いのために壊してしまった
そのくせ、同じように作った僕らを残して彼らは滅んでしまった
僕らは途方に暮れた
一つ、また一つと彼らの生存を諦めた者たちから自壊に至った
僕は諦めきれなかった
彼らが作った世界が好きだった
そこに再び、彼らによく似た生き物たちが長い年月を経て現れ始めた
彼らと連続性を持たぬ者
全く違う種族から分化し、知を得、僕を見つけてくれた者
自然の瞳を持つ者
ただ、その者たちが現れた頃には既に空に光はなく
彼らが壊した星々の最後の輝きはとうの昔に届き切ってしまっていた
しかし彼女らが持つ自然の光は、さらにはるか遠くの星の輝きをも捉える
機械の瞳には映らぬ光を
その視線の先に輝く雲を
彼女はみることができる
それをほんの少し羨ましく思いながら
僕は彼女の横顔に、カメラのレンズを向けた
春が来る前には、暖かな陽射しの中
少し寒い風が吹くから
薄手のコートを引っ張り出して鏡の前で着てみるの
夏が来る前には、じめじめとした空気に包まれて
ほんの少し顔がほてるから
夏祭りの予定を調べてみるの
秋が来る前には、まだ明るい夕方に
虫の音が少しだけ聞こえるから
涼しい風に当たりながら散歩をしてみるの
冬が来る前には、冷たくなった空気に凍えながら
早くなった夕暮れが見られるから
コートのポケットの暖かさを握りしめるの
新しい季節が来る前には、いつだって予感があるのに
どうして夢は突然覚めるのでしょう
夢が覚める前に
風が吹き、頬がてり、虫が鳴き、空の色が変わるなら
伝えられなかったさよならを
あなたにもう一度伝えられるのにと
そう惜しんだことさえも
朝焼けの美しさと起き抜けの涙で流れてしまうから
ただの寝起きのあくびのせいと涙を拭って
私は今日も清々しい朝を迎えるのです
あなたの知らない顔を見る度に
もっとあなたのことを知りたいと思うけれど
知らない顔を知ることで嫌いにはなりたくないから
これ以上知りたくないとも思ってしまうの
だからあなたとの綺麗な思い出だけを抱えて
記憶の中のあなたの顔だけを眺めて
あなたの声だけを聞いて
あなたの話を繰り返して
思い出の中のあなたが消えないように
そのかたちが壊れないように、大切に撫ぜるの
あなたの隣に立つことも
あなたの深くに踏み込むことも望みはしない
ただ、この思い出の中のあなたを
私の大切な宝箱の中にしまい込んで
時折取り出し、撫ぜ、頼りに生きることだけは
どうか許してくれませんか
踏み出す勇気も、嫌いになる度胸もない私の
たった一つのわがままを
一歩ずつゆっくり歩き出す時は
気にしないで踏み出して
でも駆け出す時は気をつけて
あなたが今立っているそこが
決して正しい位置ではないことを疑って
0からでも大丈夫なんて言葉に踊らされないで
ゆっくり足せばいつかはプラスになるけれど
0に何をかけても0にしかならないから
ほら、今あなたの足元は
直線上のどこにある?
春は出会いと別れの季節だなんて
一体誰が言い出したんだろう
どの季節にだって出会いも別れもあるはずなのに
どうして春ばかりがそんな季節だと言われるんだろう
陽に照らされた暖かい空気が好きなのに
芽吹く若葉やふくらむ蕾を見るのが好きなのに
囁く鳥の声が好きなのに
私のことを気遣った様な言葉を並べて
上っ面だけの同情を貼り付けた顔で
あなたが別れを告げて来たから
強い風も、散る花も、さえずりも
何もかもが嫌になりそうで
ああ、でも
柔らかな日差しを反射した
同情の紙の下に見えたあなたの瞳が
涙を溜めたその瞳が綺麗に見えてしまったから
縫い付けられたように何も言えなくなるの
私の新しい出会いなんて願わないで
別れの後に必ず出会いがあるなんて言わないで
それでも、あなたにはより良い出会いがあればと
そんな身勝手な願いをどうか許して