『ベルの音』
ここは個人の整形外科クリニックの待合室。中で流れるのはハンドベルが奏でる楽しげなクリスマスソングだ。順番を待つ私には何となく場違いな曲な気がして落ち着かなかった。痛めた右腕はまだ辛く、体に固定されているので自由が利かない。一体いつになったら治るのだろう…。そんな苛立ちからか明るい曲が妙に耳障りだった。
俯いて暫く目を閉じる。
ところが左側に何かの気配を感じて目を開けると、小さな女の子が受け付けで貰ったであろうクリスマスシールを私のコートに貼り付けていた。
驚く私に近くにいた若いママが慌てて「すみません!」と謝った。でも女の子は「だってお姉ちゃんはクリスマスツリーなんだもん。だからゆいが綺麗に飾ったの」
クリスマスツリー……?
固定した腕が袖に通せず、肩に羽織ったコートは少し長めの深緑色。被るニット帽はレモンイエローのボンボン付き。こげ茶のロングブーツを履いて座る私の姿が女の子にはまるでクリスマスツリーに見えたらしい。
綺麗なシールをどうもありがとうと言うと女の子は恥ずかしそうに頷いた。
『寂しさ』
寂しさを感じた時ですか…そうですね…
忙しい両親に代わって私の面倒を見てくれた祖母は何でも出来るひとでしてね。そんな祖母の側で過ごす時間は本当に楽しかったのを覚えています。
その大好きな祖母が亡くなったのは私が高校2年生の春。身内の死を経験したのはそれが初めてだったのでそれはもう寂しくて寂しくて、暫くの間は沈んだ気持ちで過ごしておりました。茶の間で祖母が使っていた座布団を見るだけで涙が出る。切ない気持ちを抱えたまま過ぎる日々。
そんな生活も数ヶ月経ち、冬になる頃ようやく落ち着きを取り戻していきました。そしてふと思ったんです。
ああ、今年の冬は祖母の甘酒が飲めないんだなって。
いいえ、今年ばかりか来年も再来年もそのまた先も、もう二度と祖母の作る甘酒は飲めないのだと。
ひとが居なくなるとはこう言うことなのかと悟った時、私にまた新たな寂しさが込み上げてきたんです。
『雪を待つ』
空に掛かる厚い雲を見上げながら息を吸い込むと、冷たい空気が鼻の奥に突き刺さる。これは…もしかして。
私は愛用の一眼レフをバッグに詰めると、車で山へ向かった。趣味で撮った写真をコンテストに応募し始めたのが丁度1年前。今回たまたま目にしたのは市の募集だった。「あなたの好きな場所」と題して市の魅力をアピールするもの、との募集要項を見てある場所を思い出した。
家からほど近い鬱蒼とした山の中腹に一カ所だけ木々がぽっかりと空いた場所がある。下を覗くと連なる山々と、運が良ければ川に架かる鉄橋を渡る電車が見え、更に遠くには薄っすらと海と島も見える。
あるのは大自然だけ。でもそれがいい。後はここに…。そう思っていると待っていた雪が舞いはじめた。そろそろ電車の通過時刻だ。私はカメラを構えてじっと待った。
雪の白に電車の赤が映えると評された私の写真は、市の観光PR大使賞に選ばれ来年2月の市報の表紙を飾る。
『夢と現実』
生まれたばかりのヒヨコ達が庭で元気に遊んでいます。そこへお母さんニワトリがやって来ました。一羽のヒヨコが側に来て
「ねぇ、お母さん。お母さんはどうして白い色をしているの?」と尋ねました。
「それはね、ニワトリだからだよ」とお母さんは優しく答えました。
「ぴよちゃんはヒヨコだから黄色だけれど、大きくなってニワトリになるとみんな白い色になるの」
「そうなんだ!」
ぴよは目を輝かせました。
「じゃあぴよもニワトリになったらお母さんと同じ白い色になれるんだね!早くニワトリになりたいなぁ」
するとお母さんが笑いながら言いました。
「大丈夫。沢山食べていればその内なれるから」
それからぴよは沢山食べました。葉っぱも米もミミズも好き嫌い無くもりもり食べました。毎日兄弟達の何倍もの量を食べ続けました。
やがて早くニワトリになりたかったぴよはニワトリ…にはまだならず、大きな大きなヒヨコになりました。
『さよならは言わないで』
ここ最近のお気に入りスイーツを求めて今日はコンビニエイトを4軒もハシゴした。
数あるコンビニの中で、ここエイトのスイーツは絶品だ。探していたのは「3色ミラクルくるくるチーズケーキ」。タルトカップに白、黄色、ピンクの3色チーズ生地が等分に入っていて色別に味が違うのでそれぞれで食べるも良し、ちょっと冒険して混ぜて味わうも良し、味が場所によって変わるのでネーミングのくるくるチーズケーキとは中々考えたものだ。
店に入るとすっかり顔馴染みになった店員さんが寄って来た。
「このチーズケーキ、これで生産終了なの」
あっという間に販売終了になるのが期間限定品の辛いところ。これが最後の1個だと言われ、手にしたパッケージをしみじみと眺めた。
こんなに美味しいんだもの、いつかまたスイーツ復刻版として戻って来てね。だから今はさよならは言わないんだから。