水晶

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4/20/2024, 7:03:38 AM

『もしも未来を見れるなら』

夕方、その占い屋は路地裏にひっそりと店を構える。白い布を掛けた小さなテーブルと椅子が1つ。
時々薄明かりの中で、お客と2人額を寄せ合う姿が見えた。そこを通る度に気になる自分が居る。だったらいっその事、一度見て貰ったらいいじゃないか。

「いらっしゃいませ」
椅子に座り、占いは初めてだと告げると「では、未来を見ますね」占い師はそう言い、何本もの長い棒をじゃらじゃらと鳴らした。「2年後にはご結婚され、」そうですか!「お子さんは2人です」そうですか!

それから‥と占い師が続ける。「良き事もあれば
悪き事もございます。そちらはどうしましょう?」確かに。悪い事だってこれから起こる。だが急いで知る必要は無い。今は明るい未来が見られればそれでいいのだ。

4/18/2024, 4:16:52 AM

『桜散る』

朝の支度を済ませ、そろそろ仕事へ‥のタイミングで息子から電話が来た。「俺のヘルメット、玄関に無い?」急いでいて忘れたのだろう、それは下駄箱の上にちょこんと置いてあった。

高所作業の息子にヘルメットは必需品だ。引き返すけど途中まで持って来て欲しいと懇願され、私は慌てて家を出た。急がないと私の仕事に間に合わない。川沿いの道を飛ばし、半分行った所でようやく息子に出合った。
「悪い!母さんありがとう!」ヘルメットを受け取った息子は車に戻りつつ「ほら、母さん上見て上」

そう言えば、川沿いの桜並木が満開だと聞きつつも中々来れずにいた。「俺のお陰で最後の桜に間に合ったね」と笑う息子を見送りながら、私は散る桜を暫く眺めた。

4/17/2024, 5:04:10 AM

『夢見る心』

「おおきくなったらバスの運転手さんになるの」
リビングで新聞を読む私の傍へ、孫がそう言って近付いて来た。そうか、としくんは運転手さんになるのか、と頭を撫でると嬉しそうに頷き、「おじいちゃんはおおきくなったら何になるの?」と聞いてきた。いや、もうおじいちゃんは‥と言い掛け、昔の記憶が甦る。

小学5年生の時、父が病気で亡くなった。母と下に弟が2人の生活は決して楽では無く、私は中学校半ばで学校を辞め働きに行った。朝は4時から隣の牛舎で乳を搾り、昼も夜も懸命に働いて弟達を大学にまで進学させた。それで満足だった。

「そうだなあ、じいちゃんは弁護士になりたい」
そう言葉にしたとたん、封印していた想いが押し寄せる。本当は自分ももっと勉強したかった。大学にも行きたかった。そして弁護士になりたかった。

「うん。おじいちゃんならなれるよ!」としくんが私を真似て頭を撫でる。初めて口にした自分の夢。
もうこの歳では叶う事は無いが、ずっと夢見ていた心は解放された。

4/16/2024, 7:36:31 AM

『届かぬ想い』

去年、新築した我が家。そしてこの春、私は玄関の脇に念願だった花壇を作る事にした。ホームセンターで材料を買うだけでワクワクし、レンガ1つ置くだけでうきうきする。作業を始めて数時間、ようやく思い通りの花壇が完成した。

夜、帰った夫の「凄いじゃん!」の言葉に気を良くした私は、次なる展望を語った。花の種類や色味、植え方も決めていて、土曜日に花を買い直ぐ植えるからと伝えた。夫はそれを頷きながら聞いていた、と思っていたのだけれど。

翌日、仕事から帰ると花壇に花が植わっている。
驚いて家に入ると今日は休みの夫が
「言われたと通りに花を植えておいたよ」
そんな事、一言も言って無いよ‥。
私がどれだけ花植えを楽しみにしていたのか、どうやら夫には届かなかったようだ。

4/14/2024, 7:33:09 AM

『快晴』

休日、いつもの買い物へ行く。今日は快晴。そして満開の桜。仕事帰りは深夜なので、桜の見頃に気が付かなかった。これは買い物だけでは勿体無い。
私は交差点で山へ向かってハンドルを切った。

街を抜け、川沿いの一本道を山のホテル目掛けて一気に車を走らせる。ようやく車を停めた私は桜で溢れた街並みを見下ろした。その見事さに感動していると、ふいに脳裏に言葉が響いた。
「今年もピンク色の季節になりましたね」

毎年、一番桜を目にすると必ずこう言った彼。いつも穏やかで優しかった彼。ほんの些細な事で喧嘩して、突然別れてしまった彼‥。
桜を見て少しブルーな気持ちになるのも、いつか終わる日が来るのだろうか。

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