三口ミロ

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9/7/2024, 4:29:28 PM

〇踊るように

入学式当日。学校が目前の通学路にある桜並木の坂道で、俺は馬鹿みたいに口を開けて上を見ながら歩いていた。ひらひら舞い落ちる桜が綺麗で、こんな春の良き日に入学式を迎えられて良かった!と心から思った。好きな季節は春。桜も好き。憧れだった高校に入学でき、待ちに待った入学式。春満開のこの光景は忘れたくないと、目に焼き付けたくて桜を眺めていた。
「あっ。」
と、後ろから声が聞こえ、なんだろと思ったその瞬間。身体前面に鈍い痛み。思わぬ衝撃には頑丈が取り柄の俺も思わず声を漏らしてしまう。
「ィ"〜〜…………」
額を抑えてしゃがみこむ。前方不注意で校門の柱に激突。春の陽気に浮かれてこんな事になるとは、恥ずかしい限りである。
「……大丈夫?」
控えめで冷たげな、けれどもこちらを心配してくれていると分かる優しさが伝わる声。頭上から聞こえるその声は、先程「あっ。」と聞こえた声と同じであった。
えっ、今の見られてた?恥ず〜……。と思いつつ、心配してくれてるんだからなんか言わなきゃな、と立ち上がって後ろを向いた。
運命ってあるんだ、って思った。この15年間生きてきて、ここまで心臓が跳ね上がる事は初めてだった。
黒艶の髪。透き通って触ると冷たそうな程白い肌。こちらを心配するように見つめる大きな猫目。見れば見るほど芸術品のように美しかった。
「だっ……ア、あひヘ……」
聞くも無惨な言葉とも取れない無意味な発音であった。動揺し、言おうと思った言葉が全て吹き飛んだ結果漏れ出た音だった。
目の前の女の子は心配そうにしながらも、眉を顰めて警戒するように俺を見つめた。それはそうである。目の前の男が上を見ながら歩いて前方不注意でぶつかり、心配で声をかけたら意味のわからない言葉を出してジロジロ見てくるのだから。
咄嗟に第一印象!という言葉が脳内を走り、なんとか言葉を口から押し出した。
「大丈夫です!俺、頑丈なのが取り柄なんで!」
「あ……そう、なんだ。良かった。気を付けてね。」
女の子はそれだけ言って苦笑いを浮かべ、そそくさと俺の横を通り抜けて校門をくぐって学校の敷地内へ入って行った。
第一印象最悪だった。このままではマズい。あの女の子に不審人物として覚えられたくないし、今巻き返さないと今後近付けるチャンスなんて無いかもしれない。
今ここで、引き止めなければならない。
俺は続いて校門をくぐり、女の子の背中に向けて「あの!!!」とここ一番の声量を出した。
びく、と驚いた顔で振り向いた女の子に、俺はすぐさま駆け寄る。しかし引き止めねば、と思って声を出しただけで、引き止めた理由なんて何も無かった。強いて言えば、挽回させてくださいだった。
どうしよ、と考えを巡らせてる間にも、女の子の顔は曇っていく。何か、何かないかと脳内の引き出しをガッタンバッタン開けまくっていると、女の子のネクタイの色が自分のネクタイの色と違う事に気付いた。つまり、上級生である。
「あ、あのっ、先輩、っスよね?あの、俺、教室どこか分かんなくて……」
「……あ、新入生だったんだ。」
「そっス!その〜、良ければ案内とかしてもらえないかな〜、なんて……あ、あは……」
我ながら雑すぎる引き止め方である。でももうなりふり構っていられなかった。俺はこの人と絶対に関係を繋ぎたかった。なんでもいいから、こっちを向いて欲しかった。
先輩はちょっと困った顔をして、でも先程よりかは警戒を解いたような顔だ。少しの沈黙の後、先輩は俺と目を合わせて頷いた。
「分かった。案内するね。」
「え!あ、ありがとうございます!!!」
思わず嬉しさ全開の声で大声を出してしまった。先輩はそれに驚いて、「声大きいね……静かにね。」と少し笑って言ってくれた。
その笑顔が可愛くて、俺は絶対にこの人の彼氏になりたいと思った。人生で最初で最後の一目惚れだった。恋に落ちるとは、こういうことを言うんだなと。思いがけない所に、とんでもない落とし穴があると身をもって体験した。
「俺、乾って言います!よろしくお願いします!」
「じ、自己紹介?えっと……櫻根です。」
先輩は困惑しつつも、自己紹介をしてくれた。先程からお人好しが溢れている。冷たそうな見た目なのに、優しくてお人好しだなんて。もっと知りたい。先輩はどんな人なのか。
少なくとも、知り合いにはなれただろうか。第一印象は悪めだけど、これから挽回していけばいいのだ。
高校生活一日目にして、一世一代の恋に落ちてしまったのだ。
俺はルンルンで先輩の後を着いて行く。
これが俺と先輩の出会いである。

11/13/2023, 1:18:30 PM

〇また会いましょう

すっかり日は落ちて窓の外は薄暗く、街灯がポツポツと灯りだす。最後の荷物をキャリーバッグに入れた男の子は、パタンとバッグを閉じて帰る支度を終わらせた。
本日は絶賛遠距離恋愛中の彼が帰ってしまう日。これから男の子は駅へ向かい、またいつもの日常へと戻るのである。
シンと静まった部屋の中。男の子はじっと自分の荷物を見つめている。女の子は男の子の傍に座って、「忘れ物は無い?」と聞いた。それに「大丈夫…」と返しつつも、荷物からは目を逸らさずに膝の上で拳を握っている。そんな様子なので、女の子は少し困って男の子の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「……。」
黙っている彼の顔は、明らか"寂しい"の顔だった。
他の人が見てもいつもの彼の表情との違いに気付ける事は無いが、女の子はすぐに分かった。まぁ、愛である。
女の子はその顔を見て、内心お祭り騒ぎだった。年下の彼は、いつも女の子にとってカッコよくあろうとクールな行動や発言をしている。年下でもいい所を見せたいという、なんとも可愛い大人ぶりをする人だった。
そんな男の子の素らしい可愛い部分が不意に出ており、まぁなんと愛らしい事か。いつもスマートな君もカッコイイけれど、年相応の感情に揺れる君も可愛くてたまらない。
女の子は堪らず身悶えしそうになったが、名女優になりきり、眉をしっかり下げて心配の代表例の顔で男の子の返答を待った。
男の子はたっぷり時間を使って、ようやく口を開き。
「帰りたくないかも。」
と、やっぱり可愛い事を言うのだった。
「……一日延ばす?泊まる?」
可愛い彼氏に甘い彼女はそう問い掛けた。すると男の子は、む!とした顔になり、首を横に振る。
「明日から普通に大学だし。そっちも仕事でしょ?」
「うん。でも、帰りたくないんでしょ?」
「そうだけど、それとこれは別。今日帰る。」
真面目でカッコイイ男の子はそう言って立ち上がり、荷物を持って玄関へと向かった。しかし玄関の戸は開けず、じっと女の子を見つめている。
「……寂しい?」
「……。」
答える筈ないと思いながら聞いてみたが、やはり無言だった。しかしこれは肯定である。いつもの男の子であれば、別に?だの、そっちが寂しいんでしょ?だのからかいを言うのだけれど、口を結んで開かない。
もう女の子はニコニコしてしまって、腕を広げて男の子を受け止めるポーズをした。すると男の子はそろそろと近付いて女の子を抱き締める。身長差があるので女の子はすっぽり隠れてしまったが、雰囲気は男の子が女の子に縋っているようである。
「また会おうね。」
「……うん。」
ニコニコと女の子が言うと、男の子は小さく頷いた。離れてもまだ寂しそうであったが、帰りたくないという気持ちは薄れてそうだった。
「やっぱり駅まで行こうか?お見送りするよ。」
「暗いしダメ。それと……」
「それと?」
「連れて帰りたくなる。から、ダメ。」
男の子はそう言うと、女の子にまたね、と言って扉を開けた。
女の子はもうダメになって、今すぐ追い掛けて男の子の顔を見たくなったけど、身悶えして行ける事はなかった。

11/12/2023, 3:24:20 PM

〇スリル

晴れ渡る良き春の日。とあるテーマパークの名物である、ホラー系アトラクションに並ぶ男女がいた。二人はお揃いのカチューシャをつけて、仲良く列に並んで自分達の順番を待っている。
カップルでテーマパークに行く時、鬼門とされるのは待ち時間である。数分の楽しみの為に、する事も少ない中で何時間も待つのは中々に堪える人が多い。人の本性が見られるのは酒とテーマパークのアトラクションの待ち時間である。
しかしこの二人には全くもって関係の無い話であった。女の子が男の子に向かってあのね、それでね、と話を一生懸命するのである。男の子が退屈しないように話を用意したようで、講談とまではいかないものの、順序を組み立てて話をしている。男の子はそれをニコニコ聞いて、しっかり相槌を返している。そんな調子なので、雰囲気が悪くなるなんて事は微塵も無さそうだった。
女の子が一生懸命話をしていると、列はどんどん前に進む。あと四、五グループがアトラクションに入れば、次はこの二人の番になるという所まで来ていた。度々出口から人が出てくる中に、この二人と似たようなカップルがいた。女の子が「怖かったぁ!」と涙目になりながら男の子の腕に絡み付き、男の子は笑って「だから言ったのに。」と言いながら女の子と一緒に去っていく。
そんな二人を見て、一生懸命話をしていた女の子は話を止めた。それは、女の子が「全く怖がらない女の子って可愛くないかな……」と考えたからである。
というのも、この女の子はホラーが大好きで、スプラッターでもサイコホラーでも、どんなホラー映画を見ても一ミリも怖がらず楽しむタイプだからだった。このテーマパークに来たのも、このホラー系アトラクションを体験してみたかったという理由が大きくある。それまで頑張っていた話を止めてじっと真剣な顔をして固まった彼女を見て、ニコニコしていた男の子は不思議に思い、「どうしたの?」と問い掛けた。
すると女の子はハッとし、ぴよぴよ汗を飛ばした後、ぴと…と男の子の腕に寄り添った。
男の子がいきなりの事に頭に疑問符を浮かべていると、女の子は「ちょ、ちょっと怖いかも…。」と言う。
女の子は完璧だ!と思った。こうすれば彼氏に引っ付けるし、可愛いって思われるかも!と思った。男の子にホラーが好きなのを言った事がない為、バレないだろうと。
しかし男の子にはこれが嘘だとバレていた。彼女はいつも使っているカバンにホラー映画の不気味なマスコットを付けていたし、家に行った時ホラー映画のBluRayケースが並んでいたのを見ている。なによりテーマパークに来た時、女の子は「ここ行ってみようよ」とホラーエリアを指差していた。
男の子はなんとなく女の子の考えを読み取り、ニコニコして「じゃあ、手繋いで入る?」と聞いてみた。すると、女の子はぱっと笑顔になって「うん!」と頷いてギュ!と手を握った。馬鹿である。
しかし男の子はニコニコ彼女を眺めて、可愛いなぁ、と思うので、結果として女の子の思い通りなのであった。