三口ミロ

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〇また会いましょう

すっかり日は落ちて窓の外は薄暗く、街灯がポツポツと灯りだす。最後の荷物をキャリーバッグに入れた男の子は、パタンとバッグを閉じて帰る支度を終わらせた。
本日は絶賛遠距離恋愛中の彼が帰ってしまう日。これから男の子は駅へ向かい、またいつもの日常へと戻るのである。
シンと静まった部屋の中。男の子はじっと自分の荷物を見つめている。女の子は男の子の傍に座って、「忘れ物は無い?」と聞いた。それに「大丈夫…」と返しつつも、荷物からは目を逸らさずに膝の上で拳を握っている。そんな様子なので、女の子は少し困って男の子の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「……。」
黙っている彼の顔は、明らか"寂しい"の顔だった。
他の人が見てもいつもの彼の表情との違いに気付ける事は無いが、女の子はすぐに分かった。まぁ、愛である。
女の子はその顔を見て、内心お祭り騒ぎだった。年下の彼は、いつも女の子にとってカッコよくあろうとクールな行動や発言をしている。年下でもいい所を見せたいという、なんとも可愛い大人ぶりをする人だった。
そんな男の子の素らしい可愛い部分が不意に出ており、まぁなんと愛らしい事か。いつもスマートな君もカッコイイけれど、年相応の感情に揺れる君も可愛くてたまらない。
女の子は堪らず身悶えしそうになったが、名女優になりきり、眉をしっかり下げて心配の代表例の顔で男の子の返答を待った。
男の子はたっぷり時間を使って、ようやく口を開き。
「帰りたくないかも。」
と、やっぱり可愛い事を言うのだった。
「……一日延ばす?泊まる?」
可愛い彼氏に甘い彼女はそう問い掛けた。すると男の子は、む!とした顔になり、首を横に振る。
「明日から普通に大学だし。そっちも仕事でしょ?」
「うん。でも、帰りたくないんでしょ?」
「そうだけど、それとこれは別。今日帰る。」
真面目でカッコイイ男の子はそう言って立ち上がり、荷物を持って玄関へと向かった。しかし玄関の戸は開けず、じっと女の子を見つめている。
「……寂しい?」
「……。」
答える筈ないと思いながら聞いてみたが、やはり無言だった。しかしこれは肯定である。いつもの男の子であれば、別に?だの、そっちが寂しいんでしょ?だのからかいを言うのだけれど、口を結んで開かない。
もう女の子はニコニコしてしまって、腕を広げて男の子を受け止めるポーズをした。すると男の子はそろそろと近付いて女の子を抱き締める。身長差があるので女の子はすっぽり隠れてしまったが、雰囲気は男の子が女の子に縋っているようである。
「また会おうね。」
「……うん。」
ニコニコと女の子が言うと、男の子は小さく頷いた。離れてもまだ寂しそうであったが、帰りたくないという気持ちは薄れてそうだった。
「やっぱり駅まで行こうか?お見送りするよ。」
「暗いしダメ。それと……」
「それと?」
「連れて帰りたくなる。から、ダメ。」
男の子はそう言うと、女の子にまたね、と言って扉を開けた。
女の子はもうダメになって、今すぐ追い掛けて男の子の顔を見たくなったけど、身悶えして行ける事はなかった。

11/13/2023, 1:18:30 PM