三口ミロ

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〇踊るように

入学式当日。学校が目前の通学路にある桜並木の坂道で、俺は馬鹿みたいに口を開けて上を見ながら歩いていた。ひらひら舞い落ちる桜が綺麗で、こんな春の良き日に入学式を迎えられて良かった!と心から思った。好きな季節は春。桜も好き。憧れだった高校に入学でき、待ちに待った入学式。春満開のこの光景は忘れたくないと、目に焼き付けたくて桜を眺めていた。
「あっ。」
と、後ろから声が聞こえ、なんだろと思ったその瞬間。身体前面に鈍い痛み。思わぬ衝撃には頑丈が取り柄の俺も思わず声を漏らしてしまう。
「ィ"〜〜…………」
額を抑えてしゃがみこむ。前方不注意で校門の柱に激突。春の陽気に浮かれてこんな事になるとは、恥ずかしい限りである。
「……大丈夫?」
控えめで冷たげな、けれどもこちらを心配してくれていると分かる優しさが伝わる声。頭上から聞こえるその声は、先程「あっ。」と聞こえた声と同じであった。
えっ、今の見られてた?恥ず〜……。と思いつつ、心配してくれてるんだからなんか言わなきゃな、と立ち上がって後ろを向いた。
運命ってあるんだ、って思った。この15年間生きてきて、ここまで心臓が跳ね上がる事は初めてだった。
黒艶の髪。透き通って触ると冷たそうな程白い肌。こちらを心配するように見つめる大きな猫目。見れば見るほど芸術品のように美しかった。
「だっ……ア、あひヘ……」
聞くも無惨な言葉とも取れない無意味な発音であった。動揺し、言おうと思った言葉が全て吹き飛んだ結果漏れ出た音だった。
目の前の女の子は心配そうにしながらも、眉を顰めて警戒するように俺を見つめた。それはそうである。目の前の男が上を見ながら歩いて前方不注意でぶつかり、心配で声をかけたら意味のわからない言葉を出してジロジロ見てくるのだから。
咄嗟に第一印象!という言葉が脳内を走り、なんとか言葉を口から押し出した。
「大丈夫です!俺、頑丈なのが取り柄なんで!」
「あ……そう、なんだ。良かった。気を付けてね。」
女の子はそれだけ言って苦笑いを浮かべ、そそくさと俺の横を通り抜けて校門をくぐって学校の敷地内へ入って行った。
第一印象最悪だった。このままではマズい。あの女の子に不審人物として覚えられたくないし、今巻き返さないと今後近付けるチャンスなんて無いかもしれない。
今ここで、引き止めなければならない。
俺は続いて校門をくぐり、女の子の背中に向けて「あの!!!」とここ一番の声量を出した。
びく、と驚いた顔で振り向いた女の子に、俺はすぐさま駆け寄る。しかし引き止めねば、と思って声を出しただけで、引き止めた理由なんて何も無かった。強いて言えば、挽回させてくださいだった。
どうしよ、と考えを巡らせてる間にも、女の子の顔は曇っていく。何か、何かないかと脳内の引き出しをガッタンバッタン開けまくっていると、女の子のネクタイの色が自分のネクタイの色と違う事に気付いた。つまり、上級生である。
「あ、あのっ、先輩、っスよね?あの、俺、教室どこか分かんなくて……」
「……あ、新入生だったんだ。」
「そっス!その〜、良ければ案内とかしてもらえないかな〜、なんて……あ、あは……」
我ながら雑すぎる引き止め方である。でももうなりふり構っていられなかった。俺はこの人と絶対に関係を繋ぎたかった。なんでもいいから、こっちを向いて欲しかった。
先輩はちょっと困った顔をして、でも先程よりかは警戒を解いたような顔だ。少しの沈黙の後、先輩は俺と目を合わせて頷いた。
「分かった。案内するね。」
「え!あ、ありがとうございます!!!」
思わず嬉しさ全開の声で大声を出してしまった。先輩はそれに驚いて、「声大きいね……静かにね。」と少し笑って言ってくれた。
その笑顔が可愛くて、俺は絶対にこの人の彼氏になりたいと思った。人生で最初で最後の一目惚れだった。恋に落ちるとは、こういうことを言うんだなと。思いがけない所に、とんでもない落とし穴があると身をもって体験した。
「俺、乾って言います!よろしくお願いします!」
「じ、自己紹介?えっと……櫻根です。」
先輩は困惑しつつも、自己紹介をしてくれた。先程からお人好しが溢れている。冷たそうな見た目なのに、優しくてお人好しだなんて。もっと知りたい。先輩はどんな人なのか。
少なくとも、知り合いにはなれただろうか。第一印象は悪めだけど、これから挽回していけばいいのだ。
高校生活一日目にして、一世一代の恋に落ちてしまったのだ。
俺はルンルンで先輩の後を着いて行く。
これが俺と先輩の出会いである。

9/7/2024, 4:29:28 PM