春一番

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2/13/2023, 3:01:34 PM

今日はひどく雨が降っていた。

「雨は嫌いだ」
「そう?私は雨が好きだけど」

 窓の外を見ながら、僕らは不毛な会話をしている。僕は雨が嫌いだった。特に理由があるわけでもないが、一つ言えることはこの湿り気で髪の毛の天パがさらにくるくる度を増していた。

「雨なんて一年中、どこでだって降るのに気にしてたらキリがないよ」
「別に降るな、っていう意味で嫌いなわけじゃない。ただそこにあるだけで鬱陶しく感じるから嫌いなだけで」
「うわ、どの天気にもケチを付けるタイプだ」
「天気だけじゃなくてどんなものにもケチをつけるよ、悪かったね」

 やっぱり捻くれてるな、蒼原は、と青雲はからから笑う。そんな青雲に僕は、むすっとして、結局どの日が一番好きなのか訪ねた。するとまた大きな声で笑った。

「あはは、私は晴れの日も曇りの日も好きだよ」
「雪の日も?」
「雪の日も」
「青雲に嫌いなものとかあるの…?」
「うーん、ないことはないけど人よりは少ないんじゃないかな」
「その秘訣は」
「だってさ蒼原、嫌いなものより好きなものが多いほうがこの世界を愛せるもの」
「嘘つき」
「嘘なんかついてないよ」
「だって君は」

世界なんてこれっぽっちも愛してないくせに、もうとっくに見切りをつけてるくせに、と口に出そうとしてやめた。

「不毛だ、やっぱり雨なんて嫌いだ」
「君が雨を好きになるまで待ってるよ」
「そんな日、来ない気がする」
「そんなの、来てみないとわからないでしょ」

 雨はさらに激しさを増して、窓に打ち付ける。

「なんで青雲は雨の日が好きなの?」
「そうだなあ…強いていえば音かな」
「音」
「うん、どんな天気でもこんなに心が落ち着く音を奏でられるのは雨だけなんだよ」 
「そんなに心地いいかな」
「うん、心臓の音とよく似ている」

 そう言われてそっと耳をすましてみる。雨の音が部屋の無音をかき消して、僕らの世界に割り込んでくる。それが心地よく感じて嫌になる。

「…だから私は雨は好きだ。好きなんだよ、」
まるで言い聞かせるような言葉に腹が立ち、僕は八つ当たりするように

「いつか嫌いなものがあっても世界を愛せるといいね」
と青雲に言った。

「さあ、どうだろうねえ」

 青雲はいつもと変わらない声と顔で笑っていた。











―そう遠くない未来の話―

 あの日と同じ、ひどく雨が降っている。僕はふと立ち止まり傘を少しずらして、空を見上げた。
 灰色で、重々しくて、冷たくて、止まなくて、悲しいくらい平等で、何も知らないふりをして降り続ける。そんな空を見つめながら、青雲のことを思った。あの日の会話のことも。そして誰に言うともなくつぶやく。

「やっぱり僕は雨を好きにはなれそうにないや

「だから、もう無理に好きになろうとはしないよ、

「君も側にはいないことだしさ

「きっと、それでいいんだ

「嫌いなものがたくさんあっても、僕は世界を愛してる

「よく言うでしょ、好きと嫌いは表裏一体だって

「だから、いいんだ

「青雲、僕が雨を嫌いな理由、君が納得できるようにたくさん用意しておくからさ

「そっち側でのんびり、笑いながら待っててよ」



まだ雨は止まない。

2/12/2023, 12:46:28 PM

「青雲、珍しいものをしているね」

 いつもの休日、お気に入りのミステリー本を読んでいる青雲にそう声をかけた。

「ああ、これ?」

本を置き、青雲本人も自分の指に目を向ける。

「ネイルなんて興味なかったんだけど、友達に勧められてね。一本だけ買ってつけてみたんだ」
「青雲…」
「おっと、今どきネイルに男も女も関係ないよ。そんなこといった日には世間から大バッシングだ」
「まだ何も言ってないよ」
「目がそう言いたげだったんだよ」

 あらためて青雲の指に目を向ける。青雲の爪は濃いエメラルドのような色で、青色の細いラメが光の当たり方によって不規則に煌めいていた。

「また派手な色を選んだね。初めてならもっとピンクとか肌色に近い色にすればよかったのに」
「ええ、そうかなあ。この色結構気に入ってるんだけど」
「なんか、こう、毒を盛られそう」
「めちゃくちゃ失礼だな」

くすくすと笑う青雲は、ふと、そのネイルを見つめてた。すると納得したように首を動かした。

「ああ、なるほど」
「急にどうしたの、青雲」
「なんでこの色にしたのか分かったよ」

 青雲は両方の手の甲を目の前に翳した。そして目を輝かせながら僕の方を見た。

「蒼原の車の色だ。私、あの色とても好きなんだ」

「この青とも緑ともとれる美しい色は君にピッタリの色だ。蒼原」

 そう言って、青雲は笑顔を綻ばせた。こちらが見惚れてしまうくらい、優しくて美しい笑顔を。僕はその言葉をゆっくりと飲み込んだ。そして両方の手の甲を上にして、静かに机の上に乗せた。

「?どうしたの、蒼原」
「お願いだ、青雲。同じ色を僕にも塗って。この色は君の色でもあるのだから」

 君が僕の色を塗るのなら、僕も君の色を塗る、というと青雲は一瞬動きがとまり、そして大きなため息をついた。

「仰せのままに」

と机の上にネイルを置き、僕の指一本一本、丁寧に塗り始めた。お互い何を言うわけでもなく、ただ穏やかな時間が流れ始める。何気ない休日に一つ、色がついたようだった。

(ああ、青雲、君にいつか伝えたい。)

(どうすれば蒼原、君に隠せるだろうか)

2/11/2023, 4:09:45 PM

 なんてことない冬のある日、なぜか僕は夜の散歩に連れ出されていた。

「…聞いてもいいかな、青雲」

「んー?なになに?なんでも聞いていいよ、蒼原」

 僕を連れ出して上機嫌な青雲は鼻歌交じりに答えた。青雲は時々こういう突拍子もないことを思いつく。今回もそうだった。

「なんで僕を連れ出したのさ」
「それ今きいてくるのが蒼原らしいよね」

 からからと笑いながら青雲は手すりに腕を乗せて眼前の景色を眺めていた。僕もつられるように景色に目を向ける。

「うーん、そうだなあ…今日は本当に夜空が綺麗だったから、そんな夜空がさらに綺麗に見える場所で、蒼原と景色を見たかったから?」
「なんで疑問系なの」
「あはは、なんでだろうねえ」

 青雲が連れてきたのは、外灯一つあるだけの、公園もしくは展望台のような場所だった。下には街並みを一望でき、上には息を飲むほど綺麗な夜空が広がっていて、確かに青雲の言った通りの場所。しかし、急すぎるのだ、と少し皮肉を込めた目線を送るも、青雲は気にせず指で灯りをなぞっている。

「ここ銀河鉄道公園って言うんだ。ほらあそこに電車が通ってる。」

 青雲が指さした先には、確かに電車らしき光が右から左に動いていた。

「ここから見える電車は宙に浮かんで走っていて、まるで銀河鉄道のようなんだって。一度一人で見に来たことがあるんだけどすごく綺麗で君と見に来たくなったんだよ。」

 だから連れ出しちゃった、ごめんね。と青雲は目を伏せながら言った。僕はそっか、とだけ答えた。少しだけ、二人の間に静寂が流れた。ふと、青雲が口を開いた。

「ねえ、蒼原、私
「いつか銀河鉄道に乗ってみたいなあ
「本当の幸いが見つかるのならば
「本当は今すぐにでも乗りたいのだけれども
「でも、隣に蒼原がいないのは寂しい
「でも、隣に蒼原がいたらきっと泣いてしまう
「ねえ、蒼原、私が銀河鉄道に乗ったらどうする?」

 きっと青雲はなんてことないように、まるで世間話のように話したかったのだろう。だけどその声が少し悲しそうで、本当はこれを聞きたくて、ここに連れてきたのだと思った。そんな青雲に僕小さくため息をついた。

「…ばかだなあ、青雲
「青雲、君は銀河鉄道になんか乗らないよ、
「僕が乗らせない
「それに銀河鉄道に乗るんだったらやっぱり僕も一緒だ
「君が泣くなら結局僕は隣りにいる
「君は僕の隣でこうやって、くだらないくらい綺麗なものをたくさん見るんだ
「そしたらきっとどんな場所だって楽しいものになる
「だから君は僕から離れられない
「僕も君から離れられない
「だったら僕らは一緒にいるべきでしょ」

 僕は目を伏せながら思いを馳せる。水晶の砂、鳥の群れ、青い橄欖の森、赤い蠍の光、どれもきっと美しいことだろう。だけれども。

「ああ、やっぱり乗るのはやだな。だけれども、青雲とまたこうして銀河鉄道を見るくらいならいいな。どうでもいいことを話しながらさ」

 青雲の方を見て僕はにやりと笑った。青雲は諦めたように笑い、薄いコートをひらりと揺らしながら、手すりに背中を預け、空を仰ぎ見た。

「まったく、君の口説き文句にはいつも勝てないなあ。仕方がないからもう少しだけ、君の隣でこっちの景色を堪能するよ」

 その間になんか面白い話でもしてよ、と青雲は白い息をゆったりと吐き出した。僕はどの話が青雲のお気に召すか、街の灯りを数えながら言葉を紡いだ。 



この場所で、こうやって君とまた。