なんてことない冬のある日、なぜか僕は夜の散歩に連れ出されていた。
「…聞いてもいいかな、青雲」
「んー?なになに?なんでも聞いていいよ、蒼原」
僕を連れ出して上機嫌な青雲は鼻歌交じりに答えた。青雲は時々こういう突拍子もないことを思いつく。今回もそうだった。
「なんで僕を連れ出したのさ」
「それ今きいてくるのが蒼原らしいよね」
からからと笑いながら青雲は手すりに腕を乗せて眼前の景色を眺めていた。僕もつられるように景色に目を向ける。
「うーん、そうだなあ…今日は本当に夜空が綺麗だったから、そんな夜空がさらに綺麗に見える場所で、蒼原と景色を見たかったから?」
「なんで疑問系なの」
「あはは、なんでだろうねえ」
青雲が連れてきたのは、外灯一つあるだけの、公園もしくは展望台のような場所だった。下には街並みを一望でき、上には息を飲むほど綺麗な夜空が広がっていて、確かに青雲の言った通りの場所。しかし、急すぎるのだ、と少し皮肉を込めた目線を送るも、青雲は気にせず指で灯りをなぞっている。
「ここ銀河鉄道公園って言うんだ。ほらあそこに電車が通ってる。」
青雲が指さした先には、確かに電車らしき光が右から左に動いていた。
「ここから見える電車は宙に浮かんで走っていて、まるで銀河鉄道のようなんだって。一度一人で見に来たことがあるんだけどすごく綺麗で君と見に来たくなったんだよ。」
だから連れ出しちゃった、ごめんね。と青雲は目を伏せながら言った。僕はそっか、とだけ答えた。少しだけ、二人の間に静寂が流れた。ふと、青雲が口を開いた。
「ねえ、蒼原、私
「いつか銀河鉄道に乗ってみたいなあ
「本当の幸いが見つかるのならば
「本当は今すぐにでも乗りたいのだけれども
「でも、隣に蒼原がいないのは寂しい
「でも、隣に蒼原がいたらきっと泣いてしまう
「ねえ、蒼原、私が銀河鉄道に乗ったらどうする?」
きっと青雲はなんてことないように、まるで世間話のように話したかったのだろう。だけどその声が少し悲しそうで、本当はこれを聞きたくて、ここに連れてきたのだと思った。そんな青雲に僕小さくため息をついた。
「…ばかだなあ、青雲
「青雲、君は銀河鉄道になんか乗らないよ、
「僕が乗らせない
「それに銀河鉄道に乗るんだったらやっぱり僕も一緒だ
「君が泣くなら結局僕は隣りにいる
「君は僕の隣でこうやって、くだらないくらい綺麗なものをたくさん見るんだ
「そしたらきっとどんな場所だって楽しいものになる
「だから君は僕から離れられない
「僕も君から離れられない
「だったら僕らは一緒にいるべきでしょ」
僕は目を伏せながら思いを馳せる。水晶の砂、鳥の群れ、青い橄欖の森、赤い蠍の光、どれもきっと美しいことだろう。だけれども。
「ああ、やっぱり乗るのはやだな。だけれども、青雲とまたこうして銀河鉄道を見るくらいならいいな。どうでもいいことを話しながらさ」
青雲の方を見て僕はにやりと笑った。青雲は諦めたように笑い、薄いコートをひらりと揺らしながら、手すりに背中を預け、空を仰ぎ見た。
「まったく、君の口説き文句にはいつも勝てないなあ。仕方がないからもう少しだけ、君の隣でこっちの景色を堪能するよ」
その間になんか面白い話でもしてよ、と青雲は白い息をゆったりと吐き出した。僕はどの話が青雲のお気に召すか、街の灯りを数えながら言葉を紡いだ。
この場所で、こうやって君とまた。
2/11/2023, 4:09:45 PM