「青雲、珍しいものをしているね」
いつもの休日、お気に入りのミステリー本を読んでいる青雲にそう声をかけた。
「ああ、これ?」
本を置き、青雲本人も自分の指に目を向ける。
「ネイルなんて興味なかったんだけど、友達に勧められてね。一本だけ買ってつけてみたんだ」
「青雲…」
「おっと、今どきネイルに男も女も関係ないよ。そんなこといった日には世間から大バッシングだ」
「まだ何も言ってないよ」
「目がそう言いたげだったんだよ」
あらためて青雲の指に目を向ける。青雲の爪は濃いエメラルドのような色で、青色の細いラメが光の当たり方によって不規則に煌めいていた。
「また派手な色を選んだね。初めてならもっとピンクとか肌色に近い色にすればよかったのに」
「ええ、そうかなあ。この色結構気に入ってるんだけど」
「なんか、こう、毒を盛られそう」
「めちゃくちゃ失礼だな」
くすくすと笑う青雲は、ふと、そのネイルを見つめてた。すると納得したように首を動かした。
「ああ、なるほど」
「急にどうしたの、青雲」
「なんでこの色にしたのか分かったよ」
青雲は両方の手の甲を目の前に翳した。そして目を輝かせながら僕の方を見た。
「蒼原の車の色だ。私、あの色とても好きなんだ」
「この青とも緑ともとれる美しい色は君にピッタリの色だ。蒼原」
そう言って、青雲は笑顔を綻ばせた。こちらが見惚れてしまうくらい、優しくて美しい笑顔を。僕はその言葉をゆっくりと飲み込んだ。そして両方の手の甲を上にして、静かに机の上に乗せた。
「?どうしたの、蒼原」
「お願いだ、青雲。同じ色を僕にも塗って。この色は君の色でもあるのだから」
君が僕の色を塗るのなら、僕も君の色を塗る、というと青雲は一瞬動きがとまり、そして大きなため息をついた。
「仰せのままに」
と机の上にネイルを置き、僕の指一本一本、丁寧に塗り始めた。お互い何を言うわけでもなく、ただ穏やかな時間が流れ始める。何気ない休日に一つ、色がついたようだった。
(ああ、青雲、君にいつか伝えたい。)
(どうすれば蒼原、君に隠せるだろうか)
2/12/2023, 12:46:28 PM