お題:I LOVE …
大団円を迎えた洋画。そのエンドロールが流れるテレビ画面に向かってエイタは不満をぶつけていた。
「なんで『I LOVE』って言ってんのに字幕が『僕も』なんだよ。おかしいだろ」
「ヒロインが告白したんだからその返事としてはおかしくないでしょ」
「しかも『I LOVE』って言ったあとなんか間があるんだよ。漫画とかである、てんてんてんってやつみたいな」
「三点リーダーね」
子供のような言い回しをしたエイタに教えてやると、彼は「それ」と私を人差し指でさした。人を指でさしちゃいけないって小さい頃に注意されてたのに、まだ直っていないらしい。
私とエイタはいわゆる腐れ縁だ。大学生にもなるのにお互い恋人もいなくて、一緒に遊んだり映画を観たりしてる。今日もサブスクで一緒に映画を観ようという話になっただけだ。
「恥じらいとかを表してるんじゃない?」エイタの言った『I LOVE』のあとの間について、私なりの意見を述べる。
「ストレートに『I LOVE YOU』って言えばいいのに。きちんと伝わんねえかもしんないだろ」
「あんな状況で言われたらさすがにわかるって」
主人公とヒロインの結ばれるシーンが一番最後でよかったと心底思う。そうでなきゃ、映画の途中にもかかわらず延々と続くエイタの文句にぶち切れてしまうところだった。
水と混ざって薄くなったコーラを飲み干す。
映画も終わったし今日は解散とするか。伸びをして立ち上がろうとした瞬間、エイタの手が私の手首をつかんだ。
「愛してる…」
まっすぐ目を見つめて告げられる。
今さらなに言ってんだろう。もう二十年近くずっと一緒にいる弟みたいな存在だったのに。
笑い飛ばせない低い声が脳をぶん殴ってきて、エイタが男の人だという事実を嫌でも思い知らされた。
「このコーラをな」
茶化した調子でエイタは二リットルのペットボトルを持ち上げる。
からかわれたことに気づいた私は、「あんたねえ!」と声を荒らげた。
「ほら、三点リーダーにしたらわかんねえだろ」
勝ち誇ったように笑うエイタを見ていると、どうしようもなく顔が熱くなった。
お題:街へ
私たちの世界から街は消え去ったのに、ミリンは「街へ行こう」と言い出した。
「あんなん廃墟じゃん」
「ビルとかまだいっぱい残ってるよ」
「人が全然いないもん。もう私たち以外の人間いないんじゃない」
「あれっ。街って人がいないといけないんだっけ?」
そういえば、なにをもってして街と定義するのか知らない。「わかんない」と私は答えるしかできなかった。
知らない家でミリンと二人で生活するようになって二週間。もともとこの家に住んでいた人間はお洒落だったようで、棚にはいくつもインテリアが飾られていた。でも、用途のわからないゴールドの球体は、今じゃ埃を被って輝きを失っている。
埃っぽい室内に慣れきって掃除する気力さえ起こらない。窓を開けてもそこら辺にあふれた腐臭が入り込むだけだから、換気にはならない。
「私たちもうすぐ死ぬじゃん?」ミリンの声に湿り気はなく渇いていた。
「ああ。まあそうだろうね」
地球にウイルスが蔓延して人間がばったばったと死んでいった。
一部の女はウイルスの抗体を持つとか、他にも嘘か本当かわからない情報に振り回されて、私は家族をはじめとしたあらゆるものを奪われた。
そんな中で出会ったのがミリンだ。『美しい鈴』と書いて『みりん』と読むらしい。変な女だな、せめて『みすず』にすりゃよかったのに。色んな感情を織り混ぜて「はあ」とため息に似たものを吐き出したことを、今でもよく覚えている。
第一印象に違わずミリンは変わった奴だった。突飛な発言は当たり前だし、凄惨としか言えない状況でもへらへら笑ってる。そんなミリンに救われたのは事実だけど、伝えたらこいつは調子に乗るだろうから絶対言ってやらない。
ミリンは締まりのない顔で私を見た。
「街に行くのが好きだったって前に教えてくれたじゃん。どうせ死ぬならあんたの好きなとこ行こうよ」
「ミリンの言ってた『日向ぼっこ』のほうが簡単にできるでしょ」
「私のじゃ駄目なの。あんたの好きなことを一緒にしたい」
またしてもミリンは自覚なく私を救う。
しょうがないな、と仕方ない風を装って玄関に向かう。いくつかのビルと数人の人間がいることで街が成り立つのなら、荒廃したビル群に私とミリンがいればそこは街になる。「どこ行くの?」わざとらしく聞いてくるミリンに、私は言った。
「街へ行こう」
お題:優しさ
「馬鹿かあんた!」
初対面の男は私の名前を尋ねもせず馬鹿と言ってのけた。
お酒でふわふわ浮かんでいた思考が、叫んだ男の声によって引きずり下ろされる。
ネオンでぎらつく繁華街。人工的な光に負けないくらい明るい金髪の男と、しがない会社員の私。アンバランスな男と私の組み合わせは、どう見ても顔見知りとは思いもしないはずだ。それなのに周囲は叫んだ男に物珍しげに目をやって横切るだけで、誰も私たちの間に割り込もうとする気配はない。都会の人は冷たいと聞いてたけどやっぱりそうなんだ。強く吹き付けてきた夜風さえも、頬の上を滑って通りすぎるだけだった。
「下手したら金目のもん全部盗られてたかもしんねえんだぞ」
さっきより落ち着いた様子の男は、相変わらず私に非がある言い方をする。
生まれてからずっと田舎で生活していた私は、就職を機にやっと憧れの都会へ飛び込んだ。今日は職場の同期と飲んでいて、解散のあと一人駅に向かおうとしたらガラの悪い男に声をかけられた。よく覚えてないけど二人でどこか行こうという話になったところでこの金髪男が横入りして、ガラの悪い男を追い払ったわけだ。私からしたらどっちも大差ない不良にしか見えない。
「ナンパかもしんないじゃん」ささやかな反抗としてタメ口で言ってやった。
「あんたみたいな田舎丸出しの女、誰もナンパしねえよ」
「田舎じゃないし!」
図星を突かれて気持ちが高ぶる。感情が大きく波打ったのにつられて声が大きくなった。
男が、ほら見ろと言わんばかりに鼻で笑う。
「髪染めりゃ都会に馴染めると思ってんだろ。全体がまとまってねえ。ちぐはぐなんだよ」
茶色く染めた髪に思わず手を伸ばしてしまった。そのまま手を下ろすのも癪だから、意味もなく髪を耳にかける。美容院でオリーブベージュと教えてもらった髪色。お洒落な色名に慣れなくてつい茶色と呼んでしまう。髪を染めるようになって半年以上経つのに、隠し切れない田舎っぽさがまだ残っているらしい。
私にさんざん言うこいつはどうなんだろうか、と男の頭から足まで観察する。とりわけ目につくのは金髪と羽織ってる赤いアウター。黄色と赤。どこかで見た色合いのそれらで記憶をかき混ぜる。
そして、ふと思い出した。
「デイリーだ」
「あ?」
「なんでもないです」
相手を刺激しないよう敬語で誤魔化す。
デイリーとはデイリーヤマザキの略称。私の地元でお馴染みのコンビニだ。よくパンを買ったなあと懐かしくなる。都会で見るコンビニは他のものばかりで、デイリーに巡り会えることはほとんどなかった。
「金盗られたくなかったらさっさと帰れ」
続けて男が「駅はあっち」と右を指さす。
結局この金髪男の名前はわからなかった。まあもう会うこともないだろうし、名前なんてどうでもいいか。
じゃあねデイリー。心の中で金髪男にあだ名をつけてから教えられた方向へ進む。すると後ろから足音がついてきた。振り返ると、別れを告げたはずのデイリーが私と同じ方角へ歩んできている。
「なんでついてくんの」
「俺も電車乗んだよ」
「後ろ歩くのやめて」
「じゃあ隣歩けば文句ねえよな」
隣も駄目に決まってんだろ。文句を言う前に風が強く吹いて唇を閉じてしまう。
「俺ん家の最寄りA駅なんだけどあんたは?」
デイリーが聞いてくる。なんという偶然。A駅は私も家から一番近い。嘘をつけばよかったのに、気づけば「同じ」とこぼしていた。
お題:ミッドナイト
時計の短針と長針が合わさって一つになる。
一日の終わりと一日のはじまりが重なった。
真夜中のその瞬間を越えたときは、新しいとこに来てしまった気がする。そしてなにかを置き去りにしてきた気分にもなる。
私の胸のうちを知っているのは、ミッドナイトだけ。