古菱

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お題:街へ

 私たちの世界から街は消え去ったのに、ミリンは「街へ行こう」と言い出した。
「あんなん廃墟じゃん」
「ビルとかまだいっぱい残ってるよ」
「人が全然いないもん。もう私たち以外の人間いないんじゃない」
「あれっ。街って人がいないといけないんだっけ?」
 そういえば、なにをもってして街と定義するのか知らない。「わかんない」と私は答えるしかできなかった。
 知らない家でミリンと二人で生活するようになって二週間。もともとこの家に住んでいた人間はお洒落だったようで、棚にはいくつもインテリアが飾られていた。でも、用途のわからないゴールドの球体は、今じゃ埃を被って輝きを失っている。
 埃っぽい室内に慣れきって掃除する気力さえ起こらない。窓を開けてもそこら辺にあふれた腐臭が入り込むだけだから、換気にはならない。
「私たちもうすぐ死ぬじゃん?」ミリンの声に湿り気はなく渇いていた。
「ああ。まあそうだろうね」
 地球にウイルスが蔓延して人間がばったばったと死んでいった。
 一部の女はウイルスの抗体を持つとか、他にも嘘か本当かわからない情報に振り回されて、私は家族をはじめとしたあらゆるものを奪われた。
 そんな中で出会ったのがミリンだ。『美しい鈴』と書いて『みりん』と読むらしい。変な女だな、せめて『みすず』にすりゃよかったのに。色んな感情を織り混ぜて「はあ」とため息に似たものを吐き出したことを、今でもよく覚えている。
 第一印象に違わずミリンは変わった奴だった。突飛な発言は当たり前だし、凄惨としか言えない状況でもへらへら笑ってる。そんなミリンに救われたのは事実だけど、伝えたらこいつは調子に乗るだろうから絶対言ってやらない。
 ミリンは締まりのない顔で私を見た。 
「街に行くのが好きだったって前に教えてくれたじゃん。どうせ死ぬならあんたの好きなとこ行こうよ」
「ミリンの言ってた『日向ぼっこ』のほうが簡単にできるでしょ」
「私のじゃ駄目なの。あんたの好きなことを一緒にしたい」
 またしてもミリンは自覚なく私を救う。
 しょうがないな、と仕方ない風を装って玄関に向かう。いくつかのビルと数人の人間がいることで街が成り立つのなら、荒廃したビル群に私とミリンがいればそこは街になる。「どこ行くの?」わざとらしく聞いてくるミリンに、私は言った。
「街へ行こう」

1/28/2026, 2:26:16 PM