古菱

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2/3/2026, 11:36:58 PM

お題:1000年先も

「100年ならまだギリいけそうだけど1000年だとさすがに無理だよね」
「なんの話だ?」
「100年後も愛してるよ、みたいな歌詞がちらほらあるなと思って」
 イヤホンを外して隣に座るイッセイを見る。スマホをタップすると、さっきまで高らかに愛を歌っていた曲が沈黙した。
 この家でイッセイと生活するようになって数年経つ。私とイッセイは恋人ではなく、私が一方的に「ついていきたい」と言って一緒に過ごしてるだけだ。今日は特に予定がないから、二人並んでソファに座っておのおの好きなことをしている。
「今は人生100年時代って言うからな。昔はそんな長生きするなんて考えらんなかった」
「そのうち人生1000年時代来るかな?」
「さすがに無理だって」
「イッセイは今まで何年生きたんだっけ」
 読んでいた本を閉じたイッセイは宙を見据えて考える。
「んー、500年くらいか」
 イッセイでもまだ1000年の半分か、と思う。
 イッセイは不老不死だ。
 なにもかも投げ捨てたいほど無気力だった頃、私はイッセイと出会った。いろいろあってイッセイに救われた私は、彼についていくと決めた。でもイッセイにとって私はそこまで大事な存在じゃないかもしれないと感じはじめている。「イッセイ」という名前が本名なのかさえ、私は知らない。
「今まで会った人たちのこと覚えてる?」
「全員は覚えちゃいねえ。でも覚えてる奴もいる」
 覚えてる人と覚えてない人の違いはなんだろう。
 私は普通の人間だから、イッセイより先に死んでしまう。私が死んだあともイッセイに私を覚えていてもらうためには、どうしたらいいんだろうか。
 黙ったままの私の頭に、大きな手が載せられる感触がする。そのまま手は雑に左右へと動いた。
「安心しろよ。こんなに俺について来てる奴はお前だけだ。お前のことは1000年経っても忘れねえよ」
 ぐちゃぐちゃにされた髪を整える私の肩から、安堵で力が抜けるのを感じた。

2/3/2026, 9:02:23 AM

お題:勿忘草

 世の中のルールというものは二つに大別される。破っても問題ないルールと、破ったら徹底的に後ろ指をさされるルール。壁の隅で『図書室では静かに』とひそかに主張している貼り紙は、私とスミレだけのこの空間では守らなくてもまったく問題ないルールだ。
「勿忘草って青色なんだ。見たことないなあ」
 スミレは隣で本を広げてはしゃいでる。
「日本でも咲くらしいよ」
「えっ。そうなの?」
「時期は春や夏……桜とか向日葵のほうがメジャーだから、そこまで知られてないのかもね」
「いやあ、しかしこの控えめな青、ソーシのイメージぴったり」
 うんうんと頷きながらスミレはいろんなものを噛み締めているようだった。
 スミレの好きなアニメキャラ・ソーシの新規イラストが公開されたのが数時間前。真剣な顔でスマホを駆使して次々と検索していくスミレは、ソーシの持つ花束が勿忘草だと突き止めた。「勿忘草について調べに行こう」と意気込むスミレに、私は図書室まで引っ張られたというわけだ。
「ねえ待って。花言葉の由来の話書いてある」
 本を食い入るように見ながらスミレは話しかけてくる。スマホで調べれば簡単にわかるのに、わざわざ図書室に来て本を探すなんて手間以外の何物でもない。その手間を惜しまないスミレのひた向きさを微笑ましく思う。
 スミレの横顔を見つめながら私は答えた。
「勿忘草の花言葉って『私を忘れないで』だっけ」
「うん。えっとねー、川のほとりを歩いてた騎士と恋人。恋人が見つけた花を摘んだ騎士が足を滑らせて川に流された。その時『私を忘れないで』って言って騎士が花――勿忘草を投げたのが由来だってさ」
「へえ」
「これでソーシの解釈がさらに深まりそうだわ」
 指で本の文字をなぞりながらスミレは真剣な眼差しを注ぐ。その指は白く細く、とても綺麗だ。
 私は飽きもせずずっとスミレを眺めていた。そしてふいに、ゆっくり滑っていたはずの指が止まる。
「なんで騎士は『忘れないで』って言ったんだろうね。好きとか、他に伝えるべきことあったと思うけど」
 唐突にこちらを向いたスミレにどきっとしながら、「なんでだろうね」と平静を装いつつ適当なことを口にした。
 真剣な面持ちでしばし考え込んだスミレは、ぶつぶつ呟きながら答えを探っている。そして「もしかして」となにかに行き着いた。
「恋人は実は姫だったとか? 身分違いの許されない恋ってやつ。だからストレートに好きって言えなかったのかも」
「……面白い考えだね」
 普段ならもう少しスミレの思索の手助けになることを言えるはずなのに、たった一言を捻り出すだけしかできない。
 許されない恋。私がスミレに抱くこの気持ちもそれに大別されるんだろう。伝えたいけど伝えられない。有り余る想いを、騎士はたった一言に込めたんだろうか。
「スミレ。私のこと忘れないでね」
 今の私に伝えられる精一杯を声にしてみる。
 スミレは瞬いてから、まぶしいほどの笑顔を私に向けて言った。
「親友のこと忘れるわけないって」

2/1/2026, 2:06:32 PM

お題:ブランコ

 大きくなればできることが増えると思っていた。たしかに昔よりできることは増えたけど、できなくなってしまったこともある。今乗ってるブランコもその一つだ。
 夜の公園で私はブランコに身を委ねている。足を伸ばしてても曲げても地面に着いてしまいそうだった。きっと大丈夫だろうけど、今の私の体重で鎖が取れてしまわないか心配になる。高校生の私は、昔みたいに無我夢中でブランコを楽しむことはできない。
「靴の先削れそう……ブランコってこんなにちっちゃかったんだ」
 隣にいるアキラはブランコを揺らさず座っている。すっかり背の大きくなったアキラがブランコに座ってるのは、正直いうと似合わなかった。
「昔よく遊んだよな。学校でも昼休みになったらすぐブランコまで走ってさ」
「懐かしい! そんでブランコ思いっきり漕いで前に飛ぶのやったよね」
「あー、どっちが遠くまで飛べるかってやつな」
「今は怖くてあんなの無理」
 ブランコの揺れに合わせて私の気持ちも揺らぐ。数年振りに会ったアキラは昔と変わらず恰好いいままで、好きだなという想いが色を取り戻してしまった。
 偶然だった。バイト先から家に帰ろうとしたら、アキラに声をかけられた。小学生のときはアキラとよく一緒に過ごしてたけど中学では別れてしまったから、会うのは四年ぶりだ。懐かしい気持ちが抑えきれずに会話が弾んで、帰るのが惜しくなって今に至る。
 昔は隠すことなくアキラに「好き」と言っていた。今そんな勇気はない。ブランコだけでなく、告白も今のわたしにとっては怖くて無理なものとなっていた。
 きっとアキラとはこれっきりなんだろうな。思ったと同時に指に軽く痛みが走る。鎖に皮膚を挟んだようだ。
 地面に足を着けてブランコを止める。そろそろ帰ろうか、と私が声をかける前に「なあ」とアキラが言った。
「遊園地にでっかいブランコみたいな乗り物あんだろ」
「ぐるぐる回るやつ?」
「そう。なんか無性にあれ乗りたくなった。今度の休み一緒に行かね?」
 体の中から一瞬重力が消えたような感覚になる。「いいね。行こ」何気なく返したはずの声が少し高くなる。
 空まで飛んで行けそうなほど、私の気分は高揚していた。

1/31/2026, 2:21:52 PM

お題:旅路の果てに

「『終わり』と『果て』の違いってなんだと思う?」
 地面に仰向けで倒れる私に向かって男は尋ねた。まぶたがひどく重い。抗えない眠気に蝕まれている私は声を発することさえできない。
「『終わり』には『始まり』が存在する。『果て』の対義語はぱっと思いつかねえ。あと『終わり』ってのは明確だけど、『果て』は曖昧なイメージ。あくまで俺の考えだけどな」
 どうやら私がなにを答えようが答えまいがどうでもよかったらしい。男は持論を展開した。
 早く立ち去らないのかとぼんやり思う。この男がいなければ絶対静かになるはずなのに。どうせなら静寂の中でまぶたを閉じて感傷に浸ってしまいたい。
 男が私の顔を覗き込んできた。
「お前、俺を探してずっといろんなとこ旅してたんだろ。残念だったな。こんな結果になってよ」
 その結果を私に与えたのはお前のくせに。そう言ってやりたいのに、代わりに口から出てきたのは血だった。手足が冷え切って感覚はほとんどない。あと少しで私の人生は終着点に至る。
 この男はかつて私から家族を奪った。
 残り少ない私のすべてを復讐に捧げたのに、この男を殺すどころか苦しませることもできなかった。こいつにとって私は、せいぜい物語の脇役にすぎないんだろう。映画に出てきそうな広大な空を見上げながらそう思った。
「復讐を志した旅なのに理想の形で終われなかった。お前が主人公なら『復讐の旅路の果て』ってタイトルになりそうだ」
 空を見ていたはずなのに、きづけば視界は真っ暗になっている。
 私の人生の幕が閉じた瞬間だった。

1/30/2026, 3:07:35 PM

お題:あなたに届けたい

 2222年、ネコ型配膳ロボットはネコ型宅配ロボットへと進化していた。
「いつもありがとうね。ネコちゃん」
「とんでもないです。またのご利用お待ちしてますにゃん」
 配達を終えた1台のネコ型宅配ロボットが短い足で老女の前から立ち去る。次の配達先まではそこまで遠くないので四足歩行モードで問題ない。距離が遠いときは、200年ほど前に活躍していたネコ型配膳ロボット同様にホイールを使うこともある。
 その姿はロボットのモデルとなった動物のネコより大きく、どっしりと安定感がある。荷物を落とすリスクを減らすためだ。
 次なる目的地にやってきたネコ型宅配ロボットは、玄関扉の前で荷物の受取人へと信号を飛ばす。するとほどなくして扉が開かれた。
「お荷物お持ちしましたにゃん」
「おう。ベルか」
 受取人である田宮タモツが現れる。しゃがんで荷物を受け取り、ネコ型宅配ロボットの頭を撫でた。ロボットはキューと鳴き声のような電子音を発する。
 ベルとはこのネコ型宅配ロボットの個体名である。ネコちゃんと呼ばれることが多い中、タモツは個体名を覚えている数少ない人間だった。
「お前ネコならネズミの形したもんとか好きか?」
「見た目がネコなだけなので、ネズミは好きでも嫌いでもないですにゃん」
「そっか。なんかお礼したいのにな」
「お気持ちだけで充分ですにゃ」
 肩を落とすタモツにベルは言葉をかける。ベルの内部のポジティブメーターが上昇した。
 ネコ型宅配ロボットは、将来的には地域住民の見守りや人間同様の交流もおこなえるよう改良中である。まだ公にしていないため関係者以外はポジティブメーターの存在を知らない。
 タモツが快活な笑顔をベルへ向ける。
「また荷物頼んだときはよろしくな」
「かしこまりましたにゃ」
 またタモツの家に行ける可能性がある。その答えをプログラムが弾き出した瞬間、ポジティブメーターの数値はまた増えた。

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