お題:優しさ
「馬鹿かあんた!」
初対面の男は私の名前を尋ねもせず馬鹿と言ってのけた。
お酒でふわふわ浮かんでいた思考が、叫んだ男の声によって引きずり下ろされる。
ネオンでぎらつく繁華街。人工的な光に負けないくらい明るい金髪の男と、しがない会社員の私。アンバランスな男と私の組み合わせは、どう見ても顔見知りとは思いもしないはずだ。それなのに周囲は叫んだ男に物珍しげに目をやって横切るだけで、誰も私たちの間に割り込もうとする気配はない。都会の人は冷たいと聞いてたけどやっぱりそうなんだ。強く吹き付けてきた夜風さえも、頬の上を滑って通りすぎるだけだった。
「下手したら金目のもん全部盗られてたかもしんねえんだぞ」
さっきより落ち着いた様子の男は、相変わらず私に非がある言い方をする。
生まれてからずっと田舎で生活していた私は、就職を機にやっと憧れの都会へ飛び込んだ。今日は職場の同期と飲んでいて、解散のあと一人駅に向かおうとしたらガラの悪い男に声をかけられた。よく覚えてないけど二人でどこか行こうという話になったところでこの金髪男が横入りして、ガラの悪い男を追い払ったわけだ。私からしたらどっちも大差ない不良にしか見えない。
「ナンパかもしんないじゃん」ささやかな反抗としてタメ口で言ってやった。
「あんたみたいな田舎丸出しの女、誰もナンパしねえよ」
「田舎じゃないし!」
図星を突かれて気持ちが高ぶる。感情が大きく波打ったのにつられて声が大きくなった。
男が、ほら見ろと言わんばかりに鼻で笑う。
「髪染めりゃ都会に馴染めると思ってんだろ。全体がまとまってねえ。ちぐはぐなんだよ」
茶色く染めた髪に思わず手を伸ばしてしまった。そのまま手を下ろすのも癪だから、意味もなく髪を耳にかける。美容院でオリーブベージュと教えてもらった髪色。お洒落な色名に慣れなくてつい茶色と呼んでしまう。髪を染めるようになって半年以上経つのに、隠し切れない田舎っぽさがまだ残っているらしい。
私にさんざん言うこいつはどうなんだろうか、と男の頭から足まで観察する。とりわけ目につくのは金髪と羽織ってる赤いアウター。黄色と赤。どこかで見た色合いのそれらで記憶をかき混ぜる。
そして、ふと思い出した。
「デイリーだ」
「あ?」
「なんでもないです」
相手を刺激しないよう敬語で誤魔化す。
デイリーとはデイリーヤマザキの略称。私の地元でお馴染みのコンビニだ。よくパンを買ったなあと懐かしくなる。都会で見るコンビニは他のものばかりで、デイリーに巡り会えることはほとんどなかった。
「金盗られたくなかったらさっさと帰れ」
続けて男が「駅はあっち」と右を指さす。
結局この金髪男の名前はわからなかった。まあもう会うこともないだろうし、名前なんてどうでもいいか。
じゃあねデイリー。心の中で金髪男にあだ名をつけてから教えられた方向へ進む。すると後ろから足音がついてきた。振り返ると、別れを告げたはずのデイリーが私と同じ方角へ歩んできている。
「なんでついてくんの」
「俺も電車乗んだよ」
「後ろ歩くのやめて」
「じゃあ隣歩けば文句ねえよな」
隣も駄目に決まってんだろ。文句を言う前に風が強く吹いて唇を閉じてしまう。
「俺ん家の最寄りA駅なんだけどあんたは?」
デイリーが聞いてくる。なんという偶然。A駅は私も家から一番近い。嘘をつけばよかったのに、気づけば「同じ」とこぼしていた。
1/28/2026, 8:59:47 AM