先輩…先輩!今の私は先輩に届けたい…
そんな必死な思いだったのは中体連夏季大会だった。先輩を追いかけて掴んだ県大会枠。とはいえ、初めての県大会、選手側として初めての場所。自分なりに気合いを入れたつもりだったのに…県大会で1年生は私だけ。当然年上の方たちには及ぶわけもなくて。決勝にも残れずに帰る私の前を走ったのは先輩だった。タ、タイムは!?慌ててスクリーンを覗いた。あ、このペース、行ける…全国に行ける!私は、背筋を伸ばし前だけを見て走る姿に思わず
「先輩、ガンバー!!」
ペースが上がる。あと少し、あと一歩!
「ラストー!!!」
息を切らした先輩のタイムは全国標準を突破。
このままじゃ、ダメだ。私は走った。先輩が帰るまでに間に合って…私の想いを隅に書いたペットボトル。
「先輩、お疲れ様です。全国標準突破おめでとうございます。あの、これ」
「えー!?マジで!?ありがとう」
先輩の好きな白ぶどうのジュース。私だけに向けた笑顔は確かに私だけのものだった。
「ねぇ、君。何見てるの?」
私の声に驚く幼馴染くん。
「これ見ろよ。2月14日の給食、ハートハンバーグだって。男子のことバカにしてるとしか思えない」
なんだそんな事と私は吹き出した。
「別に、俺だって女子からチョコもらいたいというかもらいたくないというか」
去年、私があげたもんね。
「でも、今年は貰えるんじゃない?君、モテるし」
いじわるのつもりじゃなかった。でも、幼馴染くんの事を好きな女子がいるのは事実だ。
「俺は貰いたくないよ、それは」
え?と私が見上げた時はモテるわけねーしと男子と笑いあっていた。
今日の部活。やっと終わる。深呼吸した私の袖を掴んだのは…幼馴染くんだった。何?と驚いた私は聞く。
「ダウン、怖いからついてきて」
は、は?電気の付いていない廊下さえも怖いのかと私はまた笑ってしまった。
それでも私は幼馴染くんの隣を走った。満足そうに笑みを浮かべる幼馴染くんの態度は少し照れていた。私の心は揺れている訳じゃないのに…どうして、どうしていつも安心してしまうんだろう。
今年は幼馴染くんにもちゃんとチョコを届けても良いかな?
I…I LOVE…
I LOVEの後に続くのは、先輩か幼馴染くん、か。それとも初恋の人を入れるのが正しい?
先輩と私は部活は同じでも異性というだけあって話したことはあまりなかった。でも、私は先輩の後ろを走って、先輩の背中を追いかけた。大会、競技場での練習時に撮った2ショットは私を県だけでなく地方のブロックで1位に導いてくれた。私が一方的に抱いている想いは先輩が思っている以上に繊細なんですよ?私を振る時だって直接じゃなかったこと…今でも本当は痛いんですよ。でも、それ以上に私への返事に時間をかけて考えてくれたこと、今までと同じように居てくれていることが何より嬉しいんです。私の好きは、大切はこれからも先輩だけです。
先輩のいなくなった部活はいつもつまらない。部活という名の青春を楽しめていない私だけ、なんだか時が止まっているみたいで。
雪の積もった帰り道を1人で歩く。いつからこんなんになったんだっけ?私の前に1台の車が止まった。私の名前を呼ぶ聞き覚えのある声。車に乗っていたのは幼馴染くんだった。お母さんにもありがとうございますと言って乗り込んだのはいいものの、何を話せばいいのか。
「…なんで乗せてくれたの?」
小さな声で零れた一人言
「女の子1人でいるのは心配だろ、しかも最近不審者の話も出たし、俺が心配したから」
幼馴染くんは、私のことを考えてくれていた。音楽を聴いていたお母さんには聞こえていない2人だけの会話。幼馴染くんは、遠回しに告白したあの日のあとも何も変わらなかった。いつも通り。めんどくさいことは嫌い、人とはあまり関わりを持たない。特に女子とは。でも、私だけには優しかった。すぐに手伝ってくれるし、目が合うと必ずニコッとしてくれる。
「乗せて頂いてありがとうございました」
「いえ、息子の事よろしくお願いしますね」
「お母さん、余計なこと…」
「はい、私の方こそですが、よろしくお願いします」
ピピッ
ドアが閉じようとしていた
「じゃあね」
小さな彼の声。恥ずかしがっているのがよくわかる
「またね」
手を振りながら幼馴染くんが乗った車を見送った。
結局、本当に愛するものを見つけられない私のI LOVEの続きは空白のままだった。
街。
ー先輩ならすぐに何か浮かぶのかなー
私はバカだから思いつかないな。先輩にフラれたショックが大きいはずなのに、増々好きになって、3月で卒業する先輩へ何も出来ないでいる。
先輩と出会ったのは陸上部だった。兄弟の影響もあったけど、本当は先輩の走る姿に惹かれて入部した。先輩は無口でたまに漏れる笑顔が私の「尊敬」を「好き」という感情に変えてしまった。片想いをして6ヶ月。10月31日、私は先輩に告白した。でも、1ヶ月以上経ってから返ってきた返事は
「今はそういうのに興味ありません。ごめんなさい」
だった。私は悲しいはずなのに涙を流しながら増々溢れ出す想いでいっぱいいっぱいだった。
私は小学生の頃からの幼馴染くんがいる。あまり接点がなかった幼馴染くんは同じクラスになってから距離が近くなった。私に話しかけてきて、私が陸上部に入ったら途中入部でも陸上部に入ってくるほどだ。蛙化現象を持っている私には気持ち悪いという感情が溢れていた。先輩に告白して数日経ったある日、私は突き放すように言った。
「私には好きな人がいるの。蛙化現象も持ってるんだけど、その人だけには出なくてさ。本気で好きなんだ」
唖然とした顔だった。
「ほかの男子に見られても嫌だし、家の前まで送ってくれなくてもいいよ。あんまり近づきすぎても私、蛙化現象出ちゃうし」
幼馴染くんは今にも泣きそうな顔だった。
ーこれでいいー
私に近づいたら傷つくし、これでいいの…そのはずだった。
「わかった。でも、最後に言わせて。返事、まだ出てなくて良かった」
返事。そういえば今日、先輩に告白したの近くにいた幼馴染くんは聞いてたんだ。
「返事?なんのこと?」
わかってたのに、私は誤魔化すようにそう答えた。
「俺の初恋の……」
小さな声でボソボソ言う幼馴染くんに
「君の初恋!?君、今初恋中でしたか、誰〜?応援するよ!」
幼馴染くんは奥手男子で、彼なりの告白をしてくれたつもりなんだろうけど、私は気づかないフリをしていた。私はあなたを好きになれる自信はない。
そしてそれからまた1ヶ月が経ち、私はフラれた事を伝えた。
「ドンマイ」
なぜかニヤニヤと嬉しそうな顔をしながら励ます幼馴染くんに私はムカッとしてしまった。