短い小説 『子猫』
「可哀想に、この猫、棄てられてるんだってね」
声を聞き、声のする方へ顔を向けた。
そこには、小さな段ボールがあった。段ボールには小さく、“生後1ヶ月です”と書かれていた。
段ボールは見た感じ新しく、置いてからまだ2、3日しか経っていなさそうに見えた。
二人の人間は同情だけして去っていった。段ボールからか弱い声が聞こえる。たまらず段ボールの方に駆け寄った。
子猫一匹。虎猫であった。生後1ヶ月で棄てるとは、とても育てる余裕がなかったのだろう。酷いことをするものだとは言えないが、この子猫のことを考えると、もう少し良い方法があったのではないかと思ってしまう。
両手でゆっくりと持ち上げ、抱いてみた。肋骨が微かに出ている。明らかな栄養不足だ。このままでは取り返しのつかないことになるだろう。
拾いたい気持ちは山々だが、うちにも飼えない事情がある。うちの家族で動物が嫌いな人がいるのだ。見つかったら、大変なのは目に見えている。
だが…
こっそりと飼えば、大丈夫かもしれない。
リスクはあるが、不可能ではない。
そう思い、子猫を服の中に入れ、どうするか考えながら家へ帰る。
短い小説 『秋風』
何もない空間。空も灰色で草も灰色に染まった、現実の世界とは思えないような殺風景な世界。
その世界の中で、ここがどこか分からず、何も持たずに茫然と立ち尽くしている男がいた。
男は顔を上げる。その先には、鮮やかさとはかけ離れた、雲何一つない空。霧も風もないため、灰色なのになぜか、鮮やかに見える。この矛盾は皮肉としか言えない。
ここに来てから、どのくらい経ったか。
男はもはや、時差ボケや曜日ボケなんてする余裕もなかった。道に迷った末、ここで長く過ごしてきた。今では何もかももう慣れてしまった。
ある日、草原が少し揺らぐのが見えた。
最初は気のせいだと思ったが、草が歪み、空も僅かだが歪んだ荒い波紋のようなものが見えた。草や空は、低く透き通るような音で囁き出す。肌に乾いた涼しい空気が通った。
ああ、風だ。
それに、この風は秋の風だとすぐに分かった。
何もなく、何も感じることがないから少しの風でも敏感に感じ取れる。
秋風で秋を実感する。
ああ、今は秋なんだなと現実の風を受け止め、自分は生きていて異世界ではないことを確信し、安心する。
また明日会おう
・誰にでも、会いたい人、会うと安心する人がいる。
どんなに嫌なことがあっても、明日が不安でも、その人に会えば全て忘れられる。昨日も今日も明日も幸せに感じられる。
そういう時は大抵相手もそう思っているものだ。
相手も同じように昨日、今日、明日が嫌でも、貴方といれば全部幸せに変えられる。
・そんな人はいない?それならじっくりと私の話を読むと良い。私のじゃなくても良い。このアプリは心癒される空間なのだから。
・“またいつか会おう”なんて寂しいこと言わず、幸せなひとときはいつまでも、いくらでも味わう権利はあるのだから、会いたい時に会えば良いではないか。このアプリも、読みたい時に読んで良いのだ。
それで今日が幸せになれれば、また明日も幸せになろう。また明日も安心できる人や空間に会えるよう、祈っています。
スリルについて思うこと
・何もしてこなかった私にとっては、何もかもがスリルだ。初めてすること、まだやったことがないことをやってみたいという気持ちがあるが、何が起こるか分からず、躊躇してしまう。
・でも、どんなに安全志向の人でも、平坦な毎日が続けば、マンネリしてくることもある。私でも、そんなことがあるから、何かやってみたいという気持ちが起こるのだ。
それに、心のどこかで、新しい自分を見つけたいとか、強い自分になりたいとかそういう願望を抱いているのだろう。
・スリルは、ある意味人生を豊かにするものなのかもしれない。そう信じ、私は深夜のバイトに挑戦する。
短い小説 『飛べない翼』
飛べない重い翼を抱え、泣きべそかいている鳥がいた。
その鳥の近くで、小人が空中を遊泳していた。鳥は小人を羨ましそうに見つめる。小人は鳥の視線に気づき、話しかけてきた。
「どうしたんだい?僕を見つめて。僕上手に飛べてるかな」
鳥は何も言わず、小人を睨む。
「…下手くそだった?」どうして睨むのか分からず小人は戸惑った。
「お前は羽が無いのに飛べるんだな」
「へ?」
「俺飛べないの」鳥は翼を広げ、鼻で笑いながら吐き捨てるように言った。「羽あるのに飛べないの。馬鹿だろ?」
「えー?そんなこと言わないで」小人は鳥の心情が分かり、即座に否定した。「むしろ、僕の方が馬鹿さ」
「何でそう思うんだよ」
「僕、飛べるのに飛ばなかったから」
「は?」
「僕、今まで人に甘えまくって自分で飛んで動いたりしなかったの。そのツケが回って、全然飛べなくなっちゃって。だから、恥ずかしかったけど死ぬ気で飛ぶ練習して、何とか飛べるようになった」
「…」
「君は…本当に君のその翼は飛べないの?」
「…」鳥は黙り込んでしまった。今の話で何か心当たりがあるような気がしたのだ。もしかしたら、本当は飛べるのではないのか。飛べないと勝手に決めつけてたのかも。
小人はそんな鳥を後押しするかのように言った。
「一度練習してみたら?」
鳥は小人の言葉を胸に、死ぬ気で飛ぶ練習をすることになった。