短い小説 『悲しみをそそる』
上海の、海がよく見えるとあるカフェにて。
一人の金髪の20代の外国人男性がそこで寛いでいた。上海料理は格別に美味しいという話を聞き、いつか行ってみたいと思っていた。念願の夢が叶い、今好きなことをしまくっている。上海料理もこれでもかという程堪能した。上海ガニの旨いこと。あの味は一生忘れないだろう。
夜の一服として寄ったこのカフェで、大好きなコーヒーを飲みながら上海の海の景色を眺める。これもまた素晴らしい思い出となるだろう。我ながらとても贅沢な旅行をしているなと思った。
注文したコーヒーは、深煎りマンデリン。重厚なコク、やや強めの苦味。ほんのりとシナモンの香りが漂う。純粋な茶色が、飲みたい気持ちをそそる。
そそる……
そういえば、この茶色、あいつの髪色と同じだな。
あいつは髪だけじゃなく、顔も仕草も可愛くてとても良いやつだった。いつもはツンとしてるけど、本当は照れ屋で一途なやつで、俺のことしか見なかった。あいつとの時間は幸せだった。この旅行より。でも、いつからか、どうしてなのか、すれ違いが起こって、いつの間にか喧嘩ばかり。
でも、今は後悔しかない。別れを切り出したのは間違いだったかもしれない。
そうだ、この旅行は悲しい気持ちを忘れるために行ったんだった。でも、あいつのことを何も考えずに一人で楽しい思いして、何やってんだろ。
コーヒーに小さな波紋が広がった。気づけば泣いていた。涙でコーヒーが酸っぱくなったが、そんなことどうでも良かった。
彼の背中は哀愁と悲哀に満ち溢れていた。
鏡の中の自分は自由
・鏡は現実によく似たメルヘンな世界である。
そのメルヘンな世界では、鏡に映った自分が何をしても他の人に責められることも白い目で見られることもない。
だから、自分のやりたいようにできるし、なりたい自分にいくらでもなれる。
今日も鏡に映らない現実の本領に足を踏み入れる前に、鏡で最高の自分を創り上げる。戦場に向かうには、万全の準備が必要である。
・鏡は便利な道具であるが、危険な道具でもある。
鏡に映った自分に向かって話しかけ続けると、ゲシュタルト崩壊を起こす。さらに、鏡にお辞儀して横を向くと、降霊が成立する。
さらに、鏡の中の虚像は時に意思を持ち、こちらの者に対して反撃してくることもあるそうだ。
私も、鏡を誤って使えば、鏡の中の自分が暴走するのかと思うと冷や汗をかく。
私はこれらに気をつけ、鏡という便利なものを安全かつ有効的に使おうと思う。そして、鏡の中の自分を大切にしていきたい。
どこまでも無限なる青い空
・青い空は常に純粋である。海の青をそのまま受けて青く広がっている。
下界でどんな悲しいことがあっても、卑劣なことがあっても、空はそれを受けて汚れることはない。
また、下界が車の煙やら何やらで空気が汚染されても、空はそれを受けて汚れることはない。
さらに、今の海はゴミで昔ほど綺麗ではなくなったが、空は無垢だった頃の海を覚えているようで、海の綺麗な部分を変わらず映し続けている。
・空は“空”という言葉こそはあるが実体はなく、そのまま宇宙へと繋がる。空からしたら、下界の汚れた部分は小さすぎて分からないのであろう。
・午前のみの授業が終わり、下校のため学校を出た一人の少年。秋なのに暑くて、上着を脱いだ。
地面が白く輝き、草や小屋が色鮮やかに光っている。汗を拭い、上を見上げると、どこまでも青い空が広がっていた。
今日も平和で良い日だなと思い、のんびりと家へと向かった。
短い小説 『衣替え』
よく晴れたある日。
慶太はちょっとそこまで出かけようと思い、クローゼットを開けた。
クローゼットの中はいつの間にか秋冬物の服がズラリ。
後ろを振り返ると、奥さんの笑顔が見えた。
慶太は奥さんの愛情を感じ、準備万端で元気よく外に出た。
始まりはいつも…何だろう?
・私の始まりは気まぐれ。何をするにも気まぐれ。
気まぐれに、何となく、料理がしたいだとか、お絵描きしたいだとか、知らない町に行って知らない店行ってみたいだとか、色んな気分になる。
・ただ、勉強したい気持ちだけはなかなか始まらない。この始まりだけはどこにあるんだろう?