茶園

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短い小説 『悲しみをそそる』

 上海の、海がよく見えるとあるカフェにて。
 一人の金髪の20代の外国人男性がそこで寛いでいた。上海料理は格別に美味しいという話を聞き、いつか行ってみたいと思っていた。念願の夢が叶い、今好きなことをしまくっている。上海料理もこれでもかという程堪能した。上海ガニの旨いこと。あの味は一生忘れないだろう。
 夜の一服として寄ったこのカフェで、大好きなコーヒーを飲みながら上海の海の景色を眺める。これもまた素晴らしい思い出となるだろう。我ながらとても贅沢な旅行をしているなと思った。
 注文したコーヒーは、深煎りマンデリン。重厚なコク、やや強めの苦味。ほんのりとシナモンの香りが漂う。純粋な茶色が、飲みたい気持ちをそそる。
 そそる……
 そういえば、この茶色、あいつの髪色と同じだな。
 あいつは髪だけじゃなく、顔も仕草も可愛くてとても良いやつだった。いつもはツンとしてるけど、本当は照れ屋で一途なやつで、俺のことしか見なかった。あいつとの時間は幸せだった。この旅行より。でも、いつからか、どうしてなのか、すれ違いが起こって、いつの間にか喧嘩ばかり。
 でも、今は後悔しかない。別れを切り出したのは間違いだったかもしれない。
 そうだ、この旅行は悲しい気持ちを忘れるために行ったんだった。でも、あいつのことを何も考えずに一人で楽しい思いして、何やってんだろ。
 コーヒーに小さな波紋が広がった。気づけば泣いていた。涙でコーヒーが酸っぱくなったが、そんなことどうでも良かった。
 彼の背中は哀愁と悲哀に満ち溢れていた。

11/4/2022, 2:58:19 PM