『春爛漫』の候…と続けるには、先日の嵐にことごとく花を散らされ、昨今の温暖化のせいなのか、春を食い気味に咲くツツジたちも、綻ぶを通り越してパカパカと咲き始めてしまっているのだから、それはどうなのか、しかし、「いやぁ、ツツジは春じゃなくて、初夏だよねぇ」という理由だけで、『春爛漫』という語を使うのを躊躇う私のような輩には、ツツジたちからすれば、「……チッ。うるっせぇな、いつ咲いたって花は花だろ、差別すんじゃねーよ」などと舌打ちを送ってやりたい、そんな気持ちになるのではないか、なーんて……はて、一体なんの話をしていたのだったか?
……まぁ、どちらにせよ。
私は本日、花見にも、買い物にも赴かぬ所存。
こう記す今にも私はベッドの上、掛け布団の下に在る訳で……これから、本日一度目の昼寝を嗜むところであります。
えー……それでは。
春もたけなわではございますが、皆様のご健勝とご多幸をお祈りしつつ、この辺で失礼をば。
おやすみなさーい!
……ぐぅ💤
ここにいる『誰よりも、ずっと』上手に出来ることなんて、何一つとしてない自分なんですがね。
今朝、突然降りてきた、
「……ああっ?! 焼き上がったギョーザ! 皿に盛り付けずにフライパン直で食えば、最後まで冷めなくてウマいし、しかも洗い物も減るっていう、まさかの一石二鳥なんじゃね?!」
なんていうヒラメキを実行してみたら、控えめに言って優勝。
昼間っからガスコンロ前で、缶ビール片手にやっちゃいましたよ〜、ってハナシです。
あ〜これってまるで、鉄鍋餃子……。
あーそっかー、よく考えたらすでにあるじゃん、こういう食べ方?
べつにズボラでも、なんでもないじゃんねー?
なーんだ、よかったー!
……ああ、そうだ。
ようやくわかった、やっと気づいた。
私の住処に、風呂場、というものがある限り。
風呂場を黒やピンクに汚染しヌメヌメにする、あのカビどもとの抗争は、絶対に終わらない──『これからも、ずっと』。
……いままで。
ありとあらゆる、どんな手段を選んだとしても、この戦いを止められやしなかった。
けれど──もしこの物件に、風呂場という名の戦場さえ、存在しなければ。
この不毛な抗争の日々に、或いは、終止符を打つことが出来るのではないか──?
◇
……てなことを、考えるくらい。
これからの季節、また寒い冬が来るまで、この憂いが尽きないかと思うと、ちょっとため息が出ちゃうのです。
いまは難しいけど、例えば老後は……風呂ナシで、銭湯または共同浴場近くの物件に住めたらいいなー、なーんて!
やれやれ。『沈む夕日』に目を射られた主人(人間・♀)が、光の残像に目が眩んでいる、その隙をも“君“(人間・♂)は逃さないのだから、まったく恐れ入る。
だが、まぁ……西向きのバルコニーで二人並んで、ぼんやりと外を眺めていただけの時間が急に、“君“のせいで、流れていた液体に粘性が加わったかの如くにとろりとした、濃密なものになってゆくのを──主人は結局のところ、受け入れてしまうのだ。
「っ、違う! ……あのときは、だってここ11階だし、拒否って突き飛ばしたら危なかったから、そういうことで……あああ、もうっ!」
“君“の奴──主人があの男を“君“と呼ぶのでワガハイもそう呼称している──が撤収した後の、孤独に読書を楽しむはずの時間だというのに、主人の手元の本は、もうかれこれ30分程、同じページのまま。
その大きな独り言──傍らで、主人の飼い猫たるワガハイが聞いているのだから、正確には独り言ではないかも知れぬ──は、さっきからすっかり堂々巡りである。
主人よ、それは後悔なのか、それとも……?
などと、合いの手を入れてやりたいところだが、生憎ワガハイは、人語を操れぬが故……。
(補足:じゃあ何故このように、主人に起こった事象や心情を解することが出来るのか、と問われても、主人に“ワガハイ“と名付けられた時分に自覚した能力である、それ以外はワガハイにも不明であるので、これ以上の説明は出来ない、悪しからず。)
……それで、まぁ。
黙って聞くことくらいは、ワガハイにも出来る、それで良いのだ。
「そもそも、部屋になんか上げるから! にしても、なんか……私って、チョロすぎじゃない?」
ついに本を手放し、主人はワガハイの毛皮に指を埋める。が、いつもはワガハイを悦ばせるのに長けている主人の指は、残念なことにうわの空。
何故なら主人は、その指で何度も、自身の唇を確かめずにはいられない。
しかもそれは、無意識のうちで──。
「……そう、あれは事故。事故じゃなくても、いい大人なんだし? キスくらい、べつに……うん、そうだ。なんならワガハイのキスのほうが、断然嬉しいし……」
主人よ。ワガハイのと比べる、その時点で……それはどうなのだ?
……とは、伝える術もなく。
だが主人の意向に沿ってワガハイは、主人が差し出してきた指をペロリ、と、ひと舐めしてやるのだ。
そして──この後日。
主人は“君“の奴にまんまとつけ込まれ、朝食の時分まで、この部屋に居座られる事態になるのであるが……。
それはまた、別の話である。
「この際だから、はっきり言うわ。君と私が付き合うとか、絶対に無理だから」
と、ワガハイの主人が、君に言った。
君はなに食わぬ顔をして「ふ~ん?」と、口の端を上げたままの表情で返事をするが、君の内心は穏やかでないことを、ワガハイはよく知っている。
君は、とても主人に弱い。
軽薄そうな人となりを装っては見せ、しかしそれは君の仮面であり、盾や鎧でもあるのだ。
主人が『君の目を見つめると』、君は不自然でない程度に、そっと視線を外す。
確かに、主人の飼い猫であるワガハイ──もっとも主人はワガハイを「生涯唯一無二のパートナー」と称する──も、主人に見つめられると、どうしても7秒ほどでフイ、と横を向かざるを得なくなるのであるが、君に至ってはなんと、3秒も持たない。
……ほら、いま現在も。
主人の、君をまっすぐに見つめては、スッを目を細めてみせる、あの独特な圧力に耐えかねて、急にワガハイを撫でたくなってしまったなあ、というフリで、ワガハイがくつろぐソファへと逃げてきたではないか。
「無理、って言われちゃったよぉ~。どうしよう、ワガハイ?」
「どうしようも、なにも……大体ね、私は誰かと付き合ったり、一緒に暮らしたりは出来ないって、君にはちゃんと、説明したよね?
もう、人に振り回されたくない、惚れた腫れたはうんざりなんだって、なのに……ハァ」
二人掛けの片方が不在になったテーブルで、まだ片付けられていない朝食の皿を前に、主人が大きなため息をつく。
君の、ワガハイを撫でる手が止まり、君はまたヒラリと主人の元へ、今度は椅子に掛ける主人の傍らに膝立ち、主人の腰に軽く手を回して主人を見上げて見せた。
「……なにしてんの」
「なにって、スキンシップ。ねぇ、こんなにくっついても大丈夫な相手なのにさぁ、なんで無理って思うの。これまでの矜持? みたいなの、そんなのはさぁ、返上してもいいんじゃないかなぁ」
「そう、簡単に言うけどね。でも、じゃあ……ちゃんと、説明する。
あのねぇ……私、知ってんのよ? 本当はこの週末だって君は、趣味のキャンプに行くはずだったんでしょう?
そうやって無理に私に付き合わなくていいのに合わせてくる、そういうのが無理、って言うか、私は知っての通り、絶対的にインドア、君はバリバリのアウトドアなんだから、ほら、ね?
そもそも水と油みたいな、だから、私と君が付き合うなんて無理ってこと、そういうことだから。……わかった?」
そうやって一気にまくしたてた主人は、自身の主張の論点が既にズレていることには、気づいていない様子。
一方の君は、それに気づいているのか、ニコニコと主人の言うのを聞いていたのだが、主人がふう、と息を切らしたところで、主人のおろしている長い髪を、わざと大げさに、手に取ってみせた。
「や、この週末は確かに、予定をキャンセルしたりもしたけど。でもこれは無理したわけじゃない、なんかさぁ、ここが勝負所かな、って思ったからだし」
「……勝負所?」
「ここでしっかり口説いて、しっかり落とす。もういろいろと、うやむやにしないで頑張ってやる、ってね?」
「っ、落とすって、っ、んむっ……んん」
君が、主人の髪に手を絡めたまま、両手で主人の頭を引き寄せ、そして……。
おやまあ、とワガハイは、慣れた感想を抱きつつも顔を背け、しかし耳だけは、二人のいるテーブルに向ける。
そして……二人の、そこそこ長かった接吻の音が絶え。
そこからまたしばらくしてから主人の、戸惑ったような、小さな声が聞こえてきた。
「だからね、私は……例えば君と『星空の下で』コーヒーなんかを楽しめるような、そんな女じゃないのよ?」
「フフッ、あーね、アウトドアって言うと、そういうイメージ? でもオレは、オレの女にそういうの、求めてませーん」
「っ、趣味だけじゃなくて、好きなものも、いろんなことが違うし、そういうことで無理したくないし、させたくないの!」
「それは、オレもそう。お互い無理はしないしさせない、趣味やらなにやらが違うのはそりゃ、人間だもの?笑 そういうモンだし……えーとオレらは水と油、だっけ? そんなん、いつもは分離しててもこうやって、必要なときに乳化させてやればいいだけー、まぁだからさ、オレと付き合おうよ。ね?」
このチャプチャプという音はおそらく、テーブルに出しっぱなしだったドレッシングのボトルを、君が、これみよがしに振っている音だ。
フン……この成り行きで、どうやら主人の「唯一無二」ではなくなりそうなワガハイは、それでも君を歓迎するだろう。
あの主人に、束の間とはいえ勝利した君へ、わざわざ君の指先をちょい、と舐めてやる、その程度の褒賞は与えてやってもよいと、そう思える……このうたた寝の後にそんな気分になったら、の話ではあるが、な?