komaikaya

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「この際だから、はっきり言うわ。君と私が付き合うとか、絶対に無理だから」

 と、ワガハイの主人が、君に言った。
 君はなに食わぬ顔をして「ふ~ん?」と、口の端を上げたままの表情で返事をするが、君の内心は穏やかでないことを、ワガハイはよく知っている。

 君は、とても主人に弱い。
 軽薄そうな人となりを装っては見せ、しかしそれは君の仮面であり、盾や鎧でもあるのだ。

 主人が『君の目を見つめると』、君は不自然でない程度に、そっと視線を外す。
 確かに、主人の飼い猫であるワガハイ──もっとも主人はワガハイを「生涯唯一無二のパートナー」と称する──も、主人に見つめられると、どうしても7秒ほどでフイ、と横を向かざるを得なくなるのであるが、君に至ってはなんと、3秒も持たない。

 ……ほら、いま現在も。
 主人の、君をまっすぐに見つめては、スッを目を細めてみせる、あの独特な圧力に耐えかねて、急にワガハイを撫でたくなってしまったなあ、というフリで、ワガハイがくつろぐソファへと逃げてきたではないか。

「無理、って言われちゃったよぉ~。どうしよう、ワガハイ?」
「どうしようも、なにも……大体ね、私は誰かと付き合ったり、一緒に暮らしたりは出来ないって、君にはちゃんと、説明したよね?
 もう、人に振り回されたくない、惚れた腫れたはうんざりなんだって、なのに……ハァ」

 二人掛けの片方が不在になったテーブルで、まだ片付けられていない朝食の皿を前に、主人が大きなため息をつく。
 君の、ワガハイを撫でる手が止まり、君はまたヒラリと主人の元へ、今度は椅子に掛ける主人の傍らに膝立ち、主人の腰に軽く手を回して主人を見上げて見せた。

「……なにしてんの」
「なにって、スキンシップ。ねぇ、こんなにくっついても大丈夫な相手なのにさぁ、なんで無理って思うの。これまでの矜持? みたいなの、そんなのはさぁ、返上してもいいんじゃないかなぁ」
「そう、簡単に言うけどね。でも、じゃあ……ちゃんと、説明する。
 あのねぇ……私、知ってんのよ? 本当はこの週末だって君は、趣味のキャンプに行くはずだったんでしょう?
 そうやって無理に私に付き合わなくていいのに合わせてくる、そういうのが無理、って言うか、私は知っての通り、絶対的にインドア、君はバリバリのアウトドアなんだから、ほら、ね?
 そもそも水と油みたいな、だから、私と君が付き合うなんて無理ってこと、そういうことだから。……わかった?」

 そうやって一気にまくしたてた主人は、自身の主張の論点が既にズレていることには、気づいていない様子。
 一方の君は、それに気づいているのか、ニコニコと主人の言うのを聞いていたのだが、主人がふう、と息を切らしたところで、主人のおろしている長い髪を、わざと大げさに、手に取ってみせた。

「や、この週末は確かに、予定をキャンセルしたりもしたけど。でもこれは無理したわけじゃない、なんかさぁ、ここが勝負所かな、って思ったからだし」
「……勝負所?」
「ここでしっかり口説いて、しっかり落とす。もういろいろと、うやむやにしないで頑張ってやる、ってね?」
「っ、落とすって、っ、んむっ……んん」

 君が、主人の髪に手を絡めたまま、両手で主人の頭を引き寄せ、そして……。
 おやまあ、とワガハイは、慣れた感想を抱きつつも顔を背け、しかし耳だけは、二人のいるテーブルに向ける。

 そして……二人の、そこそこ長かった接吻の音が絶え。
 そこからまたしばらくしてから主人の、戸惑ったような、小さな声が聞こえてきた。

「だからね、私は……例えば君と『星空の下で』コーヒーなんかを楽しめるような、そんな女じゃないのよ?」
「フフッ、あーね、アウトドアって言うと、そういうイメージ? でもオレは、オレの女にそういうの、求めてませーん」
「っ、趣味だけじゃなくて、好きなものも、いろんなことが違うし、そういうことで無理したくないし、させたくないの!」
「それは、オレもそう。お互い無理はしないしさせない、趣味やらなにやらが違うのはそりゃ、人間だもの?笑 そういうモンだし……えーとオレらは水と油、だっけ? そんなん、いつもは分離しててもこうやって、必要なときに乳化させてやればいいだけー、まぁだからさ、オレと付き合おうよ。ね?」

 このチャプチャプという音はおそらく、テーブルに出しっぱなしだったドレッシングのボトルを、君が、これみよがしに振っている音だ。

 フン……この成り行きで、どうやら主人の「唯一無二」ではなくなりそうなワガハイは、それでも君を歓迎するだろう。
 あの主人に、束の間とはいえ勝利した君へ、わざわざ君の指先をちょい、と舐めてやる、その程度の褒賞は与えてやってもよいと、そう思える……このうたた寝の後にそんな気分になったら、の話ではあるが、な?

4/7/2026, 4:23:03 AM