はー、昨日の『エイプリルフール』は、楽しかった!
フォトウェディング──写真だけの、結婚式。
二人でスタジオに行って、レンタルのドレスとタキシードに着替えて、顔も髪も整えてもらって。
思えばわたし、ずっと笑いっぱなしだったな。
だってさ。
お互いにお互いの格好を、茫然と見つめて──見惚れてしまったりとか?
お互いのそんな反応が、なんだか無性~~に、照れくさくなってしまったりだとか?
そういうことを二人して、同じタイミングで感じてる、なんて……その嬉しさと可笑しさに耐え切れずにわたしは、盛大に吹き出してしまった。
「……笑いすぎだろ」
って、ボソリと言うもんだから、それでまた可笑しくなっちゃって。
もうほとんど、そのままの顔で撮られちゃった!
カメラマンさんにも「花嫁さん、いい笑顔ですね!」って言われたからね、まぁそれでよかったんだけど。
スタジオのスタッフさんたちに、わたしたち、「おめでとうございます」「お幸せに」って、本当にたくさん言われたよね?
あれはなかなか、嬉しかったなぁ。
祝福される、ってのはこういうことなんだ、って……しみじみ、思った。
「写真出来るの、楽しみだね! お父さんとお母さんにも見てもらいたいなー。今度、夏に行くときに持っていこうね!」
「え? っ、ああ、いや……二人とも驚いて、墓から起き上がって来ねぇかな」
「フフッ、なにそれ? 大丈夫だよ、なーんちゃって、エイプリルフールでー、嘘の結婚でしたー!って、言えばいいだけだもん。計画通り、でしょう?」
「……どっちにしても俺は、殴られそうなんだが」
「えー? そうかなぁ?」
「そうだよ」
結婚が嘘でも、嘘じゃなくても、殴られる?
わたしは、そんなことないと思うけどな。
「お父さんも、お母さんも。そういうことの前に、とにかく幸せになってくれればいい、って言うと思うよ?」
「そりゃ、都合のいい考え方だな」
「っ、もう! なかなか譲ってくれない頑固なところは、どっちからの遺伝? 夏に行ったら、文句言わなくちゃ!」
「お前な。それはそのまんま、お前のことでもあるからな?」
「えー? わたしは、そんなに頑固じゃないもん」
「いやぁ、それは……」
「っ、なんで、それも譲ってくれないんだ? っとにもう、ムカつくー」
「フッ。まぁ、怒るなって」
大好きな人に、わたしの大好きな、その大きな手で、頭を撫でられる。
その心地よさが嬉しくて、また笑ってしまう。
頑固……うん。
でもまぁ、そうかもね。
わたしはどうしても、譲れなかったんだもの。
この世界の秩序が、どんなものであっても。
わたしは、わたしのいちばんの大好きを、絶対に譲れなかった。
お兄ちゃん──わたしの、いちばんの大好き。
……うん。やっぱり、どうしたって譲れないや。
でも、それでもいいって、わたしとずっと一緒にいてくれるって、お兄ちゃんは言ってくれたから。
ね。そうだよね、お兄ちゃん?
「勝手な言い草だけど。フミカには、『幸せに』なってほしい」
それが彼の、私へ向けた最後の言葉で──私はあのとき、なんと返事をしたのだったか。
彼の転勤で遠距離恋愛になるから、という理由で、あっさりと終わった関係。
いやそれさ、絶対、遠恋が理由じゃないよね? って、胸ぐら掴んで問い詰めてやりたかったけれど、よく考えたらこちらも、それをするだけの気力なんてなかった。
そうか、そんなもんだったんだ。
私の、彼に対する気持ちも。
──で。
あれから一週間、私がこうして、モヤモヤしたものを抱えっぱなしで過ごしてるのは、そりゃもう必然のこと……なんだけど。
彼の、あの最後の言葉が脳裏をよぎるたび、私の抱えたモヤモヤはその濃さを増し。
モヤモヤを振り払いたい私は毎晩、彼と別れた帰り道に勢いで買ったボトルのウイスキーをハイボールにしてあおり、けれどあのセリフの脳内再生が止まないものだから、ついにウイスキーのボトルが空いてしまったのだった。
……ってか、さぁ。
ナオトの言う『幸せに』ってのは、私が、どういう状態になることを言うのよ?
あれでしょ? 自分が振った女が不幸だと、なんか目覚めが悪い、くらいの……別れ際の社交辞令としても、まぁまぁイイ感じに聞こえるし?
ナオトはそれで、一応は今後の幸せをお祈りしてあげたつもりの私のことを、そこですっかり吹っ切って、新しい生活、新しい人生に向かって、まっすぐに前を向けるんだから──。
「……フン」
思わず鼻で笑ってしまったけれど、マスクの下なのでセーフ。
それよりそろそろ、どのウイスキーを買って帰るのか、決めなくてはならない。
カゴにはすでに、このスーパーでよく目が合っていたのに手を伸ばせなかった、ちょっとお高いチーズが入っていて。
このカゴにはこれから、どんな味かな、ってワクワクしながら選んだウイスキーのボトルや、お惣菜コーナーのチキン、それからスイーツが入る予定で……。
ああ──ほら。
私ちゃんと、幸せじゃないか?
なのにあのときの、そしていまの私が、まるで幸せじゃない、みたいに言われるのは、
それはやっぱり、おかしい、って……思うんだよね?
「えーい。余計なお世話だ、コンチクショー」
……とは、ちゃんと自宅で、ハイボール片手に言った。
その、1300円のボトルで作ったハイボールはまぁまぁ好みの味、チーズとチキンは大当たりだった。
ボクは『何気ないふり』なら、結構得意なんです。
鍵のかかってない部屋のドアをちょい、と前足で押して、開いた隙間にひゅるん、と体を滑り込ませて。
見上げるとお姉ちゃんはベッドで、こっち向きに横になっていて、でも眠ってなくて、ぼんやりと宙を見てる。
ボクはそこで、すぐにベッドの上に飛び乗って、お姉ちゃんの顔に擦り寄ったり……は、しないんだなぁ。
まずは、ひと伸び。前足を揃えて腰を後ろに引く、その後、後ろ足を一本ずつ、指と爪もきゅーっと開くようにして伸ばして──そうしながら、お姉ちゃんの視界に、ちょっとずつ入ってゆく。
たまたま……そう、本当にたまたま、通り道だったんでね? って感じ、間違っても、お姉ちゃんが元気なくって、シンパイだったのーっ! って態度を、おくびにも、尻尾にも出してはいけない。
ボクが部屋に入って来ても、お姉ちゃんの反応はなくって、でもそんなのは想定内。
お姉ちゃんの視界の端っこ、お姉ちゃんの世界の片隅にボクは、そうっとお邪魔する。
ベッドの下のラグの上で、お姉ちゃんの方を向くようにして座る。前足をすっかり丸める、いつだかお姉ちゃんが「すっごく、四角だね!」って言いながら笑ってたあの体勢で、お姉ちゃんの部屋の一部になりきるのだ。
「……コテツ」
明るかった部屋がちょっと暗くなってきた頃。
ようやくボクの名を口にしたお姉ちゃんに、ボクは、耳だけで反応してみせる。
「コテツ、おいで?」
お姉ちゃんの白い腕が、掛け布団からにゅう、っと伸び出てきて。そうやって手招きをされたなら、ボクは応じてもいい。
でも、飛びついたりなんか、しない。部屋に入ったときのように、自分の体を伸ばしてやりながら、ゆっくり、ゆっくりお姉ちゃんに近づく。
ベッドの上の、お姉ちゃんが空けてくれたスペースに、ボクはひょいっ、と飛び乗る。お姉ちゃんの白い指がボクの鼻先に触れ、ボクはお姉ちゃんの匂いをスン、と確かめ、それからペロン、とひと舐めする。
「……フフッ」
お姉ちゃんが緩ませた口元に、ボクはボクの顔をすり寄せ、そこからは思う存分、お姉ちゃんに甘えまくる。
お姉ちゃんがボクを愛でてくれないとね、ボクも──この世界から、いなくなっちゃうんだから。
それをちゃんとわかってもらうためにも、ボクは……ボクたちは。
『何気ないふり』は、ね。
まぁまぁ、得意なんだよ?
<登場人物>
カナエ:高校生(腐)女子。
アイザワ:大学生男子、カナエの家庭教師。
「……うん。合ってる、よく出来ました。よし、じゃあ今日は、ここまでかな。なにか質問はありますか?」
「アイザワ先生、身長は何センチですかー?」
「175センチでーす、ってカナエさん、そうじゃなくて勉強の、」
「そっちはないから、いっかなーと思ったの! そういえばこの前も、バッタリ会っちゃったよねー。またキシダさんと二人で、並んでこっちに歩いてきて……キシダさんの身長は、何センチですかー?」
「アイツは確か185、って……」
(アイザワ’s heart)
──カナエちゃんやっぱり、キシダ狙い?
キシダの身長知りたくて、俺のから聞くとか……。
フフッ、ちょっとカワイイじゃん?
(カナエ’s heart)
──よしよしよしよし、よーし。
それぞれのプロフィール、充実してきたぁ!
ふんふん、10センチ差か、なるほど……。
「そっかー、うん。先生ってばキシダさんのこと、軽く見上げてたもんねー」
「っ、そりゃ……そうなるよ、アイツのほうがデカいんだから」
「え、あれ。先生背低いの、気にしてた?」
「いや、そういうわけじゃないし。でも175はそんなに低くないよね?」
「うん。そんなに低くないよ?」
(アイザワ’s heart)
──んん? なんか、ニヤニヤしてる……?
や、そりゃ……ちょっとだけ、気にはしてたけども!
ってかカナエちゃん、それ見抜いて俺をディスりたかっただけ、だったりする?
(カナエ’s heart)
──ちょっ、やだ、先生ってば!
ナニソレ、もう……かーわーいーーー!!
うんうん、気にしてたんだよねっ、キシダさんとの差にちょっとイラって、「そのうち追いついてやるからなっ」とか、ゆっちゃう? ゆっちゃってるのっ? ハァ尊いわー……こんなの、筆が進んじゃうから……。
先生、待ってて! 二人のこと、私……『ハッピーエンド』迎えるまで、ちゃーんと書くから、ねっ?
(ご興味ある方は『My Heart』もどうぞー)
眼鏡越しだっていうのに──「俺に愛されてるって、わかってるだろう?」と言わんばかりの、あの目が全部、いけないんだと思う。
彼に『見つめられると』本当に、どうしたらいいのか、わからなくなってしまって。この「わからなくて怖い」状況から逃れたくて、彼との距離を少しでも稼ぎたくて、でも彼から目を離せずに背を向けられないまま、じりじりと後退する。
「……逃げたく、なっちゃった?」
ふいに──優しい声で、問われ。
私はハッとして、それから、足にグッと力を入れて、その場に踏み止まった。
「っ、ごめんなさい。もう、逃げません」
この先を期待して彼を自分の部屋に上げたのは、他ならぬ私、なのだ。
なのに。とにかく、動悸が止まないし、止まないし、止まないし──自分の体が、自分のものじゃないみたいな、地に足が付いてないようなこの感覚を、どうしたらいいのかわかんなかったけど、でも。
もう……逃げたく、ない。
私だって彼と、この先に……。
「……あ」
「え? ……あっ。私、これ……鼻血?」
「おっとっと、ほらティッシュ、押さえて!」
☆ ☆ ☆
「……つまり。俺の眼力のせいだ、と?」
「ううっ、ごめんなさい! 鼻血なんて私、こんな、のぼせちゃうなんて……あーもうっ」
「べつに謝ることないし。じゃあ、まぁ……それならさ、よいしょっと。……こういう、バックハグなら、どう? こうやって後ろからだったら、俺の目、見えないだろうし?」
「っっ?! 〻£⁂⌘$<%〆#!!」