「無理しなくて良いんですよ。」
私はこの現実の絶望を現実逃避するために煙草に手を出してしまった。
其処であの隣人さんに吸っている所を見られて、何があったのか話してみると、そう言われた。
「私、結構不幸体質なところもあって、昔から彼氏とか作りたく、…無いんだよね。その人も不幸になってしまうのが怖くてさ。」
私がそう言うと、話を聞いていた隣人さんは煙草を吸っている手を止めた。
「だから、今回の遠距離中の彼氏も…亡くなってしまったんです…」
私はあの脱線事故の事を思い出して、思わず涙目になる。
普通に声が出ない、どうしても震えてしまう。
私は火を消していない煙草を手で握りつぶすように持った。
ジュッ、と手が火傷していることにも気付かなかった。
「…家、来ます?此処で話してたら、誰かと会うかもしれないし。」
「え、良いんですか…」
珍しく隣人さんが私にそう言ってくれた。
一人暮らしの男の人の家は危ないという言葉は私の中に今は無かった。
次の日に一本の電話で私は起きた。
朝頃だった。
寝ぼけていた頭も、あの彼氏のお母さんの一言で冷めてしまった。
「電車の脱線事故で彼氏が亡くなってしまった。」との事を聞いてしまってからね。
「脱線事故…!?!?」
「そうなの、あの子が最後に会っていたのが雪奈ちゃんなの。私達知っていたから、出来るだけ早く伝えないとって思ってね…。」
私は思わず、その場に膝から崩れ落ちてしまった。
「…ごめんなさい…、私がもっと注意を払っていれば…こんな事にはならなかったのかも知れないのに……。」
後日、彼氏の両親に会った時に私は謝り続けた。
「そんなに謝らないで、雪奈ちゃん。貴方だけの責任じゃ無いわ。私達にも責任はあるの。」
「だから、ほら、顔を上げなさい。大丈夫。そんなに自分を責めないでくれ。」
彼氏の両親の温かさが唯一の、私の救いだった。
だけど私はその日から、私は生きているという心地がしなかった。
これは夢なんじゃないかって、毎日のように思い込んでいた。
きっと、また彼氏からメールが届くだろう、電話もきっと出てくれるだろうとずっと信じていた。
「久しぶり。元気してた?」
「お久しぶりだね!元気してたよ!」
相変わらずの顔で良かったと、私は安堵しつつ、一人暮らしの家に招待した。
何気に彼氏は私の一人暮らしの家に入るのは初めてだ。
何故かわからないけど、彼氏は私の部屋に入る前にずーっとドキドキした表情になっていた。
「そんなに?」
「いや、彼女の一人暮らしの部屋に入るなんて…ドキドキするだろ…!!」
そして、彼氏と私は楽しい一日を過ごしていた。
ゲームしたり、お互い料理を作り合ったり、映画を見たり、沢山の楽しい時間を過ごした。
だけど、そんな楽しい時間は早く終わってしまう。
私は彼氏を駅まで送るために、彼氏に着いていくことにした。
「此処までで良いよ。帰り、気を付けるんだよ?危ないし、可愛い女の子なんだから。」
「はいはい、可愛い女の子が見送ってあげてるんだから、気を付けて帰るんだよ。」
その会話が彼氏との最後の会話になるとは、私は思ってもなかった。
「出来るだけ気にしないように。」
その言葉がゴチャゴチャになってしまった私を護衛する言葉となっていた。
それからと言うもの、隣人さんとは上手く関係を築く事が出来ていった。
「おはようございます。」
「…おはようございます。鳥井さん。そう言えば、掃除の回覧板が田中さんで止まっているって聞いたんですけど…」
「あぁ、それはちゃんと俺のところに回ってきて、今は山田さんのところまで行ってるので大丈夫ですよ。」
今では挨拶だけでなく、軽い雑談や世間話までする。
帰りとかは会う機会は全く無いけど、朝とか休日とかはよく会うようになった。
そして、今日は彼氏を家に呼ぶことになった。
遠距離中の彼氏だったから、私はウキウキ気分でいた。
「…ん、榊さん何だか嬉しそうですね。何かあるんですか?」
ごみ収集の日だったから、私がゴミ捨て場に居ると、後から隣人さんが来た。
その時に私の表情を見た隣人さんに察されてしまった。
「よく気が付きましたね…!そうなんです、今日は遠距離中だった彼氏が家に来るんです。つい、楽しみになってしまって…」
私が隣人さんにそう言うと、隣人さんは優しく微笑んでくれた。
「そうなんですか、それは羨ましいです。楽しんできてくださいね。」
「ありがとうございます…!」
私は彼氏と会う前にそう言われたことで、より一層、気分が良くなった。
続き※長い
「俺の両親、俺が物心を付いた時ぐらいに心中したんですよ。施設にそのまま預けられて、義理親に行ったんですけど。」
隣人さんは少しだけ悲しい目をしながらも、私にゆっくりと話してくれた。
「何で俺だけを生かしたのかは、わからないんですけどね。」
隣人さんはそう言って、肩の重荷を下ろしたかのように、地面に座り込んだ。
私も同じように地面に座り込んだ。
「義理親、どっちも問題なんですよ。母親は宗教にハマってたし、父親は金遣いが荒かったし。…救いようが無かったんです。不思議ですよね。そんな人達が子供を家に引き取るなんて。」
其処から隣人さんは淡々とした口調で話を続けた。
「俺が一人暮らしをするっていうのに、何故かあの義理親は着いてきたんですよね。もちろん、家賃代とかは二人が払ってました。」
気がついた時には、私は何も考えず、ただ単に隣人さんの話を聞いてしまっていた。
「これ、あの義理親から貰いました。」
隣人さんはそう言って、煙草を持っていない方の手に白い箱を持った。
「箱…?」
私がそう言うと、隣人さんの口元が少しだけ緩くなり、口角を上げた。
「俺が渡されたのが幼少期の時だったんですけど、何だか気味悪くて、開けてないんですよね。」
そのまま隣人さんの話し車に乗せられて、ずっと私は聞いてしまっていた。
そんな時に、話が終わった隣人さんは最後に、私にこう言った。
「俺も、いつか貴方に何かを渡してみたいです。この、義理の両親が俺にくれた"白い箱のように。"」
隣人さんはそう微笑んで、「ではまた何処かで。」と私に言い残し、颯爽と部屋に戻っていった。
私は隣人さんが言っていたあの言葉が、頭の中に変に残ってしまった。
何か意図があるのか、それとも単なる事なのか、頭がゴチャゴチャになってしまった。