一番星が一番じゃなくなった時。
夢見る夢子ちゃんが夢から醒めた時。
私がはりぼての私を失った時。
そこにあるだけ。
そこにいるだけ。
ただ在るだけに何の価値が。
一番星は一番の一番を目指す。
夢見る夢子ちゃんは夢に溺れる。
私はいくつものはりぼてを重ね着する。
しんどくない?
しんどいよ?
でも、みんな、手放せないの。
これからも、ずっと。
きっとそれは、悪いことじゃない。
テーマ『これからも、ずっと』
夕日が海に沈んでいく
もうすぐだ
あのオレンジが地球の裏側へ消えたとき
君が乗る列車がやってくる
迎えに行かなくちゃ
オレンジよりも柔らかな
ピンクの頬で笑う君を
テーマ『沈む夕日』
「ん?どうしたの?俺の顔に何かついてる?」
最近彼氏になった瑞稀君。
こんな風に学校以外の、しかも遊園地で二人きりでデートできるなんて…。
夢みたいな幸せと、隣にいる瑞稀君のかっこよさにポーッとしていたら、見つめすぎてしまったらしい。
「なっ!なんでもないよ!見つめちゃってごめんね!」
慌てて顔の前で手を振る。
「あはは!見つめられるのは大歓迎だけどね」
笑いながら優しい目でそう言われて、私の顔がみるみる赤くなっていくのを感じる。
「さ、そろそろ開園時間だ。行こう!」
にこにこしている瑞稀くん。
言わなきゃ。
今言うんだ、私!
ぎゅっと手を握りしめて、軽く深呼吸をする。
「あ、あの!」
「なに?由衣ちゃん」
思ったより大きな声が出た私に、瑞稀君が不思議そうな顔でこっちを向いた。
言え!私!
「きょ、今日…」
「ん?」
「今日1日、私と手を繋いでもらえましぇんかっ!?」
噛んだー!
噛んだ噛んだ噛んだー!
どうしよう。あまりの恥ずかしさでまともに瑞稀君の方を見られない。
「由衣ちゃん、こっち向いて」
「で、でも…」
「ゆーいちゃん?」
「はいっ!」
思わず顔を上げて瑞稀君の目を見つめると、瑞稀君がほんのり顔を赤くしていた。
「ほら、手」
「え?」
「手、繋ぐんでしょ?」
「あ、うんっ!」
がしっ!
しまった!思わず両手で差し出された瑞稀くんの手を掴んでしまった。
さっきから何やってるんだろう私…。
案の定瑞稀君笑ってるし…。
「ははっ!そんなに必死にならなくても逃げないから大丈夫だよ」
「うう…」
「じゃあ、行こうか」
私は手を引かれながら、瑞稀君と遊園地のゲートへ向かう。
不意に立ち止まる瑞稀君。
「由衣ちゃん」
「なに?瑞稀君」
「由衣ちゃんの手、由衣ちゃんが嫌だって言っても離してあーげないっ!」
「…!」
耳が赤くなった瑞稀君の背についていくように、更に真っ赤になった私は歩き出す。
今日は、ぜったい、素敵な一日になる。
テーマ『君の目を見つめると』
今夜は新月。
星空の下、俺は一人山を登る。
足元を懐中電灯で照らし、静かに山頂を目指す。
「ーーーここか」
山頂の神社の裏、茂みの向こうにある少し開けた場所に、小さな小さな祠があった。
ただの噂話だが、試してみよう。
祠の前に座り、俺は語りかける。
「祠の神様、俺を連れて行ってくれませんかーーー」
「どうして?君はまだ逝く時じゃない」
どこからともなく声が返ってきた。
驚いた。噂は本当だったらしい。
「俺にはもう家族も親類も友人もいません。唯一の家族だった息子も、先日通り魔に殺されました。俺自身も、病気で余命半年だと言われています。もう、俺は生きる気力も、意味もないのです。どうか俺を、家族のところへ連れて行ってください」
「うーん、確かに本当のようだね。でもね、まだ命の火が灯っているものを、あの世へ連れていくことはできないんだ」
「これ以上この世界で生きているのが辛いのです。お願いです。俺を家族のもとへ連れて行ってください」
息子も、娘も、妻もいない、こんな寂しい世界でどうやって生きていけというのか。
しないでと言われていたが、もし断られたなら、どこかから飛び降りよう。
「待って待って!飛び降りないで!そうだ、人生の最後にさ、私と賭けをしないかい?」
「賭け、ですか?」
「そうさ!今から君の魂を、君の家族に会わせるよ。それで、家族の君への思いを受け取ってほしいんだ。そして君が、それでも家族のもとへ逝きたいと望むなら、私が君を天へ送ろう。反対に君が、まだ生きてみようと少しでも思ったなら、寿命まで生きると約束しておくれ」
今更何を受け取っても、自分の絶望や家族のもとに逝きたい気持ちはきっと変わらないだろう。
「わかりました。お受けします」
「そうこなければね!じゃあ、おやすみ」
「えーーー」
急に強烈な眠気が俺を襲い、ふわふわした心地で俺は意識を手放したーーー
声が聞こえる。俺を呼ぶ、柔らかな妻の声。娘と息子の声もする。
天涯孤独だった俺の、最愛の存在たち。
ただ、少し気になるのは、家族が泣いているような気がすること。
「どうした、何があった」
すると、俺に向かってみんなで泣きながら何かを訴えてくるような、そんな感覚がした。
姿は見えないが、なんとか泣いている家族を抱きしめようとしたその瞬間、
「幸せになって」
「いつか会えた時、沢山パパの話を聞かせてね」
「あなたは、最後まで生きてーーー」
目が覚めた時には、俺は自宅のベッドの上で泣いていた。
そして頭に響く、
「賭けは私の勝ち!寿命までちゃんと生きるんだよ」
温かな祠の神の言葉。
俺は呆然と、部屋の天井を見つめていた。
それからは不思議なことに病が全快し、会社の働き方改革で無茶苦茶な残業がなくなり、健康的に過ごせるようになった。
趣味ができ、友人もできて、嘘のように充実した日々を過ごしている。
幸せになってと言われた。
会えた時に話を沢山聞かせてほしいと言われた。
最後まで生きてと言われた。
だから、もう少しだけ、もらった時間を前向きに生きてみようと思う。
新月の夜、星空の下で声をかけるとあの世に連れて行かれるーーー
そんな恐ろしい噂が立っていた祠。
まさか、あんなに優しくて、負けて良かったと思える賭けをすることになるとは。
明日は友人と出かける予定だ。
風呂に入り、歯を磨き、明日に備えて早く寝よう。
家族に話す明るい話が、またひとつ増えるのを楽しみにしながら。
テーマ『星空の下で』
「じゃあね、隆彦。また来るから」
ーーーもう来なくていいよ。
去っていく真梨の背中を見つめながら、心の中で呟く。
今日で35回目。
真梨はいつも遠いところから毎月俺に会いにきてくれる。
来月来たら36回目。
俺が死んでからちょうど3年だ。
もういいんじゃないか、真梨。
俺が事故で死んだのは、真梨が俺を外に誘ったせいじゃない。
そういう運命だっただけなんだ。
誰も悪くなかったんだよ。
ーーー大事な彼女だった真梨の横に他の男が立つのは今でも嫌だ。
それでも、真梨が俺の墓の前であんな表情を浮かべ続けるくらいなら、それでいい。
俺を忘れてもいいし、俺に会いに来なくてもいいから、また前みたいに笑っていてくれないだろうか。
真梨がここに来なくなるまで、俺は墓石とともにこの場所にいようと思う。
真梨の気持ちを受け止めるために。
そして、会う度に同じ言葉を紡ごう。
真梨はもう自分を責めなくていい。
幸せになってくれていいんだ。
俺のことは忘れて。
もうここには来なくていい。
きっとそれでいい。
それでいいんだ。
そうじゃなきゃ、いけないんだ。
テーマ『それでいい』