#日の出
澄み渡る空気。
霧に包まれる山々。
呼吸をすると、肺の中がひんやり。
薄暗い空を見上げ、山々の間に目を向ける。
そこから顔を出したもの。
それは、先程まで薄暗かった空を――
淡い朱色に染めた。
あぁ、ここからまた新しい1年が始まるんだ。
うるさく鳴り響く鼓動に、自分の生を自覚する。
何度見ても、心を豊かにするそれは――
日の出という。
#今年の抱負
今年の抱負。
そんなもの、考えても意味が無い。
努力して、努力して、どう足掻いても、結局は全て
水の泡になり、俺の中の小さな夢が儚く消えるだけ
だから。
それが結果として出ているから。
それでも、もし、1つ上げるとしたなら……。
身体中に繋がっている針やら管やらから解放されて、
グラウンドを友達と走り回ることだ。
……まぁ、こんな世間では当たり前のことも実現
できないのが現状なのだけれど。
高1までは、お正月とかの行事ごとを大事に
する方だった。
年明けには、親戚の家に新年の挨拶回りに行き、
初詣にも行き、書き初めもした。
もちろん、その年の抱負も家族で発表し合うことも。
でも、高1の時の年末、事件に巻き込まれた。
父さんに大掃除に使う道具やらの買い物を頼まれて、
近くのスーパーに寄る。
ふと、自分の筆記用具が不足していることを思い出し
その類いのコーナーに向かおうと足を進めた時だった。
自分の胸の辺り――いや、心臓かもしれない。
背後にいた、同級生くらいの彼に刃物だと予想する
もので刺された。
刺された瞬間、何が起きたのか把握出来ていないまま
足は崩れ落ち、刺された部分が燃えるように熱くなり、
その場で、自分の血に塗れながら倒れた。
幸い、命は助かったものの、刺された場所が悪く、
かれこれ3年、ずっと個室の病室で医療機器に身体を
拘束されている。
刺した彼は、あそこで自殺しようとしたらしい。
彼の家の家庭環境が最悪で、彼自身もとても追い込ま
れてしまい、精神が尋常ではなかったため、近くにいた
いかにも幸せな家庭に生まれた子に見えた俺を刺して
しまったというわけだ。
俺は、自分の自由を失ったからといって、彼を恨んで
も、憎んでもいない。
人それぞれ抱えるものがあるように、
彼も、一般の人には抱えきれないものを持っていた
から。
普通の高校生が背負わなくていいものを、
溢れさせただけだから。
本当は、いつ溢れてもおかしくない状況なのに、
今まで、我慢して堪えて、俺に頼ってくれたから。
俺を刺したのだって、本心じゃない。
でも、あれは彼なりのsosのサインだったから。
俺を刺したことで、周りの大人は彼の抱えているもの
に気づくことができたから。
俺は、自分を多少犠牲にしたけれど、彼のsosを
受け取る事ができた自分を誇りに思うから。
そう言い聞かせて、どうにか3年もの間を、
やり過ごしてきた。
できるものなら、解放されたいんだよ
――でも、その夢は叶わないから。
それから2年後、病室にあの彼がやってきた。
まず、俺に頭を下げて深く謝罪し、感謝した。
そして、精神的に病んでいた俺に、ずっと待ち望んだ
希望を与えてくれた。
大学2年生、俺は4年間を経て、拘束から解放され、
サークルに入り、グラウンドを駆け回っている。
あの日、彼は、高度な医療技術と知識を身につけ、
病室にやってきたのだ。
その彼の技術や知識に救われて、今の俺がある。
1年の抱負なんて、考えずに諦めていたけれど、
今年は、彼の支えになること、にした。
これからは、お互い支え合って肩を取り合おうと
約束したから。
#良いお年を
え?!もう年明けるの?!?!
今年の1年、早かったなぁ……。
1年の終わりの日だという自覚が無いまま、
1年を締めくくるのは少しむず痒い気がするけど、
みんな、今年1年ありがとう。
この1年にいろんな思い出があったと思うし、
沢山の気持ちや想いも溢れただろうな。
悔いのある人もない人も、幸せだった人もそうでは
なかった人も、夢が叶った人も叶わなかった人も、
1年、お疲れ様でした。
今年、芽生えた幸せは、来年もっと大きく育んで
――。
そうでなかった人も、来年、小さな奇跡の積み重ね
から成る幸せを見つけられますように――。
次にくる1年が、みなさんにとって、意義のある、
幸せな一年になるよう願いを込めてここに記す――。
#一年を振り返る
2024年、どんな1年だっただろうか。
楽しかった、と言う人もいれば、辛く、苦しかった、
と言う人もいるだろう。
僕は……楽しくて、小さな事に幸せを感じた一年でも
あったけど、それ以上に辛く、苦しい一年でもあった。
僕には親友と言っていいほどの友達がいる。
そいつと、夜更かしして、リア充みたいな会話をして
そいつの言葉にときめいたり、その時間を幸せに思った
りと、それなりに幸せだったと思う。
もう1人、そいつと同じくらいに大切な友達がいる。
その子は、ほんとに面白くていつも画面越しでも、
対面でも笑わせてくる。それも、こちら側をどことなく
励ましたり、明るく優しく包み込むように。
2人と話すだけで、傍にいるだけで、とても幸せな
気持ちになる。
そんなことと、反対に辛く、苦しかったこともある。
家庭環境と、人間関係だ。
僕には下に弟と妹が2人いて、両親と共に5人暮らし。
母はヒステリック気味で、小さい頃から、些細な
ことでよく怒鳴られたものだ。
最近では、それを我慢していた父が痺れを切らし、
よく喧嘩をするようになり、離婚まで考えている程だ。
母は、僕たちが高校を卒業するまでは離婚しないと
言い張り、喧嘩は毎回不完全燃焼で終わる。
また1つ、問題なのが弟と妹だ。
2人は、性格が瓜二つで、毎日どんぐりの背比べを
している。
そんな、性格が瓜二つの2人だからか、妙なところで
意気投合してしまい、2対1で僕を攻めることがある。
妹は母からの遺伝のせいか、ヒステリック気味で
口がとても悪く、弟は陰湿ないじめや心を引き裂く勢い
の言葉を放つ。
僕は、両親が喧嘩をしていても、弟達が喧嘩をして
いても、いつも仲介役だ。
そんなんだから、友達の家に宿泊したりと、一日家を
空けると、必ず両親が大きな喧嘩をしている。
だから、極力、家を空けることは避けている。
といっても、家にいること自体もストレスで、
自分の中にある、何か黒く重いものが溜まっていく。
僕は小学生の頃に、当時、親友だった人に裏切られ、
誰かもわからない人に靴に画鋲を入れられるなど、人間
関係や精神に深い傷を負った。
そして、解離性同一性障害という精神障害を患った。
いわゆる、多重人格ってやつだ。
日常生活に直接的に害をもたらす訳では無いが、
多重人格とは別で、離人症状というものも出ているため
これは日常生活に支障を来たしている。
自分にとって辛いことや苦しいことを忘れてしまう、
そんな、言う人からすれば都合のいい障害だ。
それでも、この症状を持っている以上、無意識に
物事を忘れることや自分から自分では無いような感覚を
無理に感じさせられるのだ。こちら側としてもいい迷惑
にもなる。
この1年で、何度――。
死にたいと――。
友達に助けを求めたいと――。
思ったことだろう。
辛くて、苦しくても、誰かにこの気持ちを相談しては
相手に背負わせてしまうと、助けを求めてはいけないと
自分に思い込ませた。
でも、あの2人と居ると幸せで――。
ここで死んでも死にきれない……。
何度、そう思ったことか……。
まぁ、そんな1年だったよ。
#変わらないものは無い
自分が同性愛者だと、家族にカミングアウトした時、
家族は、泣きながら俺を抱きしめながら、
「それでも、いい。そのままの薫を愛している」と
責めることをせずに、優しく受け止めてくれた。
心底ほっとした。
でも、安心しすぎたんだ。
当時、交際していた恋人は俺とは逆だった。
家族に、不安や恐ろしさを覚えながら、ひたすら、
真剣にカミングアウトしたそうだが、その真剣な思いは
お兄さんにしか伝わらず、両親からは、様々な罵詈雑言
を浴びたという。
その恋人の名は遼といった。
俺も、お兄さんも、遼を励まし、最大限の優しさで
包み込んだ。心を病まないように。
ある日の夜中、布団に身を包もうとした時に、
1本の電話が鳴った。
遼からだった。
内容は、冷や汗で体が凍りそうなほど最悪。
「愛してくれてありがとう。生きることがこんなに
辛いと思うなんて、想像してなかった。ごめん、次は、
来世で俺を愛してくれない? ごめん、愛してる。
また、来世で」
あいつは、遼は、笑って隠そうとしていたけれど、
始終、押し殺したような泣き声が漏れてた。
電話が切れる前に、もしものことがある前に、
後悔したくないから、俺もその言葉に答える。
「俺も、愛してるっ! 辛いよな、辛いよな……。
でも、先に行くなっ。来世でも愛してやるからっ!
こっちの世界でも最後まで愛させろ!」
急いで、お兄さんに連絡し、会話を絶やさないように
足をとにかく、速く、速く動かしながら、全速力で遼の
家に向かった。
途中、遼からの返答が途絶えた代わりに、鈍い音が
耳の奥に染み入るように響く。
自分がこの上なく焦っていることが分かる。
まもなくして、遼の家に着いた。
さっきまで進めすぎるほどに進めていた歩を止める。
目の前には、仰向けになり、血に塗れた遼がいる。
何がどうなっているのか、状況を理解できず、過呼吸
が治まらない。
それでも、何とか救急車を呼び、遼と一緒に救急車で
運ばれた。
1ヶ月後、飛び降りた遼よりも、俺の方が身体が
悪かったようで、目を覚ました時には隣に、俺の手を
握り、大粒の涙を嗚咽と共に流している遼がいる。
遼は、比較的致命傷とならない高さから飛び降りた
ため、運ばれた日に目を覚ました。
一方で俺はというと、何やら激しい過呼吸のせいで、
一時的に心臓が正常に働いていなかったらしく、目を
覚ますのが遅くなった訳だ。
病室には、お兄さんも居て、遼の家族もいる。
情報量が多すぎて脈打つような頭痛が止まない。
突然、遼の父親に頭を下げられた。
そして、目元にぐっと力を入れながらも、頬に透明な
液体を流し、俺に向けて謝罪と感謝の意を告げた。
遼の意思や生き方を自分が否定したばかりに、
遼の命も俺の命も危険に晒してしまったことを申し訳
なく思っている、と。
そして、誰よりも遼のことを理解し、愛してくれて
いたことを感謝してもしきれない、これからも、愛して
やって欲しい、2人に幸せになってほしい、とも。
俺たちの関係は認められた。
泣くつもりなんて無かったのに、俺の意思に反対して
目頭が熱くなる。遼と同じように大粒の涙を流した。
あの出来事が過去となり、数年経った今、俺と遼は
同棲を始め、結婚こそできないが、新婚旅行などに行き
互いに愛し合い、充実した毎日を送っている。
お互い、家族にカミングアウトして反対されようと、
2人の間に愛がある限りは、無敵だと思っていた。
でも、そんな淡く脆い夢は、目の前で、音を立てて
崩れた。
変わらないものなど無いと思った。
それでも、崩れた破片を積み上げて、遼のことを
信じて、愛を信じると、それは覆せる。
事実として、結果として、それは証明されている。
この世に、変わらないものは無い――そんなものは、
努力と自分の心次第で覆せる。