特別美味しいとか、異国のお土産だとか、そういうものだったわけじゃない。
どこでも売っているような手軽で身近なものだった。
でも、最後に二人で帰った雨の日に寒いと言ってコンビニで買った紅茶。
それだけ。
それだけなのに、私はあの香りが強く焼き付いてしまって、ふとした時にあの記憶に縋るように手に取ってしまうんだ。
こういうのはプルースト効果って言うらしい。
それもあの子が教えてくれたことだった。
(紅茶の香り)
あなたがくれた優しさも、笑顔も、言葉も、その声も。いつかはきっと忘れてしまうから。
それが嫌だなんて、ずっとずっと大切に抱えていたいだなんて、強欲なのかもしれない。
あなたに出逢えたこと、あなたと同じ時間を過ごしたこと、そんな奇跡に満足した方がいいのかもしれない。
でもそれじゃあさびしいから。思い出せなくなるのは、きっと思い出さないせいだから。
大事に、大事に仕舞い込んで忘れてしまわないように、上書きしてしまわないように、大事に想い出していよう。
(大事にしたい)
私はずっとあなたの言葉に縋りついている。
たったの一言を大切に大切に抱えて生きている。
あなたの言葉がどれだけ優しくあたたかい灯火になっているか、きっとあなたは知らないね。
(心の灯火)
君の歌を初めて聴いたとき、なんて美しい音楽を奏でる人だろうだと思った。
感情を真っ直ぐ乗せて、弦楽器のように滑らかな声。
丁寧にひとつひとつ音を重ねるように紡がれる旋律。
割れたガラスに触れたい。積雪の上で眠りたい。知らない街を気ままに散歩したい。そうしてただ無邪気に綺麗なものを見つめたい。
そんな感性で奏でられる君の歌が好きだ。
(君の奏でる音楽)
わたしは、なんだっけ。
わたし、私、は。
「 」
だいじょうぶ、呼ばれたらわかる。
大丈夫、だいじょうぶ。
あなたの名前も、わかる。
あなたは、どんな人だっけ。
知ってる声、知ってる笑い方。
でもわたしはあなたとどんな話をしたっけ。
名前を、呼んでくれませんか。
おねがい。
わたしは、私でいたいから。
(私の名前)