【桜散る】
吹雪いてきたときに、目に入るのが怖くて後ろを向いてたら偶然目があったんだ。いや、あってしまったんだ。桜散る木の下でもう一度会えるなんて思ってなかった。
「久しぶり。」
一瞬驚いた顔をしてしまったが、すぐに平静を装って返事を返す。ぎこちない。
「久しぶり、こんなところで何してんの?」
「何してんのって、ここ家の近所。」
知っていた。だって、前までここに住んでたし。近所で私とこいつともう一人で仲良くつるんでいたし。それが当たり前だったのに私が変えたんだ。
「お前こそ何してんの。まさか、ストーカー?」
「なわけ、一時的な帰省。」
ふざけて語りかけてくる調子は昔と変わってない。むしろなんでこんな変わらないんだよ。
「ここでさ、桜散るの久しぶりに見た。」
「俺も久しぶりにお前のこと見た。連絡残さずに消えるしてっきり死んだかと。」
「勝手に殺すな、てか連絡よこしても見ないでしょ。」
そんな会話にあいつの名前は一切出ない。今更、私から置いて行った二人のことを気にかけるようなことは言えないけど。うまくやってるのとか、病気してないかとか。喉元でどうしても突っかかる。
「ねぇ、あの時さ選んでたらどうなってたかな。」
「俺らのどっちかがお前のこと幸せにしてたよ。」
選ぶのが怖くて、どちらかを傷つけてしまうリスクが怖くて。あえて、離れたんだ。会うと思ってなかったから。
「今でも俺らはお前のこと好きだよ。な。」
彼は電話を掲げて私に通話の画面を見せる。息を呑む。もう一度、吹雪いて私の後ろ姿をさらう。
「また、連絡してよ。もう残酷な選択とかさせないから。」
「連絡、見ないくせによく言う。」
どんな顔してたんだろう。きっと、桜吹雪が私の前で起こって顔を隠してくれるくらい変な顔だったんだろうな。我儘にも、私。二人に恋してる。また、変な顔って馬鹿にしてよ。馬鹿だなお前はって笑ってよ。
「俺ら、お前のこと好きだから。」
分かってるって。
【ここではない、どこかで】
眠れない夜に散歩をするなんてよくあった。理由は風が気持ちいいからとかコンビニに行きたいからとかそんなもん。ここではない、どこかで何かをしてたいだけ。息が詰まるから。そんな人が近所で私以外にもう一人いるとか奇跡あるんだ、そんな風に思っていた。彼は彼で大変らしい。二人とも少し暇をつぶすだけの公園でたまたま会っただけ。自分以外で深夜にブランコに乗る先客が珍しくて変だと思って声をかけてしまったんだ。
「よかったら、お酒一緒に飲みませんか?」
コンビニで買っただけの缶のお酒。一人で飲むのも空しかったのかもしれない。彼と話してる時の中身のあるようでないような会話が心地よかった。いつも通り散歩をして公園に行っていつもは先にいるのに今日はいなかったってそれが普通だったのに。元からいないのが普通で、話してたのが異常だったかもしれない。その日から、一人でまた虚しく酒を呷るようになった。ある日のニュースのこと。高校生の男の子が死んだといういつもなら気にしないようなニュース。そのニュースには知った顔が映っていた。公園のあの子。
「あー、あの子高校生だったんだ。」
未成年飲酒か。ここではない、どこかでなら許されていたのかな。ちょっとは好きになってきてたのに。
【届かぬ想い】
嫌いになった。元から嫌いだった。好きになりたくなくて顔も見たくなくてその優しさが声が勘違いさせるから大嫌いだ。こんなので勘違いしてしまう自分が嫌いだった。高鳴るな、胸。口角あげるな、顔。届かぬ想いは実らないでよ。
「今日は顔、見てくれないんだね。」
「いっつも見てるわけじゃないから。」
好きと自覚してからまともに見れなくなったなんて誰が言えるか。恥ずかしくて顔も見れなきゃ声すらかけられたくない。最初は推しって言って話してたはずなのに。
「最近は推しって言わなくなったじゃん。」
「そういう、気分。」
名乗る権利すらない。きっと、周りから好かれているこの人に近づきたくはないのに。なんで、話しかけてくるんだろう。私の届かぬ想いをからかうな、なんてきっと優しさだから無理な話。なら、その顔私だけにしてよ、なんて我儘。愛してるとかも言えない。
「もしここでキスしたら怒っちゃう?」
ほら、そういうとこ。勘違いさせないでよ。こないだ、ほかの子にも言ってたくせに。してはなかったけど。
「からかうの良くないと思うけど。オタクをからかう推しのそれじゃん。」
「怒んないわけだ。」
そう言って、唇と唇を重ねた。推しとオタクの距離してない。だから、勘違いしたくないって。
「勘違いじゃないからさ、怒んないでよ。」
届かぬ想いでよかったのに。勘違いがよかったのに。嫌われるくらいなら好きにならないでよ。
【神様へ】
どうか、お願い。この声だけは。
「神様なんていなかった。」
そう、気づいたのは高校に上がる頃。平等とかはなくて神は才能を与えすぎたとかよく言うけれどそれの典型例が隣にいるんじゃ仕方ない。天賦の才。みんなそんな風にもてはやす。調子に乗らずに謙遜して誰にでも優しくする才能。どんな人でもたらし込む才能。俺だって例外じゃない。こいつのそういうところに惚れたから。
「何、ぼーっとしてんだよ。移動教室、置いてくぞ。」
ふと我に返ると頭を小突かれ時計がさすのはチャイムが鳴る五分前。机の上に用意しておいた持ち物を持って教室を出た。授業の時も、部活の時も、何かを考えて止まることが増えた気がする。どんなことに熱中していたってよぎってくるんだから塞ぎようがなかった。
「最近、お前おかしいけどなんかあったの?」
おかしいも何もお前のせいだなんて言葉は喉にすら引っかからない。無言で首を横に振ってアイスをほおばる。冷たすぎて眉間にしわが寄った。
「俺さ、彼女出来たんだよね。」
相も変わらずアイスをほおばる俺は首を振るだけ。二人とも喋らなくてセミの声が沈黙を遮るだけ。食べ終わったアイスのごみを小さくして、こいつが食べ終わるのを待って座ったままチラと横目に見る。
「おめでと。」
喜ぶとか泣くとかはしないけど。特に、祝いも出来なかった。
「泣かないんだな。」
「泣いてほしかったかよ。」
泣いてほしかったって言われてもきっと泣いてやれないけど。告白されたことを忘れたわけじゃない。むしろ、それで意識し始めたこともあった。
「嘘ってわかってんだろ。告白のこと。」
「幸せになれよ。」
どうか、お願い。今だけは神様この声を無視させてください。
【快晴】
ピクニックに行こうって、言われた。晴れた日がいいって言ってた。快晴の風がそよぐくらいのちょうどいい日。
「今日は動いてもいい日?」
「適度な運動。動かなきゃ行けない日。」
身体が弱い彼女は外に出るのもしんどいはずだった。だから、外に出ることも少ない。それなのに、彼女がここに来たってことはそういうことだ。
「ここに来た理由、聞いてもいい?」
「いいよ。」
理由を聞いた後に彼女の命を奪った。仕方のないことだった。きっと、こうするしかなかった。彼女の願いを叶えただけ。