たなか。

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4/12/2023, 4:35:01 PM

【遠くの空へ】

手を伸ばした、あの人が迎えに来てくれると思って。痺れを切らした、いつになっても殺しに来てくれなくて。恨まれてもいいのに。妬まれるべきなのに。
「迎えに来たんだけど、待ってたのはお前じゃないみたいな顔してくれるじゃん。」
あまりの暑さに顔をしかめただけ。どれくらい経ったんだろう。一年かな。一年だけなのにとんでもない年数待っているような気がしてしまう。
「答えてくれないんだ。まぁ、いいけどさ。今日はどこでも連れて行ってあげるつもりで来たんだけど。」
どこか遠くへ。遠くの空へ飛び立てるなら真っ先に貴方の元へ飛んでいきたい。
「命日とかさ、一番思い出しちゃうもんなんだよ。」
いなくなるとか聞いてなかった。墓前で手を合わせてあの時と同じようにすすり泣く。どこでも連れて行ってくれるって約束したから。
「ハグしようとしたらすり抜けちゃうからさ。」
「殺してよ。同じところに逝かせてよ。」
「墓前でそんなこと言わないの。でも、また会えたんだからさ。」
流れる涙を拭いてくれる人は隣にいない。遠くの空へ逝ってしまったから。透ける水が暑さで顔に張り付いて気持ち悪い。会いたいよ。
「触れてあげたいよ。」
すり抜けた思いは交わることなく終わったんだ。そんな気がして仕方がない。誰だよ。私に命日だと死んだ人に会えるって言ったの。あ、貴方だ。そういえば、今日薬飲んでなかったな。急いで薬を出したけど暑さの中無理をしたこともあって遅かった。急にクラっと来て目の前が歪んでしまう。
「こんなんで会いたくなかったんだけど。」
「待ってたのは私じゃないみたいな顔してるじゃん。私はずっと待ってたのに。」
クラっとした拍子に頭をぶつけたらしくまぬけに逝ったもんだ。でも、これなら願ったりかなったりなのかもしれない。
「どこでも連れて行ってくれるんでしょ、連れてってよ。」

4/11/2023, 4:27:40 PM

【言葉にできない】

家を出ていく時の気持ちは最悪。喧嘩するとか思ってなかったから。でも、ひどい。私の買ってきたプレゼントを台無しにしたんだ。あげるつもりだったのに。いくら怒っているからってさすがにない。
「せっかく選んだのに。」
怒りよりも悲しみが強くって。初めてだった。これだけ選んで決めたのに。後ろから追いかけてくるエンジン音がした。聞き慣れたエンジン音。
「ごめん、怒ってた理由とかもしょうもないんだけどさ。」
「許さない。一緒にプレゼント選び直してくれるまで許さない。」
ここで本当に言いたいことが言葉にできないのが悪い癖なんだと思う。こんな人やってけない。分かってる。今に後悔するよ。別れたいって言えなかったな。言葉のナイフを心の底に隠しこんで見えなくなったから。この人は知らない。私の言葉に出来ない本心を。

4/10/2023, 3:06:46 PM

【春爛漫】

春爛漫。桜が葉桜になるより前の寒さが少しだけ落ち着いた気がする季節。
「ここから先は危険だから。」
進もうとした先を手で邪魔される。昼じゃないこともあってか人はほとんどいや、全く見当たらなかった。邪魔してきた手を払うようにしてライトを持っていない方の手で退ける。
「危険だと思って来ているんだから注意くらいはしっかりしてますって。一応、依頼で来てるってことくらい分かりますよ。」
そう、これは依頼。普段、人とは関わるはずのない者たちが人の世に関わってしまったから仕方のない依頼。
「君、そう言ってこの前も勝手なことしていただろ。」
「別に結局、解決できたならよかったじゃないですか。」
あぁ言えばこう言うと怪訝な顔をされたが、気にしている場合ではない。そう、解決できるのならいいじゃないか。襲われても助けてやらないぞ、と。呆れられる始末。でも、助けられて危険な目に遭われるよりかは突っ込んで早めに解決した方がいいと思うのはきっと昔大切な人を目の前で失ったから。まぁ、この人に限ってそんなこともないな、とは思う。半年ほど前の依頼のことだった。異常なレベルの強さの人ならざる者と相対したときにお前は先に逃げろ、なんて。目の前で家族が喰われかけのところをみすみす逃げられるわけもない。結局、応戦していても歯が立たず大人たちに瀕死のところを助けられた。兄はというと手遅れだった。目を開けると最初に対面したのは病院の天井。そこからの流れは簡単だ。兄を亡くしてさらには瀕死で見つけられた俺は心身ともに療養が必要と考えられしばらく依頼を受けさせて貰えなかった。身体が治ってきた頃、気の毒に思ったのか今俺の隣を歩いている兄の知り合いが名を挙げた。大人たちもこいつが監督するならばという妥協の形でまた依頼を受けさせて貰えるようになった。依頼には最低二人が必須。そのことを見越してなのだろう。実際、兄の知り合いは手練れだった。
「デカい口を叩くわりに依頼中に考え事とはな。考えるな、お前は考えない方が強い。ほら、気配が近づいてきてる。」
「これでも、頭脳はなんですけどね。でも、本当に嫌な空気ですよ。この気配はあの時と同じくらいな気がするってかかなり異常ですよ。」
気配の察知能力には長けていた。兄が殺された時は依頼を遂行した後の出来事で本来なら俺らが相対するはずじゃなかったんだ。気配が同じくらいなだけではない。あの時と匂いが全く同じだった。
「上もこれを俺らにやらせるって春爛漫の陽気にやられたんじゃないですか。」
「それがそうでもなくてな。リベンジって名目で俺らへの負担。お前への精神的、肉体的負担。なんてものは、考えてくれないらしい。」
まだ、春爛漫の陽気にやられたと言われた方が幾分かマシだったかもしれない。気配が近づくにつれ化け物と言わざるを得ない何かの姿が視界に入り込んできた。ソレはかつて人であった肉塊を嫌な音を立てて喰いながら近づいてきた。
「だが、安心していいのは今のお前なら勝てるぞ。」
「あの、化け物見てよくそんな冗談言えますね。」
冗談をあまり言わない人だと思っていた。ただ、依頼を遂行した後に冗談を笑ってあげるためにとりあえず神経を研ぎ澄ます。そして、いつもと同じように得物をかまえる。隣で得物をかまえているこの人もいつもよりは神経を研ぎ澄ましていた。化け物が動き出したら戦闘開始の合図だった。緊迫した死と隣り合わせの危ない賭け。一歩間違えれば瀕死で済むかさえ分からない。あの人の得物が化け物を捉えたのですぐさま俺も援護に回る。散々、叩いた後も怯む様子はなかった。
「息、上がってますよ。歳じゃないですかね。」
「残念ながらそんなに老いてはないがな。あぁ、そろそろだと思うんだが。」
そんな意味深な言葉がきこえた瞬間。怪物が大げさに膝をついたという表現もおかしいがいきなり嗚咽を漏らしながら苦しみ始めた。隙間に紛れる聞き覚えのある声がした。
「好機だ、一気に叩くぞ。」
さっきのように敵を叩いて怯んだ瞬間、援護側だった俺がとどめを叩き込んだ。どうやら、化け物は動けなくなったらしい。だが、嗚咽を漏らす化け物の声にやはり聞き覚えがあった。耳を澄まして、化け物をよく見ると知った顔が浮き出てくる。
「あぁ、本当に化け物じゃないか。このこと上も貴方も知ってたんですか。」
「上はどうだろうな。少なくとも俺は薄々気づいてた。よくあることなんだ。喰われて死んだと思われていたやつの精神が強すぎて化け物の動きを止めるなんてことが。」
たしかに、化け物が動きを止めたのは兄の精神によるものだった。
「悪かったな。ただ、あの精神は俺でも驚く。化け物級だよ。ただ、お兄さんはお前が相手だから動きを止めたんだと思うぞ。辛いことをさせたか?」
兄にまた俺は逃がされてしまったらしい。
「いえ、仕方のないことではあるので。割り切ってなきゃ今も依頼なんて受けてないですよ。ただ、これで冗談笑ってあげられますよ。」
鼻で笑いやがった後に精神が残っているものの肉体はとうに亡くなっているので兄が戻ることはないらしい、とか言っていた。まぁ、今更戻られても怒られる気がしかしない。心苦しいとかそれこそ笑われて俺の癪に障るだけだ。
「春爛漫、この桜が赤く染まってなきゃもっと喜べたんですけどね。」
とりあえず今は帰って寝たい。花見を楽しむのは帰ってから少し先になりそうな気がした。

4/9/2023, 4:46:22 PM

【誰よりも、ずっと】

誰よりも、ずっと近かった。小さい頃はそんなこと思わずにただ、みんな友だちみたいに無邪気に遊んでいたんだ。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」
公園で遊んだら誰でも仲良し。怖いもの知らずだった。それが今じゃどうだ。この有様だ。毎日、人との対話で精神をすり減らしながらギリギリで息を吸う。あの日、遊んでいた子たちは今何をしているんだろう。そんなことを思いながら夜遅くなった人の少ない道をわずかな流れに沿って歩く。鬼ごっこまたしたいな、なんて空を見上げながら思う。私の青春は、私の昔の強さは、見当たらない。いい子にしたのに私は迷子。
「捕まえた。」
歩いていたら後ろからそんな声がした。ふと振り返ればそこには“友だち“がいた。鬼ごっこをしたうちの一人。初恋の男の子。家が未だに近いことは知っていた。職場が近いことも。こんな時間まで仕事かなんて同情せざるを得ない。
「迎えに来たよ。」
「なんで、迎えに。」
意味が分からずに手を引かれた。付いてこれば分かると言ってある場所へ導かれる。でも、こうして手を引かれるなんて昔以来だった。
「足が遅いのなんてなんだ。手を引いて走れば引っ張られて早くなれるだろ?」
足が遅くても鬼ごっこが好きだった理由。手を引かれるままに私は昔みたいに笑いだしてしまった。
「ねぇ、迎えに来たならどこまで連れて行ってくれる?」

4/8/2023, 5:20:28 PM

【これからも、ずっと】

雨が降ったら泣きたくなるって言っていた。だから、心配で様子を見に来たんだって言い訳。泣いている君を抱きしめたくて。
「それじゃあ、寂しがっていたら毎日でも抱きしめてくれるってことなの?」
これからも、ずっと君を抱きしめていたい。なんてわがままかもしれない。と思っていたから。でも、君がいいならいいってことだ。雨なんて関係なくて、どんな天気でも君の期待を裏切らぬように。君の心の土砂降りがいつかお天気雨だ、と。笑えるように。
「ありがとう。」
冷たくなる心を閉ざさぬようにと温めた。脆く弱い心が今は壊れずに済んだらしい。
「嘘を吐いてくれてありがとう。」

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