たなか。

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【春爛漫】

春爛漫。桜が葉桜になるより前の寒さが少しだけ落ち着いた気がする季節。
「ここから先は危険だから。」
進もうとした先を手で邪魔される。昼じゃないこともあってか人はほとんどいや、全く見当たらなかった。邪魔してきた手を払うようにしてライトを持っていない方の手で退ける。
「危険だと思って来ているんだから注意くらいはしっかりしてますって。一応、依頼で来てるってことくらい分かりますよ。」
そう、これは依頼。普段、人とは関わるはずのない者たちが人の世に関わってしまったから仕方のない依頼。
「君、そう言ってこの前も勝手なことしていただろ。」
「別に結局、解決できたならよかったじゃないですか。」
あぁ言えばこう言うと怪訝な顔をされたが、気にしている場合ではない。そう、解決できるのならいいじゃないか。襲われても助けてやらないぞ、と。呆れられる始末。でも、助けられて危険な目に遭われるよりかは突っ込んで早めに解決した方がいいと思うのはきっと昔大切な人を目の前で失ったから。まぁ、この人に限ってそんなこともないな、とは思う。半年ほど前の依頼のことだった。異常なレベルの強さの人ならざる者と相対したときにお前は先に逃げろ、なんて。目の前で家族が喰われかけのところをみすみす逃げられるわけもない。結局、応戦していても歯が立たず大人たちに瀕死のところを助けられた。兄はというと手遅れだった。目を開けると最初に対面したのは病院の天井。そこからの流れは簡単だ。兄を亡くしてさらには瀕死で見つけられた俺は心身ともに療養が必要と考えられしばらく依頼を受けさせて貰えなかった。身体が治ってきた頃、気の毒に思ったのか今俺の隣を歩いている兄の知り合いが名を挙げた。大人たちもこいつが監督するならばという妥協の形でまた依頼を受けさせて貰えるようになった。依頼には最低二人が必須。そのことを見越してなのだろう。実際、兄の知り合いは手練れだった。
「デカい口を叩くわりに依頼中に考え事とはな。考えるな、お前は考えない方が強い。ほら、気配が近づいてきてる。」
「これでも、頭脳はなんですけどね。でも、本当に嫌な空気ですよ。この気配はあの時と同じくらいな気がするってかかなり異常ですよ。」
気配の察知能力には長けていた。兄が殺された時は依頼を遂行した後の出来事で本来なら俺らが相対するはずじゃなかったんだ。気配が同じくらいなだけではない。あの時と匂いが全く同じだった。
「上もこれを俺らにやらせるって春爛漫の陽気にやられたんじゃないですか。」
「それがそうでもなくてな。リベンジって名目で俺らへの負担。お前への精神的、肉体的負担。なんてものは、考えてくれないらしい。」
まだ、春爛漫の陽気にやられたと言われた方が幾分かマシだったかもしれない。気配が近づくにつれ化け物と言わざるを得ない何かの姿が視界に入り込んできた。ソレはかつて人であった肉塊を嫌な音を立てて喰いながら近づいてきた。
「だが、安心していいのは今のお前なら勝てるぞ。」
「あの、化け物見てよくそんな冗談言えますね。」
冗談をあまり言わない人だと思っていた。ただ、依頼を遂行した後に冗談を笑ってあげるためにとりあえず神経を研ぎ澄ます。そして、いつもと同じように得物をかまえる。隣で得物をかまえているこの人もいつもよりは神経を研ぎ澄ましていた。化け物が動き出したら戦闘開始の合図だった。緊迫した死と隣り合わせの危ない賭け。一歩間違えれば瀕死で済むかさえ分からない。あの人の得物が化け物を捉えたのですぐさま俺も援護に回る。散々、叩いた後も怯む様子はなかった。
「息、上がってますよ。歳じゃないですかね。」
「残念ながらそんなに老いてはないがな。あぁ、そろそろだと思うんだが。」
そんな意味深な言葉がきこえた瞬間。怪物が大げさに膝をついたという表現もおかしいがいきなり嗚咽を漏らしながら苦しみ始めた。隙間に紛れる聞き覚えのある声がした。
「好機だ、一気に叩くぞ。」
さっきのように敵を叩いて怯んだ瞬間、援護側だった俺がとどめを叩き込んだ。どうやら、化け物は動けなくなったらしい。だが、嗚咽を漏らす化け物の声にやはり聞き覚えがあった。耳を澄まして、化け物をよく見ると知った顔が浮き出てくる。
「あぁ、本当に化け物じゃないか。このこと上も貴方も知ってたんですか。」
「上はどうだろうな。少なくとも俺は薄々気づいてた。よくあることなんだ。喰われて死んだと思われていたやつの精神が強すぎて化け物の動きを止めるなんてことが。」
たしかに、化け物が動きを止めたのは兄の精神によるものだった。
「悪かったな。ただ、あの精神は俺でも驚く。化け物級だよ。ただ、お兄さんはお前が相手だから動きを止めたんだと思うぞ。辛いことをさせたか?」
兄にまた俺は逃がされてしまったらしい。
「いえ、仕方のないことではあるので。割り切ってなきゃ今も依頼なんて受けてないですよ。ただ、これで冗談笑ってあげられますよ。」
鼻で笑いやがった後に精神が残っているものの肉体はとうに亡くなっているので兄が戻ることはないらしい、とか言っていた。まぁ、今更戻られても怒られる気がしかしない。心苦しいとかそれこそ笑われて俺の癪に障るだけだ。
「春爛漫、この桜が赤く染まってなきゃもっと喜べたんですけどね。」
とりあえず今は帰って寝たい。花見を楽しむのは帰ってから少し先になりそうな気がした。

4/10/2023, 3:06:46 PM