【これからも、ずっと】
雨が降ったら泣きたくなるって言っていた。だから、心配で様子を見に来たんだって言い訳。泣いている君を抱きしめたくて。
「それじゃあ、寂しがっていたら毎日でも抱きしめてくれるってことなの?」
これからも、ずっと君を抱きしめていたい。なんてわがままかもしれない。と思っていたから。でも、君がいいならいいってことだ。雨なんて関係なくて、どんな天気でも君の期待を裏切らぬように。君の心の土砂降りがいつかお天気雨だ、と。笑えるように。
「ありがとう。」
冷たくなる心を閉ざさぬようにと温めた。脆く弱い心が今は壊れずに済んだらしい。
「嘘を吐いてくれてありがとう。」
【沈む夕日】
沈む夕日に背を向けて歩き出した、もう戻らぬようにと祝いと呪いを込めて。戦いが終わる日にかけられた魔法の呪い。
「もう、戻って来ないの?」
「もう、戻って来られないの。」
悲しそうな顔には弱いんだ。やめてよ、そんな。見たくない。夜になる頃にはきっと忘れて強くなれると信じている。だから、今だけ寂しい背中を向けさせて。優しい顔して見送られても振り向いてはいけない誓約、誓い。沈む夕日に誓って背中を見捨てた哀れな剣士。
「背中を向けたら死んじゃうんだっけ。」
【君の目を見つめると】
嘘はつけない、そんな顔。嘘は見抜けない、きっと優しさ。君の目を見つめると悲しそうな顔をしていた。
「なんであの人たちなんかを庇ったんですか。いや、違うか。なんであの時置いて行ってしまったんですか?」
そんな言葉にも嘘で返してしまう。申し訳ないとも思いながらもう後戻りなんてできなかった。
「君が嫌いだったからだよ。」
違う、そんなんじゃない。君の冷めた目にはもう慣れた。いつの間にか大きくなって前は頭一つくらいの差があったのにもう君の方が高くなっていた。
「嫌いならなんで泣いているんですか。」
仕方のないことだった。これ以上ここにいたら悪夢がいつまで経っても終わらないから。逃げ出して、連れ出して。君のことを優しいおばさんの元へ置いて行った。理由なんて聞かせたくなくて顔を背けてしまう。ふと、君の顔を見ると話したくなってしまう。君の視線に弱いんだ。
「もう一度聞きます。なんで、置いて行ったんですか。」
「君、言っていただろ。美味しいご飯が食べられて優しい人のところで暮らしたいって。」
でも、それじゃあ、意味がないのなんてずっと分かっていた。君のために何もしてやれなかった罪へのせめてもの償い。望んでないことも嫌われていることも分かっていた。自分のした事が正解かなんて分からなくて嫌なんだ。
「偽名まで使ってそんなに僕のこと嫌いだったんですか。一緒にいてほしかった。僕が貴方のことを嫌いだなんてありえない。名前で呼ぶのも嫌がるでしょう?」
それでも、俺は君の傍にはいたくない。好きだから嫌いになるんだ。ごめん。幸せに
「また、置いていくんですか。」
「俺は、君に幸せでいて欲しい。優しい人のところで温かいご飯を食べて好きな人を見つけて幸せに暮らして欲しい。」
君の元から逃げたのも全部言い訳で優しい嘘なんかじゃない。きっと、自分がクソみたいだって思ってるから自分の嘘を守りたかっただけ。
「僕の幸せに貴方のこと入れちゃダメなんですか。答えてよ、兄さん。」
もしこれが償いで悪夢だと言うのなら早く終わってくれればいいのに。
【星空の下で】
彼女は綺麗だった。この手で掴みたいくらいに。届かないことくらいは分かっていた。星空の下で馬鹿みたいに手を伸ばす、届きもしない。でも、届かなくなるほどに欲しいから。悪い癖かもしれない。それでも、こうなったら自分を止められないことは自分が一番分かっている。やっぱり悪い癖だ。
「ねぇ、どうしていたらよかったと思う?」
「そんなこと聞かないでよ、分かってるくせに。」
泣いている顔を見られないようにって精一杯振った結果がこれだった。諦めるつもりはないのに振るっていうのもおかしな話なのかもしれない。なんで、彼女は振られてしまうのかなんて俺にだって分からない。
「俺さ、諦め悪いからまた告白しにくるよ。」
なんの宣言かも分からない、振ったのに。祭りの夜。屋台からは少しだけ離れて人の少ないところ。少なくとも知り合いはいないであろう場所で泣いてしまう俺を静かに見つめる彼女。今日、彼女が告白されるのを見てしまった。彼女はきっと告白を断っただろう。けれど、俺に振られた。きっと諦めの悪い俺のことを知っているから彼女は泣かないんだと思った。彼女の言葉を知らなくて、心に気づけなかった。
「どんな顔で待っててほしい?」
「どんな顔でもいい、なんなら待たなくてもいいよ。諦め悪いことだけ知っていてよ。」
この言葉にどれだけの意味があるのか。どれほどの重みがあるのか。彼女だけ知っていた。だから、この時だけ悲しそうな顔をしたんだ。泣かない彼女を月は照らす。泣いている俺を星空は隠すつもりはないらしい。
「待たせてくれてもいいのにね。」
【それでいい】
私が泣いちゃう理由はあれでいい。そうだ、今日の晩御飯はこれにしよう。あのテレビ番組もうすぐ最終回なんだっけ。あぁ、疲れたな。それでもいっか。それがいっか。淡々と思ったことを思うままにして口を閉ざした。いつからでしたっけ、この関係が凍り始めたのは。貴方を見る目が変わったのはいつだっけ。
「離婚届け、出しといてくださいね。荷物、小さい物は持っていくので大きい物は郵送してください。」
いつも以上に淡泊な会話。いつからだろう。私は高校、大学の頃から変わらず、いや、少しは変わったのかもしれないけど好きだった。貴方は変わったかな。変わったかもしれない。でも、圧倒的に変わった部分を知っている。私に好きと言わなくなったよね。いつからか、冷たくなったし。浮気、知らなかったよ。決定的な離婚の決め手。でも、それでよかった。それでいいから。貴方のことを愛せてよかったなんて言わないから。幸せになってね。泣いてしまうかもしれない。
「今回もなかなかな漫画だな。」
「でしょ、いい感じ。」
相変わらず救われない女の人の話を書くなぁ、と。自分で思う時がある。それでも、女の人の泣き顔ってどこか強くてかっこいい。この後、必ず幸せになる。そんな期待を持たせてくれるんだ。死に物狂いで誰かを救いたい。それ一心で今日も机に向かう。昔、救えなかった子を救うように。ドロドロと零れ落ちた何かを掬うように。あの時は、その子の背中が小さくて脆く見えた。
「彼氏と別れたんだ。」
その目がどんどん壊れていく姿が怖かった。隣で見てるのにどう声をかけたって何をしたって意味が無いことが分かってしまう。貴方を救えるのは優しい偶像。彼氏だけ。
「ねぇ、貴方は今これでいいなんて思える恋愛をしている?」
貴方が今どんな男と付き合っているか私は知らないよ。貴方の壊れていく目は何を捉えたの。それとも、囚われてしまったの。
「ん、なんか言った?」
「なんも。」
私が貴方を幸せにしてそれでいいと言わせられる人生にしてあげたかった。漫画を描き変えるならあの子を私の世界に呼んでハッピーエンドに約束を。