#44 忘れられない、いつまでも。
降りしきる眼前の情報
静かな森に閉じ込められた
忘れたくない記憶の淵に
流れ込んできては
様々なものと絡み合って風化させる
あなたは白い掌だ
わたしにそっと触れてきて
石碑の文字を慈しむように
湿った緑の覆いを払ってくれる
涼しく、孤独で、密やかな深淵に
植物を気にしながらも
知りたいという欲望に駆られて
立ち入ってくる
死体は実のところ、どこか
掘り返されたがっているのかもしれない
だからわたしは
安らかに埋葬された記憶を
忘れることができないのだ
いつまでも、ずっと
#43 一年後
過去に確かに在った
ある一定の一年間を思い返してみる
肩書きの変化はあれど
ゲームのログのような
思い出の証のためだけに作られた
形に残るお土産めいたものは
あまりなかった
作品を作ることは
自分を遺すことだ
だから、つまり、わたしは
わたしに纏わるものを
なるべく残しておきたくなくて
持ち物を減らそうという思考を取ってきたけれど
その実、結局は、
わたしの毛嫌いしている
「わたしが生きた証」を創作することに
拘り続けている
認めたくはなかったけれど
きっと、一年後、一年前の今を物語る
作品を見返したいと思うのだろう
x歳x日の自分を
少しでも覗き込んでみたいと思うのだろう
まるで他人のように
だからわたしは
毎日続けようと思う
書くことと読むことを
毎日続けようと思う
#42 初恋の日
ぼくは恋をしたことがないし
恋がどういうものなのかも分からないし
知ることのできない人間だ。
だけど一昨年、旗日が無いという理由で
6月に「初恋の日」という
時代に逆行するような祝日ができて
その恩恵にはあずかっている。
雨の音しかしない静かなアパートで
コーヒーを飲みながら本を読んでいる。
仕事から逃れ、
のびのびと休日を満喫している。
でも、それでも。
結局は読書に集中することができなかった。
ため息が、雨音に呑まれて消えてゆく。
今日が一体何を祝う日なのか、
祝日を作った奴らを含め
ぼく以外の人間だって本当のところ
誰一人として分かっちゃいないのだ。
#41 明日世界がなくなるとしたら、何を願おう。
叶わないと
分かりきったことを願うなら
きみのことがいい
世界がなくなる前日に
虚しくて
ありきたりで
自分勝手なことしか願えない
ここまで来たら
自己嫌悪だなんていう
どこか青い感情を通り越して
汚いものはすべて
墓場まで
ぼくごと仕舞い込んでしまいたくなった
最後のとき
きみはぼくの隣を選びますように……
きみのしあわせを願えないぼくは
世界がなくなるその瞬間まで
ゴミ屑のような人間性で在るべきだ
#40 君と出逢ってから、私は・・・
君と出逢ってから、わたしは。
夜に眠れない理由が変わってしまった。