小砂音

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4/19/2023, 9:42:34 AM

#23 無色の世界

“無色の世界”というフレーズを読んで、小さい頃、この世のものがすべて透明だったらどんな色に見えるんだろうと疑問に思っていたことを思い出した。
真っ白でも、真っ黒でもない世界。
だけど、すぐになのか、しばらくしてなのか、とにかくわたしは「そうか、透明という色が見えるのか」と納得したことを覚えている。

透明色。
見られるとしたら、なんとなく死の間際な気がするな。
それに、死ぬまでに一度も見られない可能性の方が遥かに高いだろうなと思う。

透明色。
透き通った、すごく綺麗な色なんだろうな。
そして、実は。お腹の中にいるときに、薄い瞼を閉じたまま、安心しながら感じていた色なのかもしれないなと思う。

透明色すら存在しない無色の世界は、どんなふうに見えるんだろう。
白も黒も立派な色だから、絶望に満ちた世界の比喩としては、本当は使いたくないけどな。

4/17/2023, 11:32:07 AM

#22 桜散る

季節の移ろいに境目はなくて
新しい季節はだんだんと
ひとつずつ明らかになっていく
だけど、桜の季節だけは
そんなふうにはできていない

まだサイズの合わない制服姿で
降りしきる桜の雨に打たれるがままのぼくは
初めて、別れというものを知る

遠くに行ったきみへ
何を言えばよかったのだろう
黒塗りの誘拐犯の後ろ姿を
眼鏡の奥、ただ青に光る瞳に焼き付けて
無力なままに立ちすくんだ

桜の終わりは、季節の終わり
桜の終わりは、きみとの終わり

4/17/2023, 5:41:46 AM

#21 ここではない、どこかで

シャッターを切る音がする
ここではない、どこかで

鍵盤に指を置く音がする
ここではない、どこかで

燭台を片手に畳を擦る音がする
ここではない、どこかで

墨を溶く音がする
ここではない、どこかで

再会のキスの音がする
ここではない、どこかで

温めた水が器に落ちる音がする
ここではない、どこかで

密やかに呼吸する音がする
ここではない、どこかで

遥かな海を隔て、灰色に黄金の散る
標高の高い、白い花が咲いた
ここではない、“どこか”で

4/15/2023, 1:39:06 PM

#20 届かぬ想い

ふと予感がして、辺りを見渡した。
すると、ぼくの元へゆらゆらと燈會が流れ着いてきた。

ぼくは引き寄せ、思わずぎゅっと胸に抱いた。
届いた想いを読みながら、目を閉じ、奴の心に浸った。
そこに灯る明かりのように、心がぽっと温まる。
もう1年経ったのか。

初めて見つけた時は、こんな殊勝なことをする奴だったかと驚いたが、確かに意外とこんなことをする奴だとすぐに思い直したっけ。

想いを受け取り、これまでの燈會と一緒に周りに並べた。
お前は長生きだから、ぼくの住処はまるで橙の星の銀河だ。
数えきれないほどの燈會は、消えずに、朽ちずにずっとぼくのそばに在る。

大丈夫、受け取っているよ。
お前とぼくとの間には、届かぬ想いなんてひとつもないよ。

静かに、決して急がずに。
ぼくはただ、お前を待っている。
お前の褪せない想いとともに。

4/14/2023, 11:34:07 AM

#19 神様へ

明日が来ませんように。
神様にそう祈って、泣きながら眠った。
その所為か、夢に神様が出てきた。

でも驚いたのは、しくしくと神様も泣いていたことだった。

わたしは相手が神様であることを承知の上で、おずおずと背中から声を掛けた。
心配が半分、神様なんだからちゃんと仕事をしろという怒りの気持ちが半分、と言ったところだ。

神様は、悲鳴のような人々の祈りを一身に受け、己の無力さにとうとう耐え切れず、打ちひしがれて泣いているんだとわたしに言った。

この世を作ったのは神様でもないし、もちろん知恵の実を植えたのも神様じゃないらしい。
そう前置きをした上で、神様はただ、人間を見守るのが仕事なのだと言った。
そして神様の見守る仕事の、いわゆる給与に当たるものは、人々の優しい祈りだという。心が温まって元気が出て、メッチャイイらしい。

けれど神様の職に就いて約1万年程度――恐らく今のわたしの感覚で入社して3日目といったところか――で、もう辞めたくなったという。
悲しい祈りが多すぎて、受ける精神ダメージの割に合っていないというのだ。

そういえば、うろ覚えだけど「恋人に対する1度の失敗に対し、信頼を取り戻すには5回のプレゼントをしなければならない」と聞いたことがある。
それを思い出しながら、悲しい祈りに対して優しい祈りが5倍の量ないと、神様も参ってしまうのかなとわたしは思った。

神様は、今世の転生ガチャに失敗したと運命を呪い、傲慢に泣いていた。
そんなん知らんわと思ったし、わたしだって人間に生まれて嫌だしと思った。けれど、それでも。そんな神様の現代人みたいな愚痴を聞いて、わたしはすこし、親近感のようなものを抱いた。

わたしは偽善に限りなく近い正義感で、神様に、わたしにどうして欲しいか、できることはあるかと聞いた。
神様はぶっきらぼうに、自分に感謝の祈りを捧げてほしいと言った。
感謝の祈りはボーナスみたいなものなのかもしれない。
わたしは分かったと承諾して、神様と別れた。

馬鹿げた話だけれど、そんな夢を見て以降、わたしは神様を呪うことをしなくなった。

クソみたいな現実は変わらない。
自分を含め、アホみたいな人間は変わらない。
なのに、ただ何もせず怠惰に傍観しているらしい神様という存在に、なぜか感謝したくなっていた。

これも、神様の存在を信じる信仰なのだろうか。

わたしは朝、憂鬱な会社への出勤前に、心の中で祈りを捧げた。

神様へ、どうもありがとう。
優しくて弱くて愚かで可哀想な人間を、今日も変わらずに放っておいてくれて、どうもありがとう。

これが悲しい祈りなのか優しい祈りなのか、わたしには分からない。

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