ありがとう、ごめんね
もう飽きちゃった…。
どんなに好きで夢中になったものであっても、疲れたと思う瞬間がある。好きで、楽しくて一生懸命やっていたはずなのに、嫌でたまらなくなる。「少し距離を置いて、休んだっていいよ。落ち着いて!」ともう一人の自分が言う。
もう一人の自分は、もうやりたくない!イヤだ!ということを聞かない。自分の中のおこちゃまを抑えられなくて、気力を取り戻す時を待つことなく、大事な人間関係すらも容赦なく断ってしまう。
仕事なら割り切るけど、プライベートはもうやりたくないと思ったら、あっさりやめる。ダメだって分かってるのに、この性分は変えられない。
相手がお世話になった人であっても、長年続けてきた事であっても、容赦なくサヨナラを告げる。
ありがとう、ごめんね。
心から大事にできない相手との人間関係を維持するために、無理はしたくない。
心からやりたくもないのなら、やりたいことを見つける為に時間を使いたい。
部屋の片隅で
オレンジの服にキミドリのまん丸なボタンが3つ。真っ白でモフモフだったんだけど、うちゃぴょん、うちゃぴょんと毎日かわいがるもんだから、黒くなったし、毛並みもパサパサになった。
毎晩一緒に布団で寝て、抱っこしてもらって、汗で、涙で、いっぱい汚れて、愛され臭はするけど、うちゃぴょんは添い寝ぬいぐるみのNo.1だ。泣いているときは涙を拭いて、眠れない夜は甘えて、踊って楽しませる。どんなぬいぐるみが仲間入りしても、うちゃぴょんは特別。
最近10年ぶりにお洗濯をして、長年の汚れを落としてもらった。すごくいいにおいで、軽くなった。破れたところも修理してもらった。もっと抱っこしてもらえると思っていた。
パンダのぬいぐるみが来て、時々パンダが布団の中にいる。交代交代のときもあるし、誰もが連れて行かない夜もある。うちゃぴょんはさみしくないように、部屋の片隅で他のうさぎさん達と一緒に寝る。
部屋の片隅のうちゃぴょんはそれでも寂しい顔をする。夜中に潰されても、掴まれても、添い寝ぬいぐるみのうちゃぴょんはうれしそうだ。
逆さま
家庭科の授業で調理実習ノートに盛り付け図を描く。
ごはんは左、味噌汁は右、メインのおかずを上側に、そして、お箸を描く。箸だけはなぜか左右逆に描いてしまう。何度注意されても間違える。
左利きは家庭科の授業のなかで、違いを痛感する。
裁縫では運針が逆なので、複雑なステッチは見本を逆さまにして、自分なりにやってみる。左利き用のハサミは貸し借りができないし、値段も高かった。
調理実習では包丁をはじめ、全て左、邪魔になるため、食器洗い担当だった。家庭科の授業で盛り付けやマナーを学ぶが、日常生活は左利き用におかずも箸も並べている。難しく考えず、楽しく食べられれば良いと思う。コンビニなどで買うお弁当も右利き用にできている。ごはんが右にくるように置くと値札シールは逆さまになる。
左右反対、逆さまが当たり前の世界で生きている。
眠れないほど
ティロリロリ! ティロリロリ!
“どこにいるの?〇〇さんの家が崩れたんだって。ウチも避難するよ。”
母からのLINE のメッセージを見て、焦る気持ちをグッと抑えた。バス車内はスマホの警告音が度々鳴っていた。気象情報の確認や連絡をとるため、スマホを手に時を過ごす。
一人、二人と乗客が減り、私ともう一人の乗客を残したところで、運転手は降車扉を開け、乗ってきた男性と話している。
「この先の道路が冠水して、通行ができんけぇ、A町に迂回して車庫へ向かえぇ。気ぃつけぇよ」
バス会社の人がわざわざ車で知らせに来てくれたのだ。運転手は残る乗客の下車するバス停を確認し、無事にバス停まで送り届けてくれた。
雨と土のにおいが交じる。家に向う道は泥が流れ込み、滑らないように慎重に歩いた。避難先で家族と過ごす一夜は、まだ見えぬ不安、祈りで眠れなかった。
自宅は無事か、流れた家の人は無事かと。
翌朝一番に自宅へ向かった。自宅は幸いにも無事だったが、両サイドの大きな通りは土砂で埋まっていた。
眠れないほど怖い一夜、本当に長く感じた。生きていれば、働ける、食べていけるのに。今の日常を失いたくないと思った。
世界には人間同士が戦って、巻沿いになって住む場所も家族をも失う人がいるというのに。眠れないほど不安な人々が一日も早く終わるように、祈ることしかできない。
夢と現実
「ハッ!」
車窓の景色を見て気づいた、やっぱり寝過ごしてる…
次の停留所で降りなきゃ!と押しボタンを手早く押し、至って冷静なふりをする。ふと斜め後ろを見ると、鞄をゴソゴソ、落ち着かない様子の若いスーツ姿の男性。
この人もやったな。
仲間がいたからといって、バス代が安くなることも、これから歩く歩数が減ることもない。状況は同じなのだが、気分の落ち込みは些か軽減された。
「お疲れさまでした。どうぞお気をつけて」
バスが去ると真っ暗な通りに男女2人きり。そして、ロマンチックな展開が待っているわけもなく、無言で別れて、各々の家に向かい、ただただ歩く。
どこまでが夢だったのだろう?バスの中でのことを思い返すが、いつも利用する停留所を通過した記憶がない。夜風に吹かれ、眠けはすっかり飛んだ。