蓼 つづみ

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2/15/2026, 6:48:24 PM

夕方、いつも通りに郵便受けを開けると、見慣れない封筒が混じっていた。

広告でも請求書でもない。
わずかに厚みのある紙。
白というより、時間を一度くぐり抜けたような淡い生成り。

封筒の縁はかすかに擦れている。
遠い距離を移動してきた痕跡。
裏返す。消印はない。
切手もない。
どうやって届いたのか——
そう考えた瞬間、思考がひとつ深い層へ沈む。

差出人欄を見た途端、
喉の奥が狭まり、眉がわずかに寄る。
見慣れているはずの、自分の筆跡。
けれど、こんなものを書いた覚えはない。
線には迷いがない。
今の私より、少しだけ筆圧が強い。
そこには、こうある。
“十年前のあなたへ”
時間が反転する。
過去へ。
十年前の私へ。
——ということは。
これは、私が書いたものなのか。
それとも、これから書くことになるものなのか。

いたずらだろうか。
いや、それにしては正確すぎる。
模倣ではない。
継続だ。
同じ手が、同じ癖のまま、
ただ十年ぶん呼吸を重ねただけの筆跡。

未来なんて、知らなくていい。
今日をやり過ごすだけで、十分なのに。
それでも私は、
何かを変えてしまう地点に立っている。
封筒は妙に重い。
中身は紙一枚に違いない。
それでもそこには、「読んだら戻れない」という質量がある。

もし、
あの選択は間違いだったと書かれていたら。
守れなかったものの名が並んでいたら。
あるいは逆に、
あの夜の涙は無駄ではなかったと静かに肯定されていたら。
どちらも怖い。
後悔の確定も、
救済の確定も、
等しく現在を侵食する。

封の糊を指先でなぞる。
まだ破っていないのに、
心臓だけが先に読んでしまっている。
「届けてきた」という事実が、いちばん厄介だ。
未来の私が、
わざわざ十年前の自分に言葉を送る理由。
慰めか。
謝罪か。
警告か。
——いや。
安易な励ましだけを送るほど、
私は単純ではない。
書くという行為は、沈黙より重い。

封筒の端が、ほんのわずかに浮く。
手が止まる。
いまの私は、まだ両側に立っていられる。
過去でもあり、未来でもある場所に。
この閉じた紙片の内側には、
十年ぶんの選択と沈黙が折りたたまれている。

呼吸を整える。
鼓動が落ち着くのを待つ。
開けるか。
戻すか。
書き直すか。
時間はまだ、封の内側で静かに折り目を守っている。

私は怖くなり、封筒をテーブルに置く。
封は破らない。
代わりに、新しい紙を出す。
「十年先のあなたへ」
書き始めた瞬間、手が止まる。
もし、
今すぐ知らなければならない何かが、
あの中にあるとしたら。
私は意を決して封を切る。

中から出てきたのは、折りたたまれた白紙。
何も書かれていない。
折り目をひとつずつ開いていくと、
その中心に包まれていたのは、
小さな黒い矩形。
SDカード。
指先でつまむ。
軽い。
なのに、重い。
再生するかどうかで、
また時間が固まる。

プレイヤーに差し込む。
小さなクリック音。
数秒の無音。
それだけで、呼吸が浅くなる。

そして——あの前奏。
一瞬でわかる。
身体が一音目で識別する。
旋律が流れ出すと、
部屋の空気がゆっくりと書き換わる。
いまの家具。
いまの壁。
いまの夕方。
それらが、薄く透ける。
あの日の光の角度。
あの人の指先。
言葉にならなかった震え。

未来の自分が送ってきたのは、
警告でも慰めでもなかった。
ただひとつ。
「忘れていない」という証明。

曲名はない。
歌もない。
あの人が私をモチーフにして作った曲。
あの日の私、そのもの。

SDカードに入っていたのは、
未来の予告でも、未練の確認でもない。
「まだ消えていない」という事実。

曲を最後まで聴く。
涙は出ない。
ただ、身体のどこかが
確かに温度を思い出す。
プレイヤーを止める。
SDカードを抜く。
テーブルに置く。
そして、気づく。
——これは未来からの手紙ではない。
「私は誰かの中で、確かに存在した」
という、現在形の証明。
未来を知る必要はない。
すでに私は、
時間を越えて残っている。
静かに。
名前も持たずに。

題 10年後の私から届いた手紙

2/14/2026, 10:40:36 PM

恋が錯覚だと言うのなら、
ほんの少しだけ誘導したって
きっと誤差の範囲だろう。

悪意じゃない。
ただ、好かれたいという
未熟で、まっすぐすぎる衝動。

「作りすぎたから」と笑いながら、
本当は包装紙の奥に
鼓動まできつく結び隠している。

君の舌の上でほどけた甘さが、
やがてほのかな苦味へと変わる、そのとき。
ただの化学反応以上の揺らぎが、
胸の奥で静かに増幅してくれたなら。

体温に溶けるチョコレートみたいに、
輪郭を曖昧にして、
距離を今よりやわらかく崩したい。

題 バレンタイン

2/13/2026, 12:31:53 PM

ねえ、ちいさな君。
そこで膝を抱えて、まだ震えてるんだね。
わかってる。ちゃんと見えてるよ。

「相手が未熟だっただけかも」
「仕組みが悪かっただけかも」
「私が気にしすぎただけかも」
そんな言葉で、何度も君を黙らせて来てしまった。

でもね、今日はもう少しだけ、
その説明たちを外に置いてみよう。

ただ、
「痛かったね」
「軽く扱われた気がしたね」
「大切なものが、また少し削れたね」
それだけを、ここに置いていい。

正しさの水に溶かさないで。
理由の布で包まなくていい。
そのままの形で、ここに置いておこう。

ねえ、ちいさな君。
それは弱さじゃないんだよ。
むしろ、折れなかった芯のかたち。
まだ自分を見失っていない証。

だから…
すぐに立ち上がらなくていい。
理解者になろうとしなくていい。

私はいま、
君の尊厳を、説明より先に抱きしめ直してる。

「大丈夫だったこと」に書き換える前に、
ちゃんと「大丈夫じゃなかった」と言える場所を作ってる。

ねえ、聞こえる?
君の痛みは、消されるために生まれたんじゃない。
君の尊厳は、証明が必要なものじゃない。

「君」は、
私の中にある本当の気持ち。
迎えに行きたい私も本当。
でも、君を庇うことが簡単じゃない現実も、
同じくらい本当なんだ。

ごめんね。
迎えに行ける日が来るなんて、
いまは約束できない。

もしかしたら、
一生たどり着けないのかもしれない。

それでも、
忘れない。
見捨てない。
ここに居ることだけは、やめない。

残酷だけど、
それでもなお
そこで、待ってて。

題 待ってて

2/12/2026, 11:01:35 AM

若者の皆さん、
ご卒業おめでとうございます。

「もう会えない」わけじゃないのに、
なんとなく胸が少しだけ凪ぐ感じがする。

卒業って、
何も考えなくても同じ時間を共有できた日常が、
そっと終わる瞬間なんだよね。

大人になるほど、
会うには予定を合わせて、時間を切り出して、
「じゃあまたね」は、
本当に“また”になる保証がなくなっていく。

だから卒業の切なさって、
未来への不安というより、
“無条件に重なっていた時間が
静かにほどけていく音”
みたいなものなんだろうな。

けれど、卒業ソングって、
これでもかってくらい『未来』を歌うじゃない?笑

これから先だって、
きっと楽しいことはあるし、
理不尽だってなくならない。
でも今は、ただひとつの区切り。

放課後にどうでもいい話をしたり、
一緒に教師に怒られたり、
机に突っ伏して笑いを堪えたり。

その瞬間はどうでもよかったはずの時間が、
あとから振り返ると、
「何者でもない自分でいられた証」みたいに
やけに光って見えてさ。

ただ、それが込み上げて、
気づいたら涙になってる。
きっと、それだけなんだ。

でも、それだけのことが
掛け替えのない瞬間なんじゃないかな。

終わりは、まだ少し先。
だからこそ今重なっている時間を、
どうか大切に歩いてください。
やがてほどけていく日常も、
きっとあなたの静かな支えになる。
その続きを、生きていくあなたへエールを。

題 伝えたい

2/11/2026, 10:59:26 AM

私は子供たちの帰る場所を守っている。

経済的に追い詰められた社会では、
大人は余裕を失い、
子どもは「迷惑をかけないこと」を
異様に早く学ばされる。

だからこそ、
条件も成果も問われず、
「ここにいていい」が成立する場所は、
命綱みたいな役割を持つ。

私が言っている「帰る場所」は、
甘えの温床でも、
自立を妨げる巣でもない。

外で削られた感覚を、いったん下ろせる場所だ。

それがあるかどうかで、
踏みとどまれる限界が、
文字通り変わる。

だからね、
私が離れられない理由は、
感傷でも自己正当化でもない。
静かな現実だ。

題 この場所で

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