午後の光が
床に斜めに落ちる
埃が金色に舞う部屋で、
風が赤い風船をふわりと持ち上げ
意図とは無関係に踊りだす瞬間、
弾ける笑いがこぼれた。
光る、揺れる、動く、落ちる、音がする。
笑いに理由はない。
世界は丸ごと予想外で、
丸ごと安全で、
自分を脅かすものはなかった。
やがて私たちは、
あの瑞々しい響きを失ったように思う。
歩むたびに、手のひらから
砂のようにこぼれていくもの。
幼い頃、当たり前に握っていた
温度、無邪気、驚き、直感、
むき出しの安心。
「世界が、無条件には自分を受け入れてくれない」と知った瞬間、あの無傷の響きは遠ざかった。
けれど、砂の粒のように、
響きは手のひらの下で眠っている。
触れれば、ひそやかに光を取り戻す。
だから、世界がふと揺れたり、
偶然の光や音に触れたりした瞬間、
あの笑いはほんの一瞬、
静かに顔を出すのかもしれない。
題 失われた響き
朝露が湧くころ、僕たちはまだ目を覚まさずにいる。
静寂の世界で地表は凍り、霜は静かに生まれる。
その表面は光を受け、角度に応じてささやかに揺れる。
銀から青、青から金、金から白金。
――色相は風のように移ろう。
低い朝日が触れると、霜の結晶はプリズムのように微細な虹を走らせ、
密度の高い霜は、地面を光のヴェールで覆い、凛とした朝の空気を映す。
けれど、霜は生まれた瞬間から溶けはじめる。
光に溶けて還る。――柔らかな終焉。
消えゆく霜は、結晶の縁で光を拾い、内部は透け、半透明になる。
壊れながらも一瞬、世界を透かして照らし、静かに消えていく。
霜は消えても蒸気となり、夜ごとに再び生まれる。
しかし、同じ結晶の形として戻ることは二度とない。
美しいものは、いつも儚い。
それでも、たとえ消えても、その輝きは決して奪えない。
あの輝きこそ、僕たちの内側に息づいていると信じたいんだ。
題 霜降る朝
あなたの中にあるどんな衝動も、
どんなざわめきも、拒む必要はない。
それは不当なものじゃなく、乱れているのでもない。
それはただ、生きている感覚そのものだ。
責めなくていい。恥じなくていい。
否定する必要なんてどこにもない。
あなたはあなたのままでいていい。
その許しを与えるのは、ほかの誰かじゃなくて、
あなた自身の静かな声だ。
今はまだ染みついた禁令が、
薄い膜のように重なっている。
けれど、その自己否定をゆっくりほどいていく。
あなたの存在は、息づくに値する。
そしてその価値は、誰かの視線や善悪では決まらない。
あなたが生きていることそのものが証明になっている。
これは解放ではなく、回復だ。
「そこまで強く縛らなくていい」
「自分自身を傷つけない」
「私は、私を壊さない」
せめて、あなただけは、
あなた自身の心を脅かすのをやめてほしい。
あなたはもう自分に対して剣を向けるのをやめていい。
“自己許容”を持っていい。
その温かさを少し内側に染み込ませていこう。
ゆっくりでいい。
あなたの呼吸の速度でも、思考の速度でもなく、
“心の深呼吸”の速度で。
今はただ、あなたはあなたに命令しない。
圧迫しない。煽らない。
ただ存在をそのまま肯定する働きだけを持っていい。
いまのあなたは、
ただ「自分を否定しない状態」に帰ってきているだけ。
その状態を、怖がらなくていい。押し返さなくていい。
逃げなくていい。この“温かい薄膜”は、あなたが自分に害を与えないと知ったときにだけ生まれる、極めて安全で、誰にでもあるべき衣だ。
息を吸うたびに胸の奥が温かく広がる、吐くたびにふわっと緊張がほどけていく。
自分に厳しくする時間ばかりなんだから、深呼吸するのと同じように、心をほどく時間も作ってあげてください。
題 心の深呼吸
蒼穹の下、散らばる無数の糸。
選んだ覚えもないのに、
どこかの断面で君の糸と私の糸が擦れ、
ほぼ無音のまま絡みついた。
星光より細く、風の影より脆い糸。
触れれば千切れるはずなのに、
ほどけることなく、静かに絡まりを深めていく。
恐怖に気づいた時には遅く、
伸ばした指先よりも
時のほうが速かった。
拒む間にも、
離れたいと願う間にも、
絡まりの隙間では何かが増殖し、
鼓動の気配に似たものが立ち上がる。
望んでいなくても、
時間は容赦なく先へ進み、
絡んだ糸を「結果」へ押し込んでいく。
広くても、蒼くても、冷たくても、
逃れようとした軌跡さえ
糸の拘束に飲み込まれていく。
これは縁でも運命でもない。
ただ一度絡まったというだけで、
時が勝手に命を生やしてしまう
徹底して残酷な生成の現象だ。
そこに恋情も相互理解もない。
ただ強い香りに誘われ、
痛みの声を上げる。
あれは愛ではなく、
生存の連鎖をつなぐための、
純然たる本能の機構にすぎない。
題 時を繋ぐ糸
おちばのみち
ちいさなかぜ
ぜんまいのやま
まつぼっくり
りすのあしあと
とんぼのはね
ねむるきのこ
こもれびのそよぎ
ぎんいろのくも
もりのおく
くさのゆめ
めざめるあさ
さざめくおちば
バイオリンのおと
とおくからきこえ
えにしのように
にじむひかり
題 落ち葉の道