「物語の始まり」「影絵」「星明かり」(4/18〜20)
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「物語の始まり」
暗雲垂れ込める昼の空。
広がるのは荒れ果てた土地。
風がただ吹き荒れている。
周りには誰もいない。
全員、僕が殺したから。
これも故郷のためだ。
そう言い聞かせて軋む体を無理矢理持ち上げる。
痛い。苦しい。
嫌な感覚を手に残したまま、僕はこの場所を去ろうとした。
この物語でさえ、始まりは清らかで華やかだった。
まるで御伽話のように。
家族や友人、大勢の人々から見守られ、ステンドグラスの光の中で神のご加護を受けた。花びらで彩られた門出は、今でも僕の宝物だ。
あれだけ輝いていたあの時はもう見る影もない。
血腥い、煤まみれの穢れた戦士だけが残ってしまった。
どうして、なぜ僕はこんなことを……?
こんな手で勝ち取った正義に、なんの意味がある?
僕は、何のために?
絶望は僕をせせら嗤うかの如く、心の中でミシミシと音を立てた。
これは、希望から始まった、絶望の物語である。
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「影絵」
「ニンゲンしゃーん!みてみてー!」「?」「でんきのちかくだとねー!かげ、おっきくなるー!しゅごーい!」「本当だね。」
「ボクのおてて、ニンゲンしゃんのおかおよりもおっきいよー!」
当たり前のことをあたかも大発見かのように、嬉しそうな声ではしゃいで教えてくれた。
「あ、おちび。壁の方になにかあるよ。」「んー?」
「そうそう、そのへん……。」「なにもないよー?」
「ばあっ!」「わー!」
自分が作った大きな手の影に驚いて、おちびは尻もちをついた。
「びっくりちたー!」「ごめんごめん。」
「もう一回壁の方見てて。」「こんどはびっくりちない?」「多分ね。」「むー!」
自分はさっきと同じ調子で、影絵のキツネを作った。
「わ!おっきいの、いる!なに、これー?!」「キツネだよ。」「ボクも!ボクもきつねしゃん!ちたいー!」
「よく見ててね。」「こうー?」「上手上手。」
大きいキツネと小さいキツネが一匹ずつ。
「ニンゲンしゃん、おてておっきい!」「そうかな。」
おちびの手は紅葉みたいでかわいい。
……なんて言ったら怒られるかな。
「おてて!みしぇて!」「?」「やっぱりおっきいねー!」
そう言いながら手のひらを合わせてきた。
「……かわいい。」「えへー!」
「ほかにも、どうぶつしゃんできるー?」「色々出来るよ。」
「おちえておちえてー!」
……今日も相変わらず賑やかだ。
こういう日がこれからも続くといいな……なんて。
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「星明かり」
静かな街。透明の風。眠る花々。
誰もいないこの場所で、僕は星明かりに照らされる。
ここは忘れられた思い出の街。誰かが忘れた思い出の断片でできている。
小さな遊園地。モザイクタイルで彩られた教会。秘密の花畑。
どこも皆、誰かの大切な場所だった。
でも、皆忘れ去られた。
人々にとって、いらなくなったからだ。
忘れられた街たちはやがて、星明かりの波に押されて、新たな街を形作る。新しい、忘れられた街を。
人々は忘れることによって新たなものを作り上げる。
それは当然のことだ。
でも。
忘れられたものは、どんな思いで、人々を待っているのだろう。
白く冷たい星明かりは、涙の薫りがした。
「静かな情熱」
「ニンゲンしゃーん!」「……。」「ねねー!」「……。」
「ニンゲンしゃん?」
ぺちぺち。「……ん。」「んー?」「……。」
「ねんねちてるー。」
「ボクもねんねちよー。」
ニンゲンのそばで小さな機械はころり寝転ぶ。
寝転んだはいいものの、なかなか眠れないらしい。
「ねんね、やめるー!」
「なに、ちよーかなー?」
色々と考えてみたものの、いろんな遊びをし尽くしたあとだから、その子の頭の中にはなにも浮かばなかった。
しばらくころころ転がっていると、突然思いついた。
「ボク、あいちゅたべたーい!」
そういえば前にこの子の弟がこんな話をしていた。
「ニンゲンくんはねえ、冷凍庫の左側にちょっと高いアイスクリームを隠しているのさ!」
「ボクもおいちいあいちゅ、たべるのー!」
心の中で静かに情熱の炎を燃やしながら、よちよちと進む。
アイスクリームを見つける旅が始まった。
この子が乗り越えなくてはいけないものは、散らかしたおもちゃの町。ニンゲンに気付かれないよう、静かに歩かないと……!
「おもちゃいぱーいあるのー……おかたじゅけちないとおこられちゃう。あとでがんばるの!」
なんとか通り抜けたと思ったそのとき───。
がちゃん!
おもちゃを蹴ってしまった!
「あ!」「……ん?」
ニンゲンを起こしちゃった?!
「はぁ……。」「……!」「……。」
「ニンゲンしゃん、またねんねなの。」
「どきどきちたー。」
……なんとかおもちゃの町を抜けることができた。
ここまで来れば、アイスクリームはもうすぐだ!
「もうれーじょーこのとこ、きたの!」
あとは扉を開けるだけ!
「んー……!よいちょー!」「……あかないー。」
どうやら、冷凍庫の扉が重過ぎてこの子には開けられなかったようだ。
「むー!」
諦めかけたそのとき……。
突然扉が開いた。
「なにやってるの?」「!!ニンゲンしゃん?!」
「ここにはなにもないよ?」「あいちゅは?」
「アイス……?あぁ、これ?」「!」
「食べる?」「ん!たべたいー!」「いいよ。」
「これ、ニンゲンしゃんの……。」
「ん?これ、おちびのだよ。前みんなで食べようと思ってたけど、その時おちびだけ寝てたから、起こすのもどうかと思って、ふたりで食べたんだ。」「へー。」
「ほら、スプーン。」「ありがと。」
「いただきまーちゅ!」「どうぞ。」
「いちごあじ!おいちい!」「よかったよかった。」
「ニンゲンしゃん!ありがと!」「どういたしまして。」
「こんどはいっちょにたべようね!」「うん、そうだね。」
無事にアイスクリームを食べられたこの子は、そのあとすぐにお昼寝を始めて、夢の世界へと旅立ったそう。
おしまい。
「春恋」「遠くの声」(4/15、16)
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「春恋」
春。こころ弾む季節。
鮮やかなたくさんのいろ達が、街を彩る。
あか、しろ、きいろ。
恋。こころのいろどり。
あなたを想うだけで、こころに春が来る。
さくら、こもれび、そよかぜ。
こころが冷たくなったら、恋をしよう。
だれかに、なにかに。
春よ、こいこい。
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「遠くの声」
声が聞こえる。どこか遠くで。
私を呼んでいる。どこかで呼んでいる。
私を呼ぶあなたは、誰?
私は忘れてしまった。あなたを、私のすべてを。
心のどこかで消えゆくあなたが私を呼んでいる。
「忘れないで」と、叫んでいる。
あなたが遠ざかっていく。
あなたが消えていく。
虚空を見つめる私は、あなたを忘れた私は。
誰?
考える間もなく、風が悲しみをさらっていった。
「未来図」
未来。みらい。
想像するだけで恐ろしくなる。
今をなんとかやり過ごすだけでやっとだというのに、これから起こることについて考えるともなれば、さぞかし苦しくなるだろう。
僕が今いちばんに望むことは、僕という一人間の存在を、この世から跡形もなく消し去ることだけだ。
誰からも忘れ去られ、まもなく塵と化す。
どれだけ身軽だろうか。
どれだけ楽、だろうか。
でも。
僕は今こうしてことばを遺そうとしている。
願いに反して、なぜか、こんなことをしている。
どうしてこんなことを?
なぜ僕は、誰かの見る場所で、ことばを綴る?
気まぐれかもしれない。
それとも自己満足だろうか。
でも、僕は、僕はどこかで生きることを願っている。
死という全てを飲み込む、甘い優しさに身を任せずに。
生きようとしている。
理由はわからない。
未来を見なければ、わからない。
わからないままだけれど、せめて。
笑っていられるような場所にいられたらいいな。
「風景」「ひとひら」(4/12、13)
川のある風景。
君の手には丸くて平べったい小石がひとひら。
うまく投げれば水面を飛びそうだ。
花のある風景。
君の髪に桜の花びらがひとひら。
春は君を彩る季節みたいだ。
海のある風景。
君の足元に白い貝殻がひとひら。
海は君を静かに呼んでいる。
全てをなくした風景。
君の手に壊れた世界の欠片をひとひら。
世界が遺した形見を、君はじっと見つめていた。
君だけがいる風景。
小さな君のてのひら。
かつて見た花のようだ。
この世界には、君さえいればいい。
たとえ壊れても、何度だって作り直せばいいだけだから。
だから。
君はずっと、そばにいてね。