「たそがれ」
薄暗い夕焼けの、影の色に染まる彼岸花。
迎えを待っているような、それともただ項垂れているような、そんな様子で黄昏れている。
彼岸花の咲く時期は、この世からあの世に亡き人が迎えられる。そのはずだけれど、今年はその時がなかなか来なかった。
亡くなった誰かを、誰かが引き留めていたかのように。
誰か?誰が?
私を置いていった貴方を引き留めようとしたのは誰?
あの長く暑い夏?それとも───私?
私もそちらに行きたい。
でも貴方は、彼岸花は拒むの。
彼岸花の茎には毒がある。
こちらに来る事を拒んでいるかのように。
綺麗な毒をその身に宿す。
たそがれ時は影を持つ。
誰が誰だかわからなくするような。
美しい影を世界に宿す。
影で何もわからない。彼岸花も、何も教えてくれない。
ねぇ。
貴方は誰なの?
この夕暮れに黄昏れる私は───誰なの?
「きっと明日も」
小さな機械たちが住みつき始めてしばらく経つ。
ふたりとも子どもなうえ元はと言えば双子だから、こんな表現をするのは変だけど、「小さい方」の兄はおもちゃで遊んだり時々自分に抱っこをねだったりして全力で甘えん坊をしている。
「大きい方」の弟?はといえば、「仕事場」で何かしているらしい。まあ色々あったみたいだから忙しいんだろう。
ふたりはそれぞれ、離れ離れで、ひとりぼっちで過ごしてきた。
兄は記憶を消されるウイルスに感染したうえ、当時では排除する術がなかったからアーカイブ化──実質的な死を無理矢理迎えさせられた。
きっと明日も、また家族に会えると信じながら。
弟は失った兄を取り戻すために全力でなんでもやった。父とともに、必ず家族揃って暮らせる日を迎えるために。
きっと明日も、ふたりで努力できると信じて。
なのに、ふたりが望んだ「明日」は、永遠に来なかった。
随分時間はかかったみたいだが、ふたりは何百兆年ぶりに再会できた。望んだ形ではなかったのだろうけれど、ふたりとも安心した顔で接してくれる。
……少々やかましいけど、小さな子ども達にむぎゅむぎゅされるのも悪くない。むしろ……自分を信頼してくれてるみたいで、ちょっと嬉しいよ。
こんな日がきっと明日も来るよな?
そう信じて、夜空を見上げた。
「静寂に包まれた部屋」
もう夜だ。いつの間にやらこんな時間になってしまった。
宇宙から来たという謎の機械が置いていった小さなきょうだいは膝の上で寝息を立てている。
そろそろすることが終わりそうだから、自分も寝てしまおうと静かな部屋で思った。
やることも終わって全く静まり返ってしまうと、つい余計なことを考えてしまう。
そういえばあいつは自分に、「宇宙を救ってほしい」と言ってここに住み着き始めた。
もしあの時その頼み事を断っていたらどうなっていたんだろう。
あのまま宇宙は壊れてしまっていたのだろうか。
この眠っている小さな機械も、壊れたままだったのだろうか。
あいつはひとりで、戦っていたのだろうか。
そう思うと、可哀想なことをしなくてよかったな。
静寂に包まれた部屋で、ひとりぽつり、おやすみと呟いた。
「別れ際に」
半年ぐらい前から突然住み着き、しまいにはきょうだいまで連れてきた、いまだに正体がよく分からないひとそっくりの機械。
気が向いたからか自分の世話を焼いてみたり、散歩をしてみたり、「仕事」とやら以外のことも色々している。
本当は生き物なんじゃないか……?
そいつはよく「仕事場」にも出掛ける。
別れ際にはいつも、「それじゃ!」「キミも元気でいてね?」「すぐに帰ってくるからさ!」って言うんだ。
だいたいちゃんと帰ってくるけど、時々思うんだ。
本当に帰ってくるのかな、って。
あいつのしている仕事は、割と危険が伴っているみたいで、この前なんかは右腕が吹き飛んだりもしてて。
そのうち、帰ってこない日が来るのかもしれない気がして。
すごく、すごく不安になるんだ。
小さいきょうだいを置き土産にして、いきなり「後は任せたよ!」なんて言われる日が来るとしたら、そのことを考えただけで恐ろしくなる。
どこかで元気にやってることを祈る日が続いたとしたら、それだけで悲しくなる。
今日は、ちゃんと帰ってくるかな。
元気な「ただいま!」が聞けるかな。
あんたの小さなきょうだいも、帰りを待ってるよ。
もうそろそろ、帰ってきてもいい頃だろ?
ほら、もう。
「通り雨」
淡い空を照らす太陽と、それを遮るいわし雲。
秋らしくなってきたなぁと、萎れた朝顔を見下ろす。
肌に優しいそよ風が吹いたと思ったら通り雨。
自然が作り出す透明のカーテン。
急いでトタンの軒先に駆けて聴く大きな雨音。
大雨と見紛うほどに響く雨音。
それに驚いている間に雨は去ってしまった。
雨後の空には、急に雨を降らせてごめんよ、とでも言いたげに
静かに浮かぶ虹を置いていった。
通り雨も、たまにはいいかもしれない。