「静寂に包まれた部屋」
もう夜だ。いつの間にやらこんな時間になってしまった。
宇宙から来たという謎の機械が置いていった小さなきょうだいは膝の上で寝息を立てている。
そろそろすることが終わりそうだから、自分も寝てしまおうと静かな部屋で思った。
やることも終わって全く静まり返ってしまうと、つい余計なことを考えてしまう。
そういえばあいつは自分に、「宇宙を救ってほしい」と言ってここに住み着き始めた。
もしあの時その頼み事を断っていたらどうなっていたんだろう。
あのまま宇宙は壊れてしまっていたのだろうか。
この眠っている小さな機械も、壊れたままだったのだろうか。
あいつはひとりで、戦っていたのだろうか。
そう思うと、可哀想なことをしなくてよかったな。
静寂に包まれた部屋で、ひとりぽつり、おやすみと呟いた。
「別れ際に」
半年ぐらい前から突然住み着き、しまいにはきょうだいまで連れてきた、いまだに正体がよく分からないひとそっくりの機械。
気が向いたからか自分の世話を焼いてみたり、散歩をしてみたり、「仕事」とやら以外のことも色々している。
本当は生き物なんじゃないか……?
そいつはよく「仕事場」にも出掛ける。
別れ際にはいつも、「それじゃ!」「キミも元気でいてね?」「すぐに帰ってくるからさ!」って言うんだ。
だいたいちゃんと帰ってくるけど、時々思うんだ。
本当に帰ってくるのかな、って。
あいつのしている仕事は、割と危険が伴っているみたいで、この前なんかは右腕が吹き飛んだりもしてて。
そのうち、帰ってこない日が来るのかもしれない気がして。
すごく、すごく不安になるんだ。
小さいきょうだいを置き土産にして、いきなり「後は任せたよ!」なんて言われる日が来るとしたら、そのことを考えただけで恐ろしくなる。
どこかで元気にやってることを祈る日が続いたとしたら、それだけで悲しくなる。
今日は、ちゃんと帰ってくるかな。
元気な「ただいま!」が聞けるかな。
あんたの小さなきょうだいも、帰りを待ってるよ。
もうそろそろ、帰ってきてもいい頃だろ?
ほら、もう。
「通り雨」
淡い空を照らす太陽と、それを遮るいわし雲。
秋らしくなってきたなぁと、萎れた朝顔を見下ろす。
肌に優しいそよ風が吹いたと思ったら通り雨。
自然が作り出す透明のカーテン。
急いでトタンの軒先に駆けて聴く大きな雨音。
大雨と見紛うほどに響く雨音。
それに驚いている間に雨は去ってしまった。
雨後の空には、急に雨を降らせてごめんよ、とでも言いたげに
静かに浮かぶ虹を置いていった。
通り雨も、たまにはいいかもしれない。
「秋🍁」
やあ画面の前のみんな!
ボクだよ!公認宇宙管理士「マッドサイエンティスト」だよ!
今日はキミ達と話がしたくてこの空間を作ったのさ!
いいだろう?夕焼け空にコスモスと紅葉!その上焼き芋とハロウィンまで付いてくる!ついでに分厚い本や芸術品をたんたんまりまり用意したよ!!
「題名」の通り、まさに「秋🍁」って雰囲気を感じられる場所だろう?!えっ、なんか違うって?まあ欲張り過ぎたのは確かさ!
でもたまにはこういうのもいいじゃないか!
ほら、焼き芋が出来上がったよ!火傷に気をつけて食べてね!
ところで───「⬛︎⬛︎ちゃん、なにちてるのー?」
こらこら、いきなり入ってきちゃダメだろう?!
それから!勝手に「人間」さんの膝に乗らないの!
「だめー?」
少し重いかもしれないが、許してあげてくれないかい……?
この子、寂しがり屋なんだよ。
「えへへー!」
……申し訳ない。こらー!人の膝の上でくつろがない!
「むー!おこりんぼー!」
せっかくの秋なのに、騒がしくしてしまったね。
「ニンゲンしゃんのおひざ、あったかーい!」
急に来たと思ったらもううとうとと……。
さて、兄も寝てしまったことだから、話をしようじゃないか!
もうそろそろ10月だというのにまだ暑いね。
キミの暮らす場所はどうだい?
へぇ、なるほど。くれぐれも熱中症には気をつけてね!
ボクがここに来たのは今年の2月だから、直接秋を迎えたことがないんだよ。データとして「秋」を知っているのは事実だが、本物の秋には触れたことがない。
秋っていうのは素敵な季節だと聞いたよ!
食欲の秋、芸術の秋、読書の秋……。
人それぞれに、楽しみたいものを楽しむのにうってつけな季節、だね?
ボクも秋を満喫したいものだ!
宇宙を愛する秋!とか桜餅を食べる秋!とか?!
……誰だい?!いつも通りだって言ったのは!!
……どうしてそれが「いつも通り」だと知っているんだい?
「人間」のみんな。
キミはボク達のどこからどこまでを知っているんだ?
別にボク達の上位存在がいたところで驚かないよ。
創る/創られる、見る/見られる関係には慣れたものだ。
例えば、ボクと「ニンゲンくん」のように、ね?
……いやあ、冗談だよ?!!
いるかどうかもわからない「キミ達」を、少々驚かせるにはどうしたらいいかを考えてみたのさ!!!
エイプリル・フールの秋なんてどうかなあと思ってね?!!
それじゃあただの嘘つきだね!!!
申し訳ない!!!
それじゃあニンゲンのみんな!!!
よい秋を!
「窓から見える景色」
早朝。草木と小鳥が目を覚まして小さな囁き声をあげる。
そしてそのあと、藍色に染まった街が赤と白のライトをちかちかさせて動き出す。
朝。ようやっとひとびとが目覚める。
楽しそうに散歩する犬。のんびりうとうとする猫。
食べ物を得ようとゴミ袋を啄くカラスと、それを追い払うひと。
昼。みんな活発に過ごす時間のはずなのに、静けさが漂う。
黙って微笑んだままのパンジー。風に揺られる百日紅。
日の光からひとびとを守る日傘の花。
夕方。あれだけ元気だった太陽は街を赤く染めて、世界で一番大きな影を連れてくる。夕焼け雲を見つめているうちに公園で遊ぶ子どもたちの声が少しずつ遠くなって、夜が来た。
夜。どこからともなくカレーの香りがする風。
少しずつ消えていく窓から透ける明かり。
どこかで聞こえる猫の喧嘩と渡り鳥の鳴き声。
深夜。みんな眠った後の、自分だけの時間。
自分だけの時間と言いながら窓の外を見て、仲間探しをする。
たとえひとりだったとしても、孤独ではないとわかって安心する。
窓から見えるのは、たったそれだけの景色。
だけれど、そこにひとびとの、街の全てが詰まっている。
世界はテセウスの船だから、この景色もきっといつか見られなくなってしまう。街と一緒に、私の心も入れ替わっていく。
窓の外に見えるのは、今しか見られない風景画。