「空模様」
今日は快晴。夏らしい空模様だ。
……自分の心模様とはまるで違う。
こんな暑い日は、洗濯物をよく乾かすと同時に人の心も萎びさせる。もし自分がバスタオルとか、あるいは梅干しとかだったら嬉しかったのかもしれないけど。
暑くて体力が持っていかれると、心まで疲れてしまう。
自分は何にも悪くないあいつに酷いことを言ってしまった。
いくら謝ったとしても、あの言葉を消すことはできない。
最初こそ自分の感情に任せていたから、自分の言ったことの重さを考えることもなかったけど、だんだん気持ちが落ち着いてきたら後悔が重くのしかかってきた。
ため息をついて、窓の外を見る。大きな入道雲が見えた。
もしあいつがこれを見たなら、何て言うんだろうか。
『ソフトクリームみたいで美味しそう』とか言うのかな。
そんでその後、『ソフトクリームを食べに行こう!』って、この炎天下に駆り出される。暑い暑いって、ふたりして文句を言いながら、ソフトクリームの店まで歩くんだ。
『こういうのもいいだろう?』とか言って、自分も悪くないなって答えて。あんたは綺麗な目でこっちを見て笑って。
……何で自分が被害者みたいにあれこれ妄想してるんだろう。
あいつのほうがよっぽど辛いだろうに。
……あいつのほうが、よっぽど悲しいだろうに。
そんなことを考えているうちに、さっきの入道雲は大きな積乱雲になって、少ししたら大雨が降ってきた。
自分の心にも、多分あいつの心にも、ずっと冷たい雨が降り続いている。そんな気がした。
「鏡」
自分が意識的に、そして無意識のうちにしていることは、実は心を映す鏡のようなものだと思っています。
頑張って作る笑顔。なんとなく撮った空の写真。
ポジティブな口癖。ついつい聴いてしまう音楽。
思ってもいないのに言った一言。そして、書いた文章。
こういったひとつひとつの行動のどこかに、自分の心の鏡が隠れているような気がして、あとで思い返したり、見返したりするとあの時抱いていた自分の本当の気持ちに気づくこともあります。
逆に、こんな些細なことで悩んでいたのか、と思うこともありますが……。当時の自分の心の幼さに気付かされるような、少し恥ずかしくなるような、そんな気持ちになります。
さて、なぜ「心の鏡」なんていう抽象的なテーマで今日の文章を書いたかご説明します。
心というものは、丈夫で鈍感そうではありますが、知らず知らずのうちに傷ついています。今この瞬間も、心の底で悩みが揺蕩っていることでしょう。
やがて心は少しずつヒビが入り、もししっかり守られないといつしか壊れてしまいます。
心の鏡が、割れてしまいます。
そんな時は、この言葉を思い出してください。
“こなごなに砕かれた鏡の上にも 新しい景色が映される”
これは、千と千尋の神隠しのエンディング曲「いつも何度でも」の歌詞の1フレーズです。
心が壊れてしまうことを決して肯定するわけではありませんが、たとえそうなったとしても、いつか美しいものがきっと見えてくる。
砕け散ったことで、心はもう二度と元には戻らないかもしれないけれど、飛び散った先で、別の何処かにある何か新しいものを見ることが出来るようになる。
そんな気がするから、心の鏡というテーマで書いてみました。
辛いことが沢山あるこの世の中ですが、どうか希望を捨てないで、心が粉々になったとしても、ずっと大切に抱きしめていてください。
「いつまでも捨てられないもの」
もうお盆も過ぎちゃったね。
夏が来ると、どうしてもきみのことを思い出す。
夏休み中、きみは近所にあるお母さんの実家に預けられてたんだっけ。初めて会った時はうちの近くでひとりで泣いてたから、どうしたものかと思いつつ何とかきみの家を探して送り届けた。
それからというもの、夏が来る度にきみはうちにやってきて、よく遊ぶようになった。
私よりもずっとちっちゃくて、くまさんの耳付き麦わら帽子の似合う、とっても可愛い子。
きみのおかげで、夏がとっても楽しみになった。
あの年も、いつも通り夏休みを待っていた。
いつも通り夏休みは来た。でもきみは来ない。
いくら待っても待っても、きみは来なかった。
どうしたんだろう。きみに何かあったのかな。
色々と想像するだけでとても不安になった。
ある日、風の便りできみのことを聞いた。
きみのお母さんが病気で亡くなって、お父さんに引き取られたのだと。だからもうこっちにきみは来ないんだ、って。
これ以上詳しいことは知ることができなかった。
あんまり根掘り葉掘り聞くのも変な気がして。
でも。あの夏が最後になるって分かっていたら、
私のこの気持ちと、お揃いのアクセサリーも渡せたのかな。
それとも……むしろ渡せなくて正解だったのかな。
きみへの想いとこのアクセサリーは、いつまでも捨てられないものとして、今日も明日も、ずっと心に仕舞われている。
「誇らしさ」
私は小国の王女。そしてあなたは私を守る兵士。
今、私のお城は火の海の中。
私以外の家族はもう捕らえられてしまったみたい。
たくさんいた兄は寒い日の薪のように燃やされ、
ふたりの姉は綺麗な髪を頭ごと斬り落とされた。
両親も今ごろ───。
私の誇りは、この家に生まれたこと。
お父様は国民を守りながら、彼らがより豊かな暮らしを送れるよう日々努めていた。
お母様だって、この美しい国を慈しみ、文化を育てた。
お兄様もお姉様も、暖かくて優しい、紳士淑女の鑑のようなひとたちだった。
そんなこの家が、この国が、私は大好きだったのに。
お父様の政策が気に食わない、利権にしがみつく臣下達が反乱を起こして、そして今に至る。
私だってただ、この国を見守りたかっただけなのに。
「姫様!諦めないでください!」
「なぜここに?私を置いて逃げるよう言ったはずでしょう!」
「自分は仕事を放棄できません!」
「私はせめてひとりでも多く助かってほしくて言ったの!」
「分かっています。でも、ここで自分が姫様を守らなければ!」
「だってあなたは、この城を守れる、たった一人の姫様なのですから!……その人を守れないで、自分には何が守れるっていうんですか?!」
炎でだんだんこの部屋も暑くなってきた。
それ以外だけではない。
音が───武器の音が聞こえる。
あぁ、私もあなたも、もう助からない。
「姫様……もう、最後ですね。さっきは諦めるなと言ったのに、もう助かる手立てはなさそうです。」
「だから……自分の最後の気持ちを伝えてもいいですか?」
「……。」
「自分は、ずっと姫様のことが好きでした。身分もこれだけ違うのに、あなたに恋心を抱いてしまったんです。」
「どうせ助からないなら、最後くらい正直にならせてください。せめて最後までおそばで仕えさせてください!」
「……あぁ、やっと言えた。」
安堵した表情を見ているうちに、だんだん私の命を狙う者たちが近づいて、ついにはこの部屋の扉を蹴破った。
もう、駄目みたいね。
その時。勇敢なあなたは立ち向かった。
細い腕で重い剣を振り回して、彼らを薙ぎ倒す。
でも、でも。あなたはひどい傷を負った。
苦しそうに倒れるあなたの顔を見る。微かに口を動かしていたから、私は耳を澄ました。
「……姫様。僕は最後まであなたを守れた。僕にとって、愛する人を守り続けることは、これ以上なく、誇らしいことです。だからせめて、生きてください。私を忘れないでください。」
苦しそうな息をして、あなたは息絶えた。
誇らしさのために、私のために。
涙で滲んだあなたを見つめているうちに、ひとつの刃が私の背中を貫いた。
あなたの誇り高き死を、私は無駄にしてしまった。
私が最後に見たものは、あなたの青白い亡骸と、広がる赤だけだった。
「夜の海」
特に理由もなく、私は夜の海を見ている。
寄せては返す波の音に耳を澄ます。それ以外の音はしない。
向こう岸の光に目が眩んで、思わず目を瞑る。
昼間はあれだけ透き通った青だったのに、今はもう真っ黒だ。
こんな都会じゃ星が降り注ぐことも、月が海に映ることもない。
夜空も海も、全部真っ黒。
なんとか見つけられた夏の大三角に手を伸ばす。当然届かない。
向こう岸にも手を伸ばす。私の腕は届かない。
小さな星の光も、私には届かない。
なんだか、寂しいな。
何にも手に入らないみたいで、寂しい。
空も海も、私のからっぽの心を映しているみたいだ。
……でも、もっと進んだら。もっと手を伸ばしたら。
星明かりも、街の灯火も手に入るのかな?
私の心も、光で満たされるのかな?
孤独で冷たくなった足で、私は光を求めて歩き出した。