「初恋の日」
(「優しくしないで」&「二人だけの秘密」(5/2、5/3)と対にしても読める……かもしれない。)
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初めて見る景色、初めて見る花々、初めて見る人々。
今日から新しい場所で、新しい暮らしを始めます。
わたしの心は、夜明け前の空みたいな、期待と不安が入り混じった色。
これからここで、色んなことを覚えて、色んな人と出会って、それから……。
そんな時に出会ったのが、あなただった。
明るい栗色の髪を淡いピンク色のリボンで飾った、ふわふわのワンピースが似合う女の子。
まるで絵本から飛び出してきたお姫様のような、可愛くて儚いわたしの運命のひと。
小さな星のような、囁くような声で「こんにちは」と挨拶してくれたあの瞬間が今でも忘れられないの。
大人同士で話し合っているのを横目に、わたしたちも話をしたのを覚えているかしら?
内気で人見知りのあなたは最初こそ恥ずかしがっていたけれど、話しているうちにだんだんとお互いのことが分かっていって、最後には桜のような笑顔を見せてくれた。
あなたの好きなもの。淡いピンク色、灰かぶり姫の童話、牡丹の花、薔薇の香り。
わたしの好きなもの。群青色、楽譜の挿し絵、百合の花、メープルシロップの香り。
好きなものはまるっきり違ったけれど、好きな気持ちを分かち合った時、わたしはとても幸せだった。
それはそれは素敵な、素敵な初恋の日でした。
そんなある日、あなたが貸してくれた絵本に「騎士」というひとが出てきました。騎士というのは、大事な人を守る役目をもつ存在。
そのことを知ったわたしは、これから先もずーっとあなたを守れるような騎士になりたいと、そう思いました。
あなたが辛いと思った時にはわたしが盾となり、あなたを害する者が現れたら矛となる。そんなふうになりたいと、そう願いました。
あなたの騎士となるために、わたしは色んなものを読みました。あなたにとっての騎士となるために、親友であるために、願わくば初恋を実らせるために。
騎士でいられたあの時間、それはそれは幸せな、幸せな時間でした。こんな日がいつまでも続けばいい、そう思っていました。
でも、ぼろぼろになったあなたを、それをわたしに隠し続けようとしたあなたを見てから、彼奴があなたの前に現れてから、全てが変わった。変わってしまったのです。
どうして彼奴はあなたを傷つけるの?
どうしてあなたはそれを黙っていたの?
どうしてわたしは何もできなかったの?
わたしはあなたの騎士などではなかった。
ただ家が隣同士の間柄でしかなかった。
彼奴にとっては他人でしかなかった。
だったら。
だったら、もう一度やり直せばいい。
もう一度、ほんものの騎士になればいい。
あなたを害するものを荊で貫けば、
永遠に美しいお姫様を守れば、
わたしの大切なこの世界を守ればいい。
その為になら、私は───
「明日世界が終わるなら」
誰もが一度は「明日世界が終わるなら」という問いを自分に、誰かに投げかけたことがあるだろう?
「何を食べる?」
「どうやって過ごす?」
大抵はそんなふうに続く。
自分なら、賞味期限の切れたカップ麺を食べながらしまったままのゲームや本に手をつけるとでも答えようと思う。
世界に終わりが来ようが来まいが、自分の知ったことではないからいつもの休日と同じように過ごす。
それはいいとして、公認宇宙管理士の自称マッドサイエンティストであるあいつにこの質問をしてみようと思う。あいつならどう答えるか少し気になったんだ。
「あ!!!おはよう!!!今日は珍しく白ごはんにお味噌汁、ほうれん草のおひたし、それから焼き鮭だよ!!!オプションで卵かけご飯にもできるよ!!!」
……朝から元気だな。せっかくだから卵かけご飯にしようか。
「了解!!!」
「……で、ボクに聞きたいこととやらは何だい???明日世界が終わるならどうするとか?それにしても不思議な質問だよねー!!!」
「明日世界が終わるなら……あ、ちょっと待って!!!前提条件を確認しなければ!!!」
前提条件?
「そうだよ!!!前提条件によってボクの回答が大幅に変わっちゃうから!!!そこのところをはっきりとさせておかないとね!!!」
なるほど。それはそうだな。
あんたにとっての世界と自分たちにとっての世界はかなり規模が違うから……とはいえ、どう設定したものか。
「世界っていっても強制的に退学とかクビにされる……みたいな自分視点での世界なのか、たくさんの国を巻き込んだ戦争やパンデミックが起こる……みたいな観点での世界の終わりなのか、」
「この星が原因で起こる終わりなのか、宇宙ごと滅亡するみたいな意味での終わりなのか、あと宇宙管理機能が停止してしまうという意味での破滅か……によって答えが変わるよ!!!」
「強いて言うなら原因が特定できているかそうでないかでもだいぶん変化する!!!さぁ、どうする?!!」
……そこまで考えていなかった。最後随分と恐ろしいことを言われた気がしたが……宇宙管理機能の停止……?
そうだな。あまり規模の大きな話をされてもついていけないから、この星が終わることによる世界の終わり、ということにしておく。原因がわかっている場合とそうでない場合の両方を答えてもらうことにする。
「おっけー!!!そうだね、まずはこの星が寿命を迎えるのが明日だとわかったケースの話をしようか!!!」
……自分で聞いておきながらなんだが長い話になりそうだ。
「この星が明日寿命を迎えるとわかった時!!!ボクは公認宇宙管理士としてその権限を全力で使ってこの星の寿命を伸ばす!!!」
「こんなに生物の多くて美しい星はなかなかないからね!!!経年劣化を無理のない範囲で取り除いて、あと35億年程安全に過ごせるようにするよ!!!」
……聞く相手を間違えたかもしれない。
「あと、もし原因が巨大隕石だった場合には直接隕石を破壊するか軌道を変えるかな〜!!!」
「それじゃあ、次に移ろうか!!!」
自称マッドサイエンティストは話を続ける。
「原因不明の世界の終わりの場合……っていっても、原因がわからないのに『明日』この星が滅ぶ、ってわかっているのは若干謎だから!!!考える意味があるかどうか正直分からないね!!!」
「明日原因不明のまま星が滅ぶ時には!!!ボクのヒミツ道具を駆使して全力で原因を突き止めるよ!!!特定できれば原因を除去するのみ!!!それでも分からなければ……。」
分からなければ?
「一旦宇宙の時間を止めるよ!!!この星とその周辺をコピーして仮想空間内にペーストしてバックアップを作り、本部に協力を求めた上で原因をさらに分析する!!!」
……そうか。規模を小さくして質問したつもりだったが全然小さくなっていなかった。
悪いが前提条件をもうひとつ付け足す。
「回答に満足いただけなかったのかい???まあいいだろう!!!付け足したい前提条件は……もしかしてアレかい?!!ボクが公認宇宙管理士じゃなかったら、とか???」
その通り。
「難しいことを聞くねえ!!!まあいいや!!!」
「ボクがニンゲンで、この星が明日終わりを迎えるとしたら!!!」
「全力で抵抗するよ!!!原因が分かろうが分かりまいが、できることは全部やる!!!だって、他に暮らせる場所がないんだから!!!」
「もしそれでもどうにもならないって分かれば、キミと一緒にこの星の終焉を記念するパーティでも開こうかな!!!ケーキを作って、遊んでさ!!!最後の、最後まで、ね!」
でも、その頃になればキミたちニンゲンも科学技術を身につけて宇宙のどこかに避難したり、人工星を作ってそこで暮らしたりしているかも……なんてね!
「まぁ、明日世界が終わるってわかった時にはボクに教えてよ!!!どうにかするからさ!!!」
そうか。頼りになるよ。
「へへ!!!それほどでもあるね!!!」
「さて!!!それじゃあ今から公園でも行こうか!!!世界の終わりごっこでもしようよ!!」
わかったよ。……でも世界の終わりごっこってなんだ?
疑問はひとつ増えたが、とりあえず公園まで行こう。
……こういうなんでもない1日を、その時が来るまで大事に過ごさなきゃいけないな。
「君と出逢って」
宇宙が危機に晒されているからって突然キミを巻き込んでしまってからどのくらい経ったのだろうか?
ボクとしてはついこの間の話だが、ニンゲンのキミにとっては随分前のことなのかもしれない。
キミと出会ってから、ボクはいろいろ変わったんだ。
こう見えても、ね!!!
宇宙を愛し、守りたいという気持ちは変わらないが!!!
ボクは確かに昔から宇宙を愛していたよ。
でも、森を見ていても木は見ていないというか、あくまで管理対象として見ていたというか……。
とにかく、ちゃんと実情を把握していなかったんだよ!!!
データとしてキミたちのことは認識していたが、キミと出会わなければ、桜餅の美味しさも、料理の面白さも、心を通わすことの嬉しさも、何も知らないまま過ごすところだった!!!
百聞は一見に如かず、とは上手いこと言ったもんだねぇ!!!
キミといれば、これからもきっと、もっと楽しくて興味深いものが見つけられるんだろうね!
嫌な顔をしながらも、なんやかんや一緒にいてくれてありがとう!!!
これからも、しばらくの間よろしく頼むよ!!!
「耳を澄ますと」
深夜。突然目が覚める。時刻は2時58分。
……何でこんな時間に。仕方がないから水でも飲もう。
そう思って立ち上がる……今、何か音がした気がする。
気のせいだろうか。耳を澄ます。音はしない。
やはり気のせいだったか。早く水を飲んで寝てしまおう───
いや、やっぱり音がした。
さらに耳を澄ますと、やはり聞こえた。
オルゴールの音……だろうか?
おそらく自称マッドサイエンティストが何かしているな。
何でこんな夜中に音を立てるんだ。
真夜中に説教などこっちもしたくないが、近所迷惑である以上注意しなければならない。
……おい!今何時だと思ってるんだ!
真夜中だぞ!いいから音を止めろ!
「あ!!!もうとっくに寝たのかと思っていたよ!!!」
何やってる?音が響いてるぞ。
「えーっとね、これなんだが……」
そう言って手に持っているものを見せてきた。
両手で持てるくらいのサイズの楽器……だろうか?
「ご名答!!!これはカリンバっていう楽器なのさ!!!」
カリンバか……前に動画サイトで見たことがある。
鍵盤のような部分を指先で弾いて鳴らす楽器だったような。
「そうそう!!!そんなカンジだよ!!!」
「ボクも動画を見てちょっとマネしたくなってね!!!だから取り寄せたのさ!!!」
……それはいいが、どうしてこんな時間に演奏を?
「それはねぇ、キミに『ま〜たそんなもの買ってぇ〜』って言われるかもしれないと思ってだね……。」
ふぅん、こっちとしては変な買い物よりも近所迷惑になる方がごめんだよ。あんたの姿を見られる者は自分以外にはいないらしいが、立てた音を聞ける者はいるかもしれないんだろ?
「確かに!!!キミといるうちにすっかり忘れてしまっていたよ!!!悪かった!!!」
それならいい。でも別に人の買い物にそこまで口出ししていないと思うんだが……。演奏するなら夕方くらいまでにしとけよ。
それからあいつが夜にカリンバを演奏することはなくなった。
だが、しばらくしたあと、この辺りで変な噂を聞くようになった。
何でも、近くの空き部屋だらけのマンションのとある一室で、夜中になるとオルゴールのような音と子どもの鼻歌が聞こえてくるらしい……。
しかも「両方バッチリ聞こえる」というひとと、「何も聞こえない」というひと、中には「鼻歌っぽい音だけ聞こえた」というひとまで現れた。
……タイミング的に絶対あいつで間違いない。このままではあいつが町の怪異と化してしまいかねないので、タイミングを見計らって話をすることにした。
今は午前1時30分。いつの間にやら家を出ていたあいつを寝たふりをしながら待つ。さすがに眠い。がしかしここできっちりと落とし前をつけておかないと大問題だ。
……足音が聞こえる。帰ってきたらしい。
ご機嫌な顔をしてリビングに向かっているところを捕まえた。
おい!こんな時間まで何やってた?!
……まさかカリンバか?
「……キミの頭の中を少し拝見したよ。結論から言うと、……確かに真夜中のマンションの空き部屋でカリンバを弾いていたのはボクに間違いないよ……。」
「まさか音を聴かれているとは思っていなかったが!」
やっぱりそうか。真夜中にカリンバを演奏するのもマナー違反だし、それよりも勝手にマンションの空き部屋に入るのも立派な不法侵入だぞ!
「そのあたりは……管理者権限で何とかなると思って……。」
見苦しい言い訳をするな!職権濫用も無用だ!!
「悪かったよ……。だがひとつ否定しておきたい所がある。」
今更何を言ってるんだよ。
「確かにボクはカリンバを弾いていたが、鼻歌は歌っていないんだ。」
……え?
「だってキミも家で見ていただろう?!!ボクがカリンバの練習をしているところを!!!その時のことを思い出したまえよ!!!鼻歌なんか歌っていなかっただろう?!!」
……確かに。そう言われてみれば、こいつが鼻歌を歌っているところを見たことがない。
……じゃあその「鼻歌」を歌っている存在は何者なんだ……?
「知らないよ!!!ボクはその手の話、あんまり詳しくないからさ!!!」
うっかり入力内容が消えてしまったので書き直して投稿しちゃうよ!!!なんと!!!今回は初の試みとなる二つのお題を同時に盛り込んだ投稿だよ!!!これぞ一度に二度美味しい!!!
「優しくしないで」&「二人だけの秘密」(5/2、5/3)
私はなんの取り柄もない、ただの少女。
でも、昨日こんな私にも恋人ができた。
告白したのは私ではなく、彼の方だった。
はじめはとても驚いたけれど、「好きです」という言葉を噛み締める度にとても嬉しくなった。
私を好いてくれる人がいるなんて。
こんな素敵な人が私を好きだなんて。
いまだに信じられない。
ほっぺたをつねってみる。痛い。これは夢じゃないんだ!
そう思うと、ますます恋人ができた実感が湧いてドキドキしてしまった。
明日から、もっとおめかししようかな……?
次の日。いつもより早起きして、いつもはつけない赤のリボンで髪を結ぶ。……ちょっとはいい感じ、かな?
それから、彼のためにお弁当を作る。
そういえば、まだ好きな食べ物の話はしていない。
何が好きか、お話しないと。
何を作るか迷ったので、色んなものを挟んだサンドイッチを作ることにした。たまごにハムとレタス、それからいちごとホイップクリーム。色とりどりで可愛くできた。
……学校ではどんなふうに話しかけたらいいんだろう。
というかそもそもあまり接点がなかったのに、どうして彼は私が好きになったんだろう。
あんまり考えたって仕方ないよね。
身支度を整えて家を出る。隣の家の幼馴染は……まだ外にいない。いつもと同じで寝坊しているのかも。
玄関のチャイムを押す。彼女のお母さんが出てきた。
「おはよう、ごめんね〜あの子まだ寝てて……ほら、早く起きなさい!!」
その声を聞くや否や、階段を駆け降りる音が聞こえた。
「おはよう〜!もうちょっとで支度終わるから待ってて!」
黒髪のショートヘアがよく似合う、元気な女の子。
私はよく、彼女に救われてきた。……思い出したくもない、あの日も。
告白を受けて以来、私は彼に幸せだと思ってもらえるように尽くしてきた。
彼が会いたいと言えば夜の帷の中でも、欲しいと言えば無理矢理手を伸ばしてでも、希望を叶えてきた。
だってそれが、私の一番の幸せだったから。
「付き合っていることはみんなにも内緒にしといてくれ」
「お前、この俺が付き合ってやってんのに何でこうもろくでなしなんだよ」
何も言わずに殴られても、彼が満たされるなら、それでいい。
だってそれが、私の一番の「幸せ」だったから。
幸せ。仕合せ。しあわせ。シアワセ。
大丈夫。まだ大丈夫。
たまに見せてくれる優しさがあれば、それでいい。
でも、もしずっと優しくしてくれていたのなら、逆にずっと優しくしないでくれていたのなら、こんなに苦しまずに済むのに。
99%の罵倒と1%の愛情さえあれば、私は生きていける。そう思っていた。思っていたのに。
ある日私は見てしまった。
あの彼が、別の制服を着た明るい女の子と笑いながら歓楽街に入っていくところを。
きっと気のせい。そう言い聞かせた。
けれど、何度も何度も何度も何度も何度も、何度も彼女と彼が一緒にいるのを見た。
そしてやっと気づいた。
彼にとって、私は都合のいいカモでしかなかったのだと。恋人などではなかったのだと。
どうして。どうしてどうしてどうしてどうして?
どうして私を大切にしてくれないの?
どうして私の、小さくて狭くて暗い世界を、居場所を壊すの?
どうして、私に優しくしたの?
もう優しくしないで。
もう希望を持たせないで。
もうこれ以上、心を壊さないで。
お願い。おねがいだから。
その時の私はもうとっくに限界だった。
知らないうちに、窓辺に足をかけていた。
もう、終わりにしよう。
身体を重力に任せようとした時、電話が鳴った。
こんな時に一体誰が?
画面を見ると、幼馴染の名前が表示されていた。
「……はい。」
『ちょっとアンタ!なんてことしようとしてんのよ!!』
電話を通さなくても聞こえるほどの大声で言った。
「なんの話……?」
『とぼけてたって無駄よ!!アンタ……飛び降りようとしてた、でしょ……?!こっちからも見えてるんだから!!』
泣きそうな声で言われて気付いた。
あぁ、そうだった。私には彼しかいない、なんてことはない。もっと身近な人たちを、大切にしないと。
「……ごめんなさい。」
『アタシに謝ってどーすんのよ!!アタシより先に家族に謝ったらどう?!』
辛い。つらい。ツライ。ごめんなさい。
勝手に涙が出て止まらない。どうして、どうして?
『……何かあったみたい、ってことしか分かんないわ。とにかく、話してみなさいよ!』
促されるままに、私は今までの経緯を話した。
『へぇ……アンタ、今までそんな素振りすら見せてなかったわよね?ずっと一緒の幼馴染に隠し事なんて、随分と大胆不敵なことするじゃない!』
『それはそうと、もっと詳しい話を聞きたいから、明日うちに上がっていかない?こーゆー時こそ、アタシの出番だよ!』
なんだか嬉しそう。つられて私も気分が明るくなる。
相談してみてよかった。
安心したのか、いつの間にやら眠ってしまった。
翌日。あっという間に放課後が来て、私たちは一直線に彼女の家へと向かった。
……久しぶりだなぁ。彼女の部屋に上がるのは。何年振りだろう?
「なによ!アンタのために片付けたんだから、キレイになってるに決まってるでしょ!」彼女は自慢げに言う。
「おじゃまします。」
彼女の部屋には沢山の参考書やスポーツ選手のポスターがあった。彼女らしさで溢れていて、同じような部屋に住んでいるはずなのにすごく羨ましかった。
「にしてもアンタ、酷い目に遭ったわね!」
オレンジジュースをテーブルに置きながら話を始める。
私はなにも言えずにいた。
「というか、アンタはアイツのこと、知らなかったのね?あの男はアタシでも知ってるくらいサイテーで有名なヤツよ!恋愛慣れしてなさそうな女子を狙っては無理矢理言うこと聞かせてコントロールする、って!」
「そうなの……?」
「そうよ!それに、本命は別の学校にいるっていうのも有名よ。ついでに言えば、その子も彼に似たようなことをしてるらしいわ。……全く、似たもの同士ね!」
「だからアタシ考えたの!」
「何を?」
「あの男を懲らしめる方法よ!」
「懲らしめる……方法?」
「そう!ああいうヤツほど、やり返してこないと高を括っているから、いっぺん脅しておかないと!これ以上調子に乗らせないためにも、ね?」
「なるほど。私が頑張れば、もしかしたら傷つく他の女の子が減るかもしれない、ってことだよね?」
「そうよ!」
「でも、この計画の言い出しっぺはアタシだから、しっかりと協力させてもらうわよ!」
そう言いながら、彼女はノートをテーブルに広げた。
「……これ、ほんとにやるの……?」「ダメかしら?」
「いや、ここで頑張らないと!」「その意気よ!」
ノートにはこのような内容が書かれていた。
日時:未定 服装:全身黒に近い色、歩きやすい靴、フードを目深に被る
持ち物:「フェイクの」刃物←ココ重要!!
①夜の繁華街から出てきたターゲットを確保
②無言で山中まで歩かせる
※逃げようとしたら全力で脛を蹴飛ばす→実行犯(?)が被害者だけじゃないことを意識させる
③ナイフを突き出し、深くない落とし穴に落とす
④逃走
なるほど……と思ったけれど、本当にうまくいくのかな……?
「うまくいくかどうかは分かんない!けど、やってるうちに何か思いつくかもしれないわよ!」
「そうだよね。せっかく考えてくれたんだから、私も最善を尽くさないと。」
「そんなに気張らなくてもいいわよ!あ、でも……」
「このことは、二人だけの秘密、ね?」
「もちろん、そのつもりだよ。本当に……ありがとう。」
私たちは次の日も、また次の日も話し合いを重ねた。
その結果、実行は毎週土日と祝日、持ち物にロープとアタッシュケースが追加された。彼女曰く「雰囲気作りのため」らしい。
そして、漸く初めて実行に移す時がきた。
しかし、残念ながら今週は「ターゲット」が来ることがなかった。
そのあとの週末も、ずっとこの計画のために時間を作った。
なかなか現れなかったが、16回目の日曜日にその時がやってきた。
彼は例の「本命の彼女」と一緒に夜道を歩いていた。
嬉しそうに、楽しそうに。怒りで手が震える。
その様子を見かねてか、「大丈夫?」と幼馴染は話に聞いた。「ごめんね、大丈夫だよ。」
「あ、通り過ぎられる前にもう行こう!」
彼女に釣られて私も走り出した。
「そこのお前たち、止まれ。」
いつも聞いている話し声とは真逆の、抑揚のない低い声。同じように脅しにきたはずなのに、私まで怖くなってしまった。
「な、何だよお前!!殴られてぇのか?!」
無言でナイフをちらつかせる。
「さっさと歩け。」「は、はいぃ!」
本命の彼女には逃げられてしまったが、別に構わない。おそらくこちらとは面識がない上、フードをしっかり被っているから顔は見られていないはずだ。
暗い山道を歩く。何か出てきそうで怖い。
けれどもここを耐えないと、この先ずっと苦しいままかもしれないんだ。だから耐えないと。
かなり歩いて所で、彼女は止まった。
「座れ。」
「……ここに連れて来られた理由は、わかっているよな?」
「ヒイッ!な、なにも、わかりません!!」
「ふざけるな!!」彼を蹴り倒す。恐ろしいパワーだ。
「そ、そこまでしなくてもいいんじゃ……」
「わ か っ て い る よ な ?」
「ゴッ、ごめんなさい!色んな女の子をカモにしたこと……ですよね?!」
「わかっているんだったらなぜ彼女らに詫びないんだ?!」
彼女は彼の腹にナイフを思い切り突き立てる。
彼の絶叫が聞こえる。着ていたTシャツは赤く染まっていた。
え、なんで、どういうこと?
だってあのナイフは、ニセモノのはずじゃ……。
「痛いでしょう?でも、あなたは沢山の少女を苦しませてきた……。その傷は今も癒えることがないの。だからアタシが、罰を与えないと。」
彼女は無言でロープを彼の身体に巻いてどこかへと引き摺っていく。私もそれについて行った。
「ほら、見える?」
「満月と綺麗な海。最期に美しい景色が見られて良かったじゃない。」
そう言い終えると、彼女は彼の手首にアタッシュケースを巻き付けて崖から落とした。
……これは夢だ。夢に違いない。
だってこんな凄惨なことを彼女がするわけないから!
悪夢よ醒めろ。醒めて!醒めてよ!!
「あ、次はあなたの出番よ。」
呼吸が止まる。今度は何が起こるの?
「わたし、あなたのことがずっとずっと、ずーっと好きだったの。友達としての「好き」じゃなくて、恋する人に対する「好き」よ。これも二人だけの秘密、ね。」
「本当はこんなことをするつもりはなかったけれど、気が変わったの。」
「あなたとわたしで、この終末を飾りましょう。あの満月のように美しく、海のように深い終末を───」
気づいた時にはもう遅かった。抱きしめられながら、初めての口づけを奪われながら、真っ逆さまで海まで落ちていく。
海の冷たさを感じる頃には、私たちは泡沫となって消えた。
大丈夫、あなたはずっと、美しいまま酷い目に遭わずにいられるの。怖がらなくても、大丈夫よ。
だってそれが、私の一番の幸せだから。