Frieden

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「耳を澄ますと」

深夜。突然目が覚める。時刻は2時58分。
……何でこんな時間に。仕方がないから水でも飲もう。
そう思って立ち上がる……今、何か音がした気がする。

気のせいだろうか。耳を澄ます。音はしない。
やはり気のせいだったか。早く水を飲んで寝てしまおう───
いや、やっぱり音がした。

さらに耳を澄ますと、やはり聞こえた。
オルゴールの音……だろうか?
おそらく自称マッドサイエンティストが何かしているな。

何でこんな夜中に音を立てるんだ。
真夜中に説教などこっちもしたくないが、近所迷惑である以上注意しなければならない。

……おい!今何時だと思ってるんだ!
真夜中だぞ!いいから音を止めろ!

「あ!!!もうとっくに寝たのかと思っていたよ!!!」
何やってる?音が響いてるぞ。
「えーっとね、これなんだが……」

そう言って手に持っているものを見せてきた。
両手で持てるくらいのサイズの楽器……だろうか?
「ご名答!!!これはカリンバっていう楽器なのさ!!!」

カリンバか……前に動画サイトで見たことがある。
鍵盤のような部分を指先で弾いて鳴らす楽器だったような。
「そうそう!!!そんなカンジだよ!!!」

「ボクも動画を見てちょっとマネしたくなってね!!!だから取り寄せたのさ!!!」
……それはいいが、どうしてこんな時間に演奏を?

「それはねぇ、キミに『ま〜たそんなもの買ってぇ〜』って言われるかもしれないと思ってだね……。」

ふぅん、こっちとしては変な買い物よりも近所迷惑になる方がごめんだよ。あんたの姿を見られる者は自分以外にはいないらしいが、立てた音を聞ける者はいるかもしれないんだろ?

「確かに!!!キミといるうちにすっかり忘れてしまっていたよ!!!悪かった!!!」

それならいい。でも別に人の買い物にそこまで口出ししていないと思うんだが……。演奏するなら夕方くらいまでにしとけよ。

それからあいつが夜にカリンバを演奏することはなくなった。
だが、しばらくしたあと、この辺りで変な噂を聞くようになった。

何でも、近くの空き部屋だらけのマンションのとある一室で、夜中になるとオルゴールのような音と子どもの鼻歌が聞こえてくるらしい……。

しかも「両方バッチリ聞こえる」というひとと、「何も聞こえない」というひと、中には「鼻歌っぽい音だけ聞こえた」というひとまで現れた。

……タイミング的に絶対あいつで間違いない。このままではあいつが町の怪異と化してしまいかねないので、タイミングを見計らって話をすることにした。

今は午前1時30分。いつの間にやら家を出ていたあいつを寝たふりをしながら待つ。さすがに眠い。がしかしここできっちりと落とし前をつけておかないと大問題だ。

……足音が聞こえる。帰ってきたらしい。
ご機嫌な顔をしてリビングに向かっているところを捕まえた。

おい!こんな時間まで何やってた?!
……まさかカリンバか?

「……キミの頭の中を少し拝見したよ。結論から言うと、……確かに真夜中のマンションの空き部屋でカリンバを弾いていたのはボクに間違いないよ……。」

「まさか音を聴かれているとは思っていなかったが!」

やっぱりそうか。真夜中にカリンバを演奏するのもマナー違反だし、それよりも勝手にマンションの空き部屋に入るのも立派な不法侵入だぞ!

「そのあたりは……管理者権限で何とかなると思って……。」
見苦しい言い訳をするな!職権濫用も無用だ!!

「悪かったよ……。だがひとつ否定しておきたい所がある。」
今更何を言ってるんだよ。

「確かにボクはカリンバを弾いていたが、鼻歌は歌っていないんだ。」
……え?

「だってキミも家で見ていただろう?!!ボクがカリンバの練習をしているところを!!!その時のことを思い出したまえよ!!!鼻歌なんか歌っていなかっただろう?!!」

……確かに。そう言われてみれば、こいつが鼻歌を歌っているところを見たことがない。
……じゃあその「鼻歌」を歌っている存在は何者なんだ……?

「知らないよ!!!ボクはその手の話、あんまり詳しくないからさ!!!」

5/5/2024, 3:53:59 PM