「善悪」
キーマカレーとメンチカツを食べた後、ニンゲンは安心したのかすぐに眠ってしまった。
「……ニンゲン、もう寝てしまったね。」
「そうなんだよ!!!あのひと、寝るのは得意みたいでさぁ!!!」
「……静かにした方がいいんじゃない?あと明かりも消した方が……。」
「確かに!!!キミ、静かなのと暗いのは平気だよね?!!」
……だから声がデカいんだって!
「悪かったよ!」
……で、話って何?
「あ、その前にこの話を誰かに聞かれると厄介だから、念の為に暗号化しておこうか!」
分かったよ。……はい、これでセットアップ完了だ。
「ご対応をどうもありがとう!」
「それじゃあ、本題に入ろう。」
「……とその前にキミは疑問に思わなかったかい?このすんばらし〜いマッドサイエンティストのボクがいとも簡単に動けなくなっちゃったことに。」
それはちょっと思ったよ。ただ、ぼくときみとでは色々違うところがあるから、そういうものなのかと思って。
「あれ、わざとやったんだ。」
「正確に言えば、動けなくなるつもりはなかったが、結果的にそうなってしまったのさ!」
ふーん。何のために?
「目的は2つ!ひとつはエネルギーの回収!あの空間内の存在がボクの管轄下にある宇宙を吸収している、っていうのはニンゲンから聞いたよね?」
「あのエネルギーをなんとか回収したくて敢えて隙を見せたのさ!宇宙規模の大爆発が起こったら洒落にならないからね!」
「結果としてこれには成功した!……ただ少々キミには面倒なことをさせてしまったが!」
「……だって、あんな量の怨念、多分これからもう摂取することはないっていうレベルだったからね……。このボクでさえ怯んでしまうくらいには。」
……なるほど。ほとんど取り除いたあの「感情エネルギー」は、きみにお返ししたほうが良さそうだね。
「あぁ、ご名答!エネルギーの変換処理はボクがやっておくから、本部の部屋にでも送っておいていただけると助かるよ!」
了解。……それで、もう一つの目的はなんなんだ?
「そうだね。そっちについても話そうか。もう一つの目的は、データの解析だよ。」
「前に取得したデータでは「愛」という感情が大半を占めていた。残りは悲しみと怒りだったよ。」
「そして今直接取得したデータは「怨念」がほとんどだ。」
「ぱっと見、何かしらの逆恨みのような、被害者意識のような感情──言うなればボクからすれば八つ当たりみたいな感情──に見えるが、そんな善悪二元論で語れるほど単純な問題ではないように思えて仕方がない。」
「というわけで、ついでに頼んでもいいかな?過去に使用していたものが減っていたり、かなり古い記録でそういう事故について残っていたりしないか調べていただきたいんだ!」
「あ、面倒ならデータだけ送ってくれたらいいよ!」
……わかった。やれることはやるよ。
「ありがとう!」
それじゃ、ぼくはこの辺で。
「気を付けて帰ってね!」
……これで真相に近づけたら良いのだが……。
やれることはしないと、だね!
「流れ星に願いを」
きょうも いつもの ように よるの あいさつ を して ねむるために ベッド に はいりました。
ふわふわ で あたたかい のに なぜか ねむれません。
はやく ねないと おおきく なれない って まえに おかあさん が いっていた から はやく ねむらないと。
ですが そう おもえば おもうほど だんだん ねむれなくなって しまいました。
「こまったなぁ……」 わたしは おもわず そう つぶやきました。どうしても ねむれない ので、 わたしは まどの そとを みつめます。
しーん と しずまりかえった まち と たくさん の ほし が きらめく よぞら が ひろがっています。
いまは おほしさま の じかん なので、 わたし いがいの みんなは すっかり ねむっている のが わかりました。
こんなに くらかったら えほんも よめないし、 おえかき も できません。 わたしは どうしたら いいのか わからなく なってしまいました。
もういちど ベッド に もどろうと した とき、 へやの すみっこに みどりいろ の ふわふわ したもの が いました。
「あ!!ひさしぶり だね!! ボク、 キミに また あいたくなった から きちゃったよ!!」
この ふわふわ は まえに みた たのしい ゆめのなか で あそんで ともだち に なった あのこ に ちがい ありません。
「おひさしぶり です!」
わたしも げんきよく あいさつ します。
「キミ、 こんな じかん まで おきて いるのかい?」
「いつもは ねているんだけど、 きょうは ぜんぜん ねむれないの。」
「そうなんだ!! じゃあ、 いっしょに おそら を みようよ!!」
「おそら を?」「うん!!」
「きょう は りゅうせいぐん が みられるんだよ!!」
「りゅうせいぐん って なあに?」
「ながれぼし が たーくさん ながれること だよ!!」
「ほんとに、 たくさん ながれぼし が みえるの?」
「きっとね!!」
「それじゃあ、 たくさん おねがいごと を しなくちゃ!」
「ねがいごと……?」
「しらないの? ながれぼし に おねがいごと を するとね、 かなっちゃうんだよ!」
「そうなんだ!! ボクも なにか ねがい を かなえて もらおうかな!!」
「ふわふわさん にも ねがい が あるの?」
「そりゃ もちろん!! ボクにだって ねがい は あるよ!」
「なになに? おしえて!」「えへへ、 ヒミツだよ〜!!」
わたしたち は よぞら を ながめます。
ですが なかなか ながれぼし は ながれません。
「ねえ、 ふわふわさん。 ほんとうに ながれぼし くるの?」
「もうちょっと まったら ながれる はずだよ!!」
しばらく まちました。
それでも ながれぼし は ながれません。
ほしぞら は きれい ですが、 ずっと みていると なんだか たいくつ です。
「ほんとうに ながれぼし でてくるの?」
「もうすこし まってみようよ!!」
そのときです。
「あ!! ながれぼしだ!!」
「え?! どこ?!」
「あの やまの うえあたり を みてごらんよ!!」
ふわふわに いわれた とおり、 わたしは やまのほう を みつめます。
「あ! ほんとだ!」
すこしずつ、 すこしずつ ながれぼし が ながれます。
「きれい……!」
ふわふわ も うれしそう です。
わたしは たくさん おねがいごと を しました。
みんなと なかよく できます ように。
かぞく で りょこう に いけます ように。
それから……
ボクも 流れ星に願いを込めたよ!!
……また キミに あえますように って、ね!!
きがつくと もう あさ でした。
なにか すてきな ゆめを みたはず なのに、 また おもいだせません。
こんどは ちゃんと おもいだせたらなぁ。
そうおもって、 わたしは あさひ を みつめました。
「ルール」
朝目が覚める。今日も静かだ。目は覚めたものの、まだ眠い。思い切って二度寝でもしようか。
……いや、そんなことをしているのをあいつが見てたとしたら、どう思うだろうか。
「全く!!!キミは輪をかけてねぼすけだなあ!!!」
なんて言ったりするんだろうか。
はぁ、こんなことを考えたって無駄なのに。
ため息をついて、のそのそ起き上がる。やっぱり眠い。
朝ごはんを作る。いつもあいつが作ってくれていたサンドイッチ。いつものようにありあわせを挟んで食べた。
……いつもと変わらない味のはずなのに、そんなに美味しくない気がした。
朝ごはんも済ませたことだし、買い物にでも行くかな。家から出て空を見上げる。晴れとも曇りともつかない中途半端な天気だ。
スーパーまでの道を歩いた。いつもと変わらない、何の変哲もない道。ふと目をやると、住宅街の生垣で躑躅の花が咲いていた。あいつは「ツツジの花は食べられないのかい?!!」なんて言いそうだな。
スーパーに着き、買い物をする。卵、カップ麺、惣菜。……知らないうちにあいつの好物だった桜餅まで手に取っていた。
それにしても、今日はずっとあいつのことばっかり考えてる。「3日で元通りにする」って言われたんだから、こんなに気を揉む必要はないのに。
しかも、あいつと自分の立場は全然違う。あいつが宇宙の管理者だとしたら、自分はただ管理されるだけの立場だ。自分なんかがあれこれ心配したところで、何の意味もないのに。
スーパーで流れる軽快な音楽を聴いているだけでなんとなく寂しくなってしまったから、自分は早々に買い物を済ませて家に戻った。
「ただいま。」誰もいないと分かっているのに挨拶をする。返事はない。
あいつが来る前はこれが普通だったのに、今ではデカい声で「おかえり!!!」って言ってもらえるのを知らず知らずのうちに期待してしまっている。
元々あった「当たり前」を受け入れられない自分がいることに気づいて嫌気がさした。
今日はもうやることを済ませてしまったから、音楽でも聴こうかな。
随分前に買ったCDを手に取る。この曲を聴くのは何年振りだろうか。懐かしい気持ちに浸っているところに、失恋ソングが流れてきた。
ありきたりなコード進行、ありきたりな歌詞。
「あなたがいない人生は太陽のない宇宙みたい」
「凍えた心を抱きしめて深い海に堕ちる」
……こんな曲も入っていたっけか。
何故だか自分でもわからないが、なんとなく慰められたような、孤独を埋められたような、そんな気がした。
全ての曲が流れ終わった部屋に静寂が流れる。
暇になってしまったからか、ふと余計なことが脳裏によぎる。
本当に3日で戻ってくるのか?
本当にいつもと変わらないあいつが戻ってくるのか?
信じて、いいんだよな……?
こんなことを考えるのはやめだ。そろそろ晩御飯の支度でもしよう。
何も考えないでいられるように、わざと手間のかかる料理を作る。キーマカレーとメンチカツにしよう。
作業に集中する。とにかく無心でいなくては。
……ようやく出来上がった。我ながら上出来だ。
初めて作った割には美味い。
……あいつにも食べさせたかったな。
腹を満たしてうつらうつらとしている時に突然呼び鈴が鳴った。こんな時間に誰だ?
少し警戒しつつ扉を開ける。
「こんばんは。夜分遅くに失礼する。本当はもう少し様子見をしたいところだったんだが、どうしても戻りたいって言うから急遽お届けにきたよ。」
「ただいま!!!キミがちゃんとご
飯を食べているか気になったから戻ってきたよ!!!」
あぁ、おかえり。
「反応が薄い!!!薄す
ぎるよ!!!もっと喜びたまえよ!!!」
「あ、そうだ!!!キミにお礼を言うのを忘れてい
たね!!!ボクを元通りにしてくれてどうもありがとう!!!」
「どういたしまして。……と言うか、この人をこんなことに巻き込んでいいのか?トラブルに第三者を巻き込むのはルール違反だったはずだろう?」
「多分……大丈夫だよ!!!ちゃーんと本部にデータも送っているし、定期的にミーティングも行
っているからね!!!それに!!!ここはボクの管轄下だからね!!!ボクがルールみたいなもんさ!!!」
「……それにしても!!!すごくいい匂いがするね!!!カレーと揚げ物かい?!!ボクも食べたいよ〜!!!」
まだちょっと残ってるから……そっちの黄色いひともよければ食べないか?
「ぼくまで頂いてもいいの?どうも、ありがとう。」
「わーい!!!いっただっきまーす!!!」
……あっという間に明るい日常が戻ってきて拍子抜けした。
無事でいてくれて、ありがとう。
「今日の心模様」
〇〇がつ ××にち (△) てんき ☁︎
今日は買い物に行ったよ!
あそこのスーパーは日用品以外にも文房具とかいろんなものが売られているからとても便利だね!
あ、そうそう!この日記帳もそこで買ったんだ!
「余計な物を買うな」ってちょっと怒られたけどね!
……にしても、ニンゲンはこうやって日々の記録を残しているんだね!実に興味深い!ボクも彼らの真似をして、こうやって日記をつけてみようかな!
……えーっと、「きょうのこころもよう」……?何だいそれは?なんだか難しいことを聞かれている気がするね!
今日の心模様か……白とミントグリーンの水玉ってとこかな!!
〇〇がつ ×〇にち (◻︎) てんき☀︎
今日はお花見に行ったよ!天気も良かったから、桜並木はニンゲンでごった返していた!そりゃあこんな絶好の機会を逃すわけないよね!
青い空に桜の花が映えてとても綺麗だったよ!
それに、桜餅は絶品だね!!こんなにうまい食べ物があるなんてボク知らなかったよ!この国のニンゲンは目のつけどころが違うねえ!さすがだよ!また明日も行こうかな!!
きょうのこころもよう: 桜吹雪
〇〇がつ ×△にち (◇) てんき ☀︎
今日もお花見に行ったよ!!昨日に引き続きニンゲンがたくさんいた!こんなにニンゲンを集める力が桜にはあるんだね!すごいなあ!……ただ一つ残念だったのは、桜餅が売り切れだったことかな……。美味しかったんだけどなぁ……。あの和菓子屋さん、近所にあるのかなぁ?ぜひまた食べたいのだが……。
きょうのこころもよう: 桜餅(桜抜き)の色
〇〇がつ 〇◇にち (☆) てんき ☔︎
春は天気が安定しないね!昨日まではあんなに晴れていたというのに今日はすごい雨だ!それにかなり冷えている!寒い!炬燵から出られないや!……というかこんな時期だというのにまだ炬燵が出しっぱなしになっているのって、正直どうなんだろうね!ボクは全然悪くないと思うけれど、季節感が欲しい気がするね!炬燵はともかく、どうしたら季節感が出るだろうか?花菖蒲でも飾ってみるかな〜!
きょうのこころもよう: パステルカラーの雫模様
〇〇がつ △〇にち (〇)てんき ☁︎
今日はオムライスを作ったよ!朝も昼も夜もオムライスだったからちょっと文句を言われたけど、いろんな味変を試したからボクとしてはすごく満足したよ!!文句を言いながらもちゃんと食べてもらえてよかった!
こういうなんでもない一日を、こんな風にゆったりと過ごせたらいいのになぁ。
いつまでも続いてくれたら、どれだけ幸せだろうか。
きょうのこころもよう: 夕焼け色のギンガムチェック
██がつ ██にち (██) てんき ██
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██がつ ██にち (██) てんき ██
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██がつ ██にち (██) てんき ██
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がつ にち( ) てんき
きょうのこころもよう:
「たとえ間違いだったとしても」
あいつが動かなくなってから何日経っただろうか。
好きだった桜餅を近づけたり、勝手に端末を触ってみたりした。
でも、何の反応もない。
……何か自分にできることはないのか?
本当に、このまま黙って見ていることしか出来ないのか?
いや、自分ができることをしなければ。
そう思うのがたとえ間違いだったとしても。
自分はあいつを救いたいんだ。
でも、よくよく考えたら自分はあいつのこと、全然知らない。
ミントグリーンの色したふわふわの髪の毛とか、やかましくてよく通る声とか、表面のことしか知らない。
……それもそうか。
優しく接してくれているから勘違いしていたが、自分はあんたにとって……一サンプルみたいなもんなんだから、そんな簡単に重要なことを教えるような真似はしないよな。
思い上がっていた自分を嘲笑う。ため息が出た。
何も出来やしなかった、こんな自分だ。
今までもこれからも変わらない無力な自分を嘆くくせに変わろうともしない。そのツケが今になってから回ってきた。
呆然と座り込んでいると、あいつの端末が鳴る音が聞こえた。
一縷の希望を込めて、自分は応答した。
「……はい。」
『やっと出たー……っていうか、きみは何者なんだ?』
自分は今までのいきさつを相手に話した。
『なるほどなるほど。それが本当ならえらいことだ。今見にいくからちょっと待ってて。』
通話が切れてしまった。こんな短時間でどうにかなるのか?
などと思っている間もなく呼び鈴が鳴った。早すぎるだろ……。
「……はーい。」
「どうも、こんにちは。色々と厄介事に巻き込んでしまっているみたいで申し訳ない。」
玄関には気怠げな顔した黄色い髪の子どもがいた。
……あいつの色違いみたいだな。
「あんな「ややこしい」のと一緒にしないでよ。」
……当たり前のように心を読まれている。
迂闊に考え事ができないな。
「……で、例のあいつはどこにいるの?」
そこの部屋のベッドにとりあえず寝かせてるんだ。
「……一目見るだけでは原因まで特定できないが、物理的な攻撃を受けたわけではなさそうだね。しゅ……いや、治療にはそこまで時間がかからない、と見た。」
「きみの話を聞く限りだとおそらく、大量の何かを無理矢理押し込まれたんじゃないかな。例えば……感情とか?」
感情を押し込む……なんてことができるのだろうか?
「んまぁ、かなり古い時代に使われたクラッキング技術にそういうのがあったんだよ。今じゃそんな手法、誰も使わないけどね。」
「でも、今眠っているこいつは比較的「感情的」なやつだから、感情を押し込まれると、防衛機構……このバッジが働いてフリーズしてしまうんだ。」
「ニンゲンのきみで例えると、1日にいろんなジャンルの映画をたくさん観た後の状態、とでも言えるかな。」
「……なるほど。これは酷いな。」
そんなに酷い状態なのか……?
「いや、状態はそこまで悪くないよ。叩けば治るくらいには。」
「押し込まれたものの正体がわかったんだよ。これ……このグラフ、分かるかい?そう、これ。押し込まれたのはきみ達が『怨念』と呼んでいるもの、だね。」
「ホラー映画の怨霊もびっくりするくらいの怨念だ。あいつ、未知の存在とやらからそんなに嫌われてたの?全く、何したんだか。」
「とにかく、怨念を取り除くためにこいつを一旦回収するけど、いいよね。」
「安心して。すぐに元通りにするから。」
どのくらいで元に戻るんだ?
「うーん、2年くらいかな。」
「……そんなにかかるのか、って思ったね?わかったよ。3日で治そう。それ以上かかりそうだとこちらが判断したら、改めて連絡を入れるよ。」
「それじゃ、またね。」
自分は彼らを見送り、とにかく安堵した。
気づけばもう夕方も過ぎている。
あいつが無事に戻ってきますように。
自分は一番星に願った。