「たとえ間違いだったとしても」
あいつが動かなくなってから何日経っただろうか。
好きだった桜餅を近づけたり、勝手に端末を触ってみたりした。
でも、何の反応もない。
……何か自分にできることはないのか?
本当に、このまま黙って見ていることしか出来ないのか?
いや、自分ができることをしなければ。
そう思うのがたとえ間違いだったとしても。
自分はあいつを救いたいんだ。
でも、よくよく考えたら自分はあいつのこと、全然知らない。
ミントグリーンの色したふわふわの髪の毛とか、やかましくてよく通る声とか、表面のことしか知らない。
……それもそうか。
優しく接してくれているから勘違いしていたが、自分はあんたにとって……一サンプルみたいなもんなんだから、そんな簡単に重要なことを教えるような真似はしないよな。
思い上がっていた自分を嘲笑う。ため息が出た。
何も出来やしなかった、こんな自分だ。
今までもこれからも変わらない無力な自分を嘆くくせに変わろうともしない。そのツケが今になってから回ってきた。
呆然と座り込んでいると、あいつの端末が鳴る音が聞こえた。
一縷の希望を込めて、自分は応答した。
「……はい。」
『やっと出たー……っていうか、きみは何者なんだ?』
自分は今までのいきさつを相手に話した。
『なるほどなるほど。それが本当ならえらいことだ。今見にいくからちょっと待ってて。』
通話が切れてしまった。こんな短時間でどうにかなるのか?
などと思っている間もなく呼び鈴が鳴った。早すぎるだろ……。
「……はーい。」
「どうも、こんにちは。色々と厄介事に巻き込んでしまっているみたいで申し訳ない。」
玄関には気怠げな顔した黄色い髪の子どもがいた。
……あいつの色違いみたいだな。
「あんな「ややこしい」のと一緒にしないでよ。」
……当たり前のように心を読まれている。
迂闊に考え事ができないな。
「……で、例のあいつはどこにいるの?」
そこの部屋のベッドにとりあえず寝かせてるんだ。
「……一目見るだけでは原因まで特定できないが、物理的な攻撃を受けたわけではなさそうだね。しゅ……いや、治療にはそこまで時間がかからない、と見た。」
「きみの話を聞く限りだとおそらく、大量の何かを無理矢理押し込まれたんじゃないかな。例えば……感情とか?」
感情を押し込む……なんてことができるのだろうか?
「んまぁ、かなり古い時代に使われたクラッキング技術にそういうのがあったんだよ。今じゃそんな手法、誰も使わないけどね。」
「でも、今眠っているこいつは比較的「感情的」なやつだから、感情を押し込まれると、防衛機構……このバッジが働いてフリーズしてしまうんだ。」
「ニンゲンのきみで例えると、1日にいろんなジャンルの映画をたくさん観た後の状態、とでも言えるかな。」
「……なるほど。これは酷いな。」
そんなに酷い状態なのか……?
「いや、状態はそこまで悪くないよ。叩けば治るくらいには。」
「押し込まれたものの正体がわかったんだよ。これ……このグラフ、分かるかい?そう、これ。押し込まれたのはきみ達が『怨念』と呼んでいるもの、だね。」
「ホラー映画の怨霊もびっくりするくらいの怨念だ。あいつ、未知の存在とやらからそんなに嫌われてたの?全く、何したんだか。」
「とにかく、怨念を取り除くためにこいつを一旦回収するけど、いいよね。」
「安心して。すぐに元通りにするから。」
どのくらいで元に戻るんだ?
「うーん、2年くらいかな。」
「……そんなにかかるのか、って思ったね?わかったよ。3日で治そう。それ以上かかりそうだとこちらが判断したら、改めて連絡を入れるよ。」
「それじゃ、またね。」
自分は彼らを見送り、とにかく安堵した。
気づけばもう夕方も過ぎている。
あいつが無事に戻ってきますように。
自分は一番星に願った。
4/23/2024, 10:20:57 AM