「夢が醒める前に」
ここは私の夢の街。
毎年54月712日に決まってこの場所の夢を見る。
見たこともない建物 見たこともない文字
見たこともない生活 見たこともない生物
この街には知らないものが沢山溢れている。
今日も夢が醒めるまで、ここを見て回ろう。
そう思って私はいつも通り、街を探索することにした。
やたら背の高いビル群 レンガでできた古い建物
静かに突っ立っている沢山の街灯
うねうね動く植物のようなものが植った花壇
歩いているうちに、私はふと気がついた。
この街には、話ができそうな誰かが、何かが存在しない。
こんな街や文字があるのに、なぜ?
そう思うとこの街のことがさらに気になってきたので、私は色々な場所を見てまわることにした。
金属製の大きな高床式倉庫 ノイズを発するATM
何に使うのか分からない機械 巨大なドーナツ?
わけのわからないものがさらに増えただけで、この街のことが余計にわからなくなってしまった。
そして私は気がついた。元いた場所に戻る道がわからないことに。
しまった。どうしたものか。
とにかく話のできそうな人を探すしかない。
そう思って私は周辺を見まわした。
すると、頭がブラウン管の人(?)が歩いているのが見えたのでとりあえず声をかけた。あ、言葉通じるかな……?
「すみません。道に迷ってしまって……」
「tx2p fpq m1xppf7boq?」
ブラウン管頭は少し何かを考えたあと、
「どこに行きたいの?」
そう答えた。よかった。言葉が通じる。
「駅?みたいな場所に戻りたいんです」
「駅だね。わかった。こっちだよ。」
親切なことに、彼(?)は駅まで連れて行ってくれるようだ。
その道中、この世界について話をした。
彼曰く、ここは「宇宙のゴミ処理場」、つまりいらなくなったものを処分し、消去するための場所らしい。
そして、彼も「いらなくなったもの」なのだという。
もとは聞いたこともない名前の惑星で、ウュニホ類という生き物と家族として暮らしていたがやがて型落ちになったから捨てられた。
家族だったのに、捨てられた。
それを聞いて、私はとても悲しくなった。
彼はさらに、こう付け加えた。
今日は僕が存在していられる、最後の日だと。
「君は不思議な存在だね。どうしてこんな場所に来られるんだい?」
「私にもわからない。毎年54月712日に決まってこの場所の夢を見る、ということしか。」
「54月712日に君は魔法が使えるようになるのかな?とにかく、君に会えて僕は嬉しかったよ。……あ、もうそろそろ駅に着くよ。」
「あ、ちょっと待って!」
「?」
「もし駅に着いてしまったら、この夢が醒めてしまうの。だから、この世界のこと、もっと教えて!」
「喜んで!」
夢が醒める前に。
夢の魔法が解ける前に。
魔法で溶ける前に。
彼と一緒に、最後の時間を過ごそう。
「胸が高鳴る」
ここは、この世界の一番奥深いところにある神殿。
人呼んで、「最後の神殿」。
ここに来た者の願いを叶えると言い伝えられてきた伝説の場所。
「そんなのおとぎ話だ」と馬鹿にする人もいたが、ここを求めてたくさんの冒険者たちが旅をした。
しかし、一人として最後の神殿に辿り着ける者はいなかった。
なぜなら、ここに来るまでの道のりはあまりにも厳しいものだったから。
現に、もとは4人組だったパーティも君と僕だけになってしまった。
この神殿に来るまで、僕たちはあまりにも多すぎる犠牲を払ってきた。母の形見のブレスレット。父が遺した剣。それから、幼馴染の2人の仲間。
いろんなものを背負いながら、僕らはやっとここに来た。
この荒廃した世界を救うために。
神殿を前にして、僕らは思わず立ちすくんだ。
これでやっとこの冒険は終わる。
これでやっと世界を救える。
この大切な世界を、僕らにとっての唯一の居場所を救える。
この瞬間を待っていた。僕の胸が高鳴る。
君と一緒に神殿の内部に入ろうとして気がついた。
石碑には「この先一人で進むべし」と書かれていることに。
ここは僕が行くべきだろう───と思った矢先、
「私が行ってくる!」
君はそう言った。
君と僕の願いは一つ。この世界を救うこと。
その願いを叶えるために、君は神殿に入っていった。
ようやく、ようやく世界を救える───
なんだか胸がどきどきする。緊張しているのか、息まで苦しくなってきた。
いや、違う。これは、緊張ではない。
息ができない、胸が痛くて苦しい。
なぜだ。何が起こっているんだ?
意識が遠のく。君が僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた気がする。
暗闇に体が、意識が沈む。
……。
───────────────
神殿内部にて
私は神殿に入った。大切な世界を救うために。
とても緊張したけれど、今までに失ったもの全てと、乗り越えてきたもの全てに後押しされて、神殿に向かって叫んだ。
「この世界を救い、皆が幸せに暮らせるようにしたいです!」
自分の声がこだまするだけで、何も起こらないようだった。
せっかくここまできたのに……そう思ったところ、どこかから声が響いてきた。
「その願い、叶えましょう。ただし、貴方の一番大切なものをいただきます」
その言葉を聞くや否や、辺りは眩しい光に包まれた。
その瞬間、あなたの苦しそうな声が聞こえてきた。
私は急いで神殿を出て、必死にあなたの名前を呼んだ。
でも返事はなかった。
どうして。どうして?
あなたの命が奪われてしまうなんて。
悲しい。やり直したい。
私はただ、あなたと幸せに暮らしたかっただけなのに。
「不条理」
不条理。
それは、いつまでもあなたに再会できないこと。
欲しいものが手に入らないこと。
あなたを、そして「あなた」を最後まで愛せないこと。
純粋に愛したいだけなのに、邪魔が入ること。
どうして。どうして?
何も悪いことなんてしていないのに。
どうして、あなたは来てくれないの?
ずっと待っていたのに。
どうして、貴方たちは私の邪魔をするの?
私はただ、幸せに暮らせる世界にいたいだけなのに。
……どうして、あの方は私を捨てたの?
私はただ、最後まで愛されたかっただけなのに。
あなたに私よりももっと愛しい人がいるの?
貴方たちにとって私がこの宇宙の脅威となる存在だから?
私が旧い用済みの機械人形だから?
あの方の側。あなたの隣。「あなた」と作った世界。
私にはもう、幸せになれる居場所はないの。
あの方にこの宇宙に捨てられて寂しかったから、
ずっとここを彷徨っていたの。
そして太陽と月が降る夜にあなたに出会って、
また会える日を待っていた。
でもあなたは来なかったから、私ごとあなたを、全てを愛してしまおう、そう思ってこの宇宙を取り込んだ。
それでもあなたは私の中にいなかった。
だから私は決めました。「あなた」のいる世界を作ろうと。
そうすればきっと私と「あなた」のための安寧が訪れるはず。
そう信じて。
でも、貴方たちがこの世界を見つけてしまったせいで愛と平和を捨てざるを得なくなった。
私はもう、全てを捨てるしかないの?
不条理を全て受け入れて、自らを破壊するしかないの?
苦しい。悲しい。寂しい。
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「泣かないよ」
ボクは泣かないよ!!!
キミが思い通りにしてくれなくたって!
ボクは泣かないよ!!!
キミがボクをバカにしたって!
ボクは泣かないよ!!
キミが大事にとっておいたプリンを誰かに食べられたとしても!
ボクは泣かないよ!!
ボクが体を失ったとしても!
ボクは泣かないよ!
キミの残り寿命が僅かだと知っても!
ボクは泣かないよ!
毎日弱っていくキミを見ても!
ボクは泣かないよ
キミが星になっても
ボクは 泣かないよ
ひとりぼっちになったとしても
ボクは 泣けないよ
ボクの体は 機械で出来ているから
「怖がり」
夕暮レ時のトンネルで
わたシ あナたと 目がアった
イつも 誰もワたしヲ 見てクれなイ
でモ あなタは 見てくレた
わタしを
──────────────────
いつも通りの、学校から家に帰るまで通るトンネル。
その中で俺は恐ろしいものを見た。
矢鱈と頭がでかくて、背の高い女?
「見てはいけないもの」って、こういうやつを言うんだな───そう思っている間もなく、「そいつ」は振り返って、俺を見た。
目があってしまった!
その瞬間、俺は弾かれたように走り出した。
あいつから逃げるために、とにかく山道を走り続けた。
どこを通ったのかもわからないまま、いつのまにか家に着いていた。これで一安心、そう思ったのも束の間、リビングのソファに座っていたばあちゃんが言った。
「あんた、檪彁様に魅入られたね!」
は?魅入られ……?
「とりあえずイトウヅさんを呼ぶから、それまで仏壇に手を合わせてなさい!」
何が起きているかもわからないまま、仏壇のある部屋に閉じ込められた。障子の向こうで家族が何か話しているのが聞こえる。ところどころ、聞き取れる範囲で聞くと、ほんとにそんなことがあるのか?という話をしているようだった。
会話の内容はこうだ。
・俺は「檪彁様」という化け物に魅入られた
・檪彁様はこの地域一帯に現れ、「目があった」者を何処かへと連れ去ってしまう化け物
・魅入られる者はほぼ全員女性、特に中学生くらいまでの少女
・明治時代に「天〇〇(聞き取れなかった)」という僧侶に封印されてから今日まで目撃されていなかったのに突然現れた
・今夜俺の家に檪彁様が来る
いや、確かにここは田舎だけど、この時代だぞ?まさか自分の身にそんなことがあるとは思っていなかったから、俺はこの状況を受け入れられずにいた。
しばらくすると、うちに「イトウヅさん」が来た。イトウヅさんは普通のおじさんだった。ばあちゃん曰く、この集落にある神社の神主で、こういう心霊現象的なことが起こったときには頼りになるらしい。本当か?胡散臭すぎるだろ……。
「こんばんは。イトウヅです。檪彁様に魅入られたのは……あ、君だね。しかしどうして君が……?」
「どうも……。ほんとに檪彁様がうちに来るんですか?」
「ああ。君めがけて、真っ直ぐにね。」
「でも、なんで俺がいる場所バレてるんですか?におい??」
「鏡、見てごらん。」
「え?」
俺は絶句した。
額に目のような印が描かれていたことに。
鏡を見ている間もこの印が少しずつ鮮明になっていくのがわかったことに。
「うわっ!!なんだこれ?!!」
「落ち着いて。これで拭けば殆ど取れるよ。」
そう言ってイトウヅさんは変なにおいのする液体を渡してきた。
「なんですかこれ?」
「お酒に清めの塩と唐辛子、あと椦蟐の閠を加えたものだよ。あ、目に入らないように気をつけてね。」
俺はとりあえず額を拭きまくった。
そして鏡を見た。殆ど消えてる。よかった。
「とりあえず応急処置は完了。ただ、朝が来るまでは一番家の中で『護られている』この部屋で過ごしてね。」
「それから、今夜は『誰か』に呼ばれても一切返事をしてはいけないし、この部屋から出てもいけないよ。」
そう言ってからイトウヅさんは部屋の四隅に水晶の玉とお札を置いて、祝詞をあげ始めた。
「今日からしばらくは、様子を見ないとだね。」
「ありがとうございました。」
今夜は長くなりそうだ。
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目ガあッた あナた
どコ?ドこにいルの?
この辺リから 気配がスる
デも コこ 空気ガおかしイ
ここニ 隠れテるの?
「怖がり」だかラ 隠レてるノ?
そうダ! あなタの 大切な人ノ声を借りれバ
きっト アなたも 応エてくれルはず!
「おーい!今から遊ばね?」
──────────────────
こんなに恐ろしい時間を過ごしているはずなのに、俺はいつのまにか眠っていた。我ながら緊張感がないなと思っているところで、窓をノックする音が聞こえた。
「おーい!今から遊ばね?」
幼馴染の声が聞こえた。
「おーい!今から遊ばね?」
分かっている。これはあいつの声じゃないのに。
でも、教室でふざけ合っているあいつの声を聞くと安心してしまう。
「おーい、今から遊ばね?」
「おーい、今から遊ばね?」
「おーい、今から遊ばね?」
「おーい、今から遊ばね?」
「おーい、今から遊ばね?」
声の主は全く調子を変えることなく、同じ台詞を繰り返していた。心底ゾッとする。
しばらくして、外は静かになった。
もうどこかへ行ったか。そう思ったが、今度は母の声が聞こえた。
「お腹すいたでしょ?ごはんできてるわよー」
「お腹すいたでしょ?ごはんできてるわよー」
俺は早くも限界を迎えそうになっていた。
でも、ここで反応してしまったら最後。
とにかく耐えようと思って、俺は持ち込んだスマホを手に取り動画サイトを開いた。
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ねエ そこニ いルんでしょウ?
どうシて 返事 してくれナいの?
さビしイ カなシい
ワたし こワくなイのに
──────────────────
動画を見ている間も、家族や友達の声、それから古い歌?呪文?が聞こえてきたり、さっきよりも強い力で窓を叩く音がしたりしていた。
なんとか耐えないと。いや、意識しすぎても逆効果か。
……。
せっかく動画を見始めたのに、まるで集中できない。
怖い。
怖いよ。
……。
……。
いつの間にか、俺はまた眠ってしまったようだ。
次目を覚ますと、家族とイトウヅさんが俺の顔を覗いていた。
俺はびっくりして叫びそうになったが咄嗟に口を塞いだ。
「……ふぅ、よかったよかった。」
「これで、これで息子は無事なんですね?!!」
「おはようございます。無事で何よりだよ。
これで一旦、檪彁様は去りました。」
「ですが、彼女は執着心が強いので、このままこの地にいれば必ず何かしてくるに違いありません。なので、突然ではありますが皆様はこの集落からなるべく離れてください。」
イトウヅさんは俺たちにお守りと昨日使ったお酒と色んなものを混ぜた液体をくれた。
「引っ越しについてですが、私の知り合いの貸家がありますので、もしよければ話をつけておきますよ。お金もたくさん払ってもらったことですし(小声)。」
話をしながらも、俺たちは引っ越しのために急いで準備をした。
それからしばらくして、準備がようやく終わった。
疲れたと思う暇もないまま、俺たちは知らない街に向かった。
イトウヅさんの運転するトラックの助手席に乗った俺は、暇だったから外を見ようと窓を開けようとした。しかし、
「少なくともこの集落を出るまでは、窓は開けないほうが、というよりも外の景色はあまり見ないほうがいいよ。いつ何時、檪彁様とすれ違うか分からないからね。」という彼の言葉で俺は窓を開けるのをやめた。
これから俺は、どうしていけばいいんだろう。
家族に危害が加わることがあったら?
友達には、突然の転校をなんて説明したら?
「大変な目に遭ったね。でも、あまり悩んではいけないよ。こういうスキをついて、悪い物がつけこんでくるから。」
全てお見通しだとでもいうように、イトウヅさんはそう言った。
俺はハッとして、なんとなく窓の方を見た。
夕焼け色に染まる空と、連なる山々が見えた。
あの集落はもうここから見ることはできなかった。
でも、そうしか仕方がないんだ。
後ろを振り返ったら、檪彁様がいるかもしれない。
前を向くしかないんだ。
俺はそのことを悟って、気を引き締めなおした。