家に帰ってから少し仮眠をとり、18:00頃に目が覚めた。
ふとスマホを見ると、お疲れ様とメッセージが入っていた。彼女からだ。
愛おしい彼女からのねぎらいで、眠気も疲れも飛んでいく気がした。
目が覚めて、スマホをつけると21:30を指していた。随分眠ってしまったようだ。
LINEには200件と少しのメッセージが届いていた。ぼんやりとした頭でメッセージの主をサラッと見ていると、『大好き』のメッセージが入っていた。彼女からだった。
その大好きの一言だけが、メッセージに残っていて。急に言いたくなってしまったのかな、なんて思うと愛おしくてたまらなかった。『突然だね、私も大好きだよ』とすぐに返信すると即既読が着く。どうやらたまたま見ていたらしい。自分で言っておいて恥ずかしくなってきた、なんて言うから愛おしくてたまらない。
今日は私の事をずっと考えていたらしい。彼女の思考を私の存在で侵している、それだけでたまらなく嬉しくなってしまう。本当に思考を支配されているのはこちらなのに、という本音は隠していつでも会えたらいいのにね、と言ちる。互いに時間はあるのに、噛み合わないのだ。多忙な彼女に合わせてあげたいが、自身も受験生だから合わせられない。彼女にいつも会いたいなと、そう思いながら彼女と撮ったプリクラを見つめて日々をやり過ごしている。
しばらくLINEでやりとりしていると、彼女が次に会う時はもっと話せるようにする、と言うのでどうして?と聞いてみた。初めて会った日も通話も、彼女は沢山話してくれる。だから何故、と疑問に思ったのだ。
彼女曰く、人見知りで、しかも好きな人の前だったから全然話せなかったと言っていた。そうは思わなかったから、君の声が沢山聞けて嬉しかったよとすぐに返す。やや間があってから、『それなら良かった!今度はもっと話したいから話せるように頑張る』と返ってきた。自惚れかもしれないが、きっと私が声が聞けて嬉しかったと言ったことに照れたのだろう。それで時間が空いたのだろう。そう思っている。
沢山話すのを楽しみにしてるね、というLINEを最後に彼女は就寝した。とっくに眠ってしまった午前零時を過ぎた頃、私はそっと『おやすみ、大好きだよ。また明日』とLINEを送り、愛しい彼女に想いを馳せた。
今日は七夕だ。
今夜は蒸しているからか、星のちらちらと光るのがぼんやりとしか見えない。天の川は、この街では期待出来そうになかった。
今日。本来なら、事前に彼女を誘って七夕祭りに行って……彼女と2人で七夕飾りを見たいと思っていた。多忙な日々を過ごしていたせいで、七夕祭りに気づいたのは金曜日だったが。
彼女というのは、8駅先に住んでいる一つ下の女の子だ。笑顔が可愛らしくて、明るくて快活な子だ。彼女とは元々ネットで知り合い、ネット上で付き合いを始めた人だった。
忘れもしない、あの晴れた6月の日。あの日に、初めて会った時だ。元から性格も声も可愛らしく愛おしく感じていたが、初めて会った彼女の笑顔に私は再び恋に落ちたのだった。
私は胸がときめくのを、その時確かに感じた。
彼女と触れ合うのは何となく恥ずかしくて、手は繋げなかった。だがプリクラを撮ろうと、暫く会えないだろうから写真を残そうと言った時に流れで抱き締めるような写真を撮ったのだ。
その時、抱き締めた時に香ったシャンプーと柔軟剤の仄かな甘い香りが愛おしくて。私の腕の中で照れたように笑う表情も、細い肩の揺れすらも可愛らしがった。暫く抱き締めていたかったが、そうもいかないので逸る心臓を抑えながら撮影ブースを出たのを確かに記憶している。
私は元来、誰かを好きになるということが苦手だった。と、言うよりは、恋が分からなかった。
初恋の子は、幼稚園の頃からの幼馴染。然し今となっては、あれは恋慕だったのか深い友愛だったのかはもう分からない。
だがきっと、今は彼女に恋をしているのだろう。
私が好きな、彼女に。私を隣に立たせてくれる愛しい人に。
愛してる、なんて気軽に言えるのは軽い関係なのだろうと知った。その反面、好き、大好きは言うのも少し恥ずかしいことなのだと。
私は親友と距離が近い、と言うよりゼロ距離の時が多かったため、正しい距離感が分からない。だけど。
きっと、あの大きな祭りに行く時には人が多いからと彼女と手を繋げるだろう。
その日がとても楽しみで、その日を考えると今から心臓が高鳴ってしまうのが分かる。あの祭りでは、花火が上がる。2ヶ月後の祭りは、付き合って3ヶ月を少し過ぎる頃だ。その時、また彼女に思いを伝えよう。花火の鮮やかな光を眺めながら、川沿いの芝生に2人で座って夜空を見上げよう。
彼女の夜空の下での笑顔を見て、きっと私はまた恋に落ちる。
今宵は織姫と彦星の逢瀬の日だ。
きっと私たちの逢瀬は、9月の祭の日になるのだろう。
私達の七夕はその日になるのかもしれない。
色とりどりの花が、色を失ったビル街の雨雲の下に咲いている。
一人一人で忙しなく乱れているのをどこか滑稽に思いながら私はエレベーターでフロントまで降り、カバンから折り畳み傘を取り出した。……が、外を見る限りどうやら雨が強いようだ。こんな風雨じゃ折り畳み傘なんて無力だろう。ぼんやりと空を見ると、しばらくすれば弱まりそうだった。はあ、とため息を吐きスマホを取り出そうとした瞬間、後ろから色鮮やかな色が私の手元を染めた。
「よ。困ってる?」
「……横溝君。フロントで傘を開かないの」
「ハハッ、お堅い氷川様の仰せのままに〜。けど俺はツンケンしてるかっこいいお姫様のために傾けてるんだぜ?」
へらりと茶髪の彼が笑う。ステンドグラスの模様が描かれたビニール傘を持ったいけ好かない彼は、肩を竦めながらのらりくらりとクサイセリフで躱す。私はその言葉の一つ一つに顔を顰め、指先で傘を退ける。
「変な冗談はよして。そういうのは好きな子にでもやりなさい」
「だから今やってるだろ」
は、と声が漏れた。
その声を食べるように、彼は私の口を手で覆ってから彼自身の手の甲へキスを落とし笑う。
あまりにも非現実的で、信じられなくて。
だけど。
仕方ないから、今日はステンドグラスみたいなその傘に入ってあげることにした。
雨は、そろそろ止みそうだ。
緩やかに、空が視界を横切っていく。
雲を突き抜け湿った服が風で冷たくなり、肌を冷やしていく。
綿菓子みたいな雲を掴めるはずもなくて。冷えきって動かない手を軽く伸ばしてみるけれど、何にも当たることは無かった。
耳元でずっと、風が唸る。
突然。
木々が見えたかと思うと、体は水に叩きつけられた。