昔、仲間だった人間を探している。
くだらない喧嘩で疎遠になったやつだ。
きっと彼は亡くなっているだろう。
人間は他の種族と比べても寿命が短い。その命が僕の10分の1もないんて、知らなかったんだ。
どんな喧嘩をしたのかも、昔のこと過ぎて忘れてしまった。
今日、僕は旅に出ようと思う。きっかけは、彼に貸していた本が必要になったから。
けどその頃には60年ほど時が過ぎていた。
「人間には、十分すぎる時間だね」と先生は言う。
それでも、僕は「行きます」と告げた。
彼が生きている保証はない。僕は間違えてしまった。
彼に会いに行こう。そして遅すぎる「ごめん」を伝えに行こうと思う。
田舎町に大雪が降り、一晩で一面、雪景色に変わった。
町を少し離れた場所、山道に続く開けた道がある。
左右に、田園があり春には、青い色の花畑ができ、夏は緑色の絨毯が広がる。
バートラムは、雪道を走った。あと3分で、鐘が鳴る。
この先に、廃墟になった教会がある。そこで、オーガストが待っている。
―――急がなければ!
雪に足を取られそうになっても、バートラムは走り続けた。その手には一通の手紙が握られている。
仕事を終えたバートラムが、家に帰ると扉の下に、一通の手紙が差し込まれていた。
差出人は、オーガスト。
『バートラム、君は僕に隠し事をしているね? 僕は、すべて知ってしまった。誰かが僕を見張る目。差出人のわからない手紙とプレゼント。僕は怖かったよ。怖くて死んでしまいたくなった。外が怖い。人も怖い。君とであった夜、とても驚いた顔をしていたね。あれは僕を見ていたのに、僕が君の存在を、気づいてしまったから、驚いていたんだね? 僕を見ていたのは君だ。そうだろう? そうとは知らず、君に相談して、守ってくれる優しい君に、僕は恋をした。何度も愛しあった。君が僕を苦しめていた人だとは、知らずに。それだけならよかったのに。僕らは許されない恋をした。バートラム、僕を愛しているなら、鐘が鳴るその前に、廃村近くの教会へ来て』
手紙と同封されていた一枚の写真には、二人の幼い少年が写っていた。
右側に写る少年の口元には、ほくろがある。この子はオーガストだ。
左側に写る少年の顔には、見知ったアザがある。
くしゃりと手紙と写真を握りしめ、教会へ走り出す。
あの写真の少年たちは、自分たちだった。
教会近くの廃村まで、たどり着いた。まだ鐘は鳴っていない。
息を整えて、オーガストを捜す。
廃村ということもあって、そこは崩れた建物が未だに残っている。
その向こうには、一面真っ白な、開けた平地が続いていた。
「……オーガスト」
冷たい冬の空気を肺いっぱいに吸い込み、教会へ走り出す。
ザクザクと雪が音を立てる。鼻が冷たい空気で痛む。
―――ゴーン、ゴーン、ゴーン。
鐘の音が遠くで聞こえる。空気を一気に吸い込み、腹の底から絞り出すように叫ぶ。
「オーガスト!」
パァン!
教会の方から、破裂音がした。バートラムの脳裏に最悪なビジョンがよぎる。
―――オーガスト、オーガスト、オーガスト。
教会に近づくたび、心臓がバクバクと脈打つ。やめてくれと脳が警告する。
どうか、あの破裂音が銃声でありませんように。雪の上に横たわる人が、オーガストではありませんように。
白い雪に鮮血が広がっていく。横たわるのは、口元にほくろのある若い青年。
「はぁ………はぁ……あ、あぁ……」
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
膝から崩れ落ちるように、バートラムは泣き叫んだ。
雪を握りしめ、何度もこぶしで地を殴る。行き場所を失った怒りと悲しみは、澄んだ雪に吸い込まれていく。
くたりと横たわるオーガストを抱きかかえ、頬を軽く叩く。
「お、オーガスト? ……ねぇ、オーガスト。私はここだよ? オーガスト。君に会いに来たんだ」
ぼたぼたと落ちる涙が、オーガストに降る。まだ彼の身体は温かい。けれど閉じられている瞳が開くことはなかった。
それでも、バートラムは、オーガストに話し続ける。
「オーガスト、ごめんね。私は君を苦しめてばかりだ。最低な私を、愛してくれた君といるのが怖くなった。知られたくなかった、見ていたのが私だと。だから手放してしまった」
オーガストを強く抱きしめる。身体は雪に熱を取られ、ぬくもりは感じない。
「逃げたんだ。君がから。けど今でも愛してる。君を誰よりも……。例え私たちが、生き別れた双子だとしても」
オーガストの手に握られていたピストルを手に握る。
「神が私を見放しても、この想いは消すことは出来ない」
にこりと微笑み、オーガストの唇にキスを落とす。
「愛してる。遅くなってごめんね。これからはずっと一緒だ……」
ピストルをこめかみにあて、引き金を引いた。
始まりはいつも───誰かの死から。
一周目は、親兄弟。内戦に巻き込まれ死亡。
自分だけが生き残った。
二週目は、友人を。冒険にでた道中で、魔物に襲われ死亡した。
三週目は、師匠を。自分の修行が終えると、大岩の上に腰掛けたまま亡くなっていた。
四週目は、自分だった。仲間の裏切りによって死亡。
最後に見た仲間は泣きながら「ごめん」と言った。
そして五度目の人生。立川学として日本に生まれ落ちた。
またしても、神は学に優しくない。
五週目の始まりも、人の死から始まった。
突如、都内中心部に空いた、謎の大穴の中で両親が死亡。
学はまだ4歳だった。人の死を理解できるか微妙な年頃。
父親の妹である真紀は、学に寄り添い、両親の死を教えてくれた。
その時、断片的に前世の記憶が蘇る。
学は、瞳を閉じた
───これから、立川学の人生が始まる。
両親の死から───十一年が過ぎ、学は高校生になった。
私立曙(あけぼの)高校、特攻科に入学。
この学校で、学業と共に、戦闘術や魔法を学ぶことになる。
今から、5年前───学が10歳の頃に大穴の探索に成功。
そこは現代日本とは違う、別世界に繋がっていた。
既存の動植物とは、かけ離れた姿かたちをしている生物。
魔法と思わしき力を扱える人類。
見た目も様々。二足歩行する人型の獣。耳の尖った人型の美女。
ニュースでは、写真と共に、探索を行なった人が事細かく説明していた。
そのニュースで、学の感情を大きく揺さぶったのは、一枚の資料写真。
四週目の人生で、学を裏切り魔族側に寝返った、元仲間の写真だった。
その姿は、魔族の様で。黒く牛のような大きな角。魔族の特徴である黄色い瞳をしていた。
そこで、学は彼に会いに行くことを決心。
育ての親になってくれた伯母の真紀に伝え、探索成功から2年後に設立された学校───私立曙高校特攻科に入学を決意した。
探索成功を機に、急ピッチで研究が行われていた。
現代人にとって魔法は空想のものだったが、別の世界の技術により、魔力を持つためのワクチンを開発。曙高校が設立すると同時に、魔法を扱える現代人が増えた。
12歳の学もワクチンを打ちに病院へ訪れるが、15歳からという年齢制限により拒否を受ける。
そして、入学当日。特攻科、最初の授業はワクチンを打ち、適正属性を知るといもの。
今年の特攻科は、かなりの希望者により、倍率も高く受かるのも、ひと握りだと言われていた。
ちらほら見知った顔がいる。
剣道日本一になった、天城剛健(あまぎごうけん)。
お嬢様学校で有名な泉田女子中学校出身のインフルエンサー如月夢美(きさらぎゆめみ)。
推薦入学者でモデル業をしている谷田まもる(やだまもる)。
入試試験一位合格者の新田霞(にったかすみ)。
新入生たちで校舎前は人でごった返していた。
「おうおう、どこの誰かと思えば、電波くんじゃねぇか」
後ろから声をかけてきたのは、同じ中学出身の屋井夏哉(やいなつや)。大柄な体に横暴な性格の男子生徒だ。
彼の後ろには見知らぬ男子生徒が二人立っている。
中学のころと変わらず取り巻きをすでに作ったようだ。
「屋井くん、卒業式ぶりだね」
「まさか、お前もあけ高に入学してるとはなぁ」
ゲラゲラと三人は下品に高笑いする。
「まあね……。それより、クラス分け、君は見たの?」
「あぁ、俺様は一組。こいつらは二組だった」
「そっか。……じゃあ僕も見てくるよ。まだなんだ」
「おい、待てよぉ。でーんーぱーくーん?」
ぽんと肩に手を置かれる
「ん?」
「お前……退学しろよ?」
「あー」
学は一瞬悩むふりをした。にこりと笑い屋井を見る。
彼はニヤニヤしていた。
体も大きいが、顔も一般男性の二倍はある。分厚い唇から除く、歯にはのりが挟まっていた。
気持ち悪いなぁと学は心の中でつぶやく。
肩から彼の腕をどけ「気が向いたらね」といい、その場を離れた。
「おはよう。新入生、諸君。私が1年、特攻科の指導員───小金井飛鳥だ」
180cmはありそうな高身長の女性。黒のタンクトップに迷彩柄のつなぎを腰で縛って着ていた。
「これから、君たちには血液検査を受けてもらう」
「え? ワクチンだけじゃないんですか?」
「もちろんだ。君たちの、事前健康診断の資料はすでに確認済みだ。ここで確認するのは、適正ワクチンを調べる。適性がないワクチンを打つと、重篤なアレルギー反応を引き起こしたり、魔力暴走により死亡する。そのための血液検査だ。わかったなら、クラスごと男女別に名前順で並べ!」
はいっ! とみんなが一斉に声を上げ、学は3組の列に並び検査室に向かう。
ひとまず生徒は、無機質な白い大部屋に待機することになった。
左右に扉があり、左の男、右に女と紙に大きく太字で書かれてある。
「3組の諸君、全員いるな? よし、今から男女5名ずつ名を呼ぶ。返事をしたあと、扉の奥に進み血液検査を受けろ。数秒で検査結果が出る。結果の紙を受け取り、戻ってきたらワクチン摂取の部屋に案内する。わかったな」
はいっと生徒が一斉に返事をする。
小金井が、男女ともに前から5名の名前を呼びぞろぞろと中に入っていく。
待機中の生徒は、自分の適正属性を予想する話に花を咲かせていた。
「立川。立川学」
「はい」
小金井が男側の扉を親指で指し、学は中に進む。
中は先程の大部屋と同じく、無機質で白い。
5つのテーブルが横に並び、それぞれパーテンションが仕切られていた。
「立川くーん」
女性の甘ったるい声がする。
二番と書かれた旗を振る看護師が、ニコニコしながら呼んでいた。
「こんにちわぁ」
「あ、こんにちわ。立川です。よろしくお願いします」
そう言い、袖をまくり右腕を差し出す。
「うん、うん。いい腕だね。太くてぇ、男らしいう、で」
バンドで上腕部を縛り、つんつんと血管を探す。
「手を握っててねぇ。わぁ、血が取りやすそうな血管だぁ」
看護師はうっとりと学の血管を観察していた。
「あの……」
「あ、ごめんねぇ。今取るね。ちくっとするよぉ」
針が入り、血を採取していく。これは現代日本でよく見る医療のまま。
「採取完了。ちょっと待ってねぇ。すぐ結果出るからぁ」
卓上冷蔵庫のような機械に採血した容器を入れ、ボタンを押した数秒後、ビーッと長い紙が上から印刷される。
「結果出たよぉ。どれどれぇ……───ッ!」
看護師の目の色が変わる。学の顔を一度見ると、胸ポケットに入れていたPHSを操作しどこかに連絡を入れた。
その人物はすぐに現れた。小金井だ。
2人はひそひそと話し合い。小金井が学に向き直る。
「立川、正直に答えてくれ。君はワクチンを摂取したことがあるのか?」
数人がこちらに顔を向け、室内にいる人間がざわつく。
「いいえ。12歳の頃に受けようと病院に行きましたが、年齢の関係で断られたっきり、ワクチンは入学のあと決めていましたから。……ぼくの結果になにかありましたか?」
小金井と看護師は顔を見合わせ、眉間にしわを寄せる小金井は、結果の書かれた紙を差し出した。
「……ここを見ろ」
小金井が指す場所には、ワクチン非対象。魔力レベルが書かれていた。
「魔力レベル∞(カンスト)異常な数値……いやこれを数値と言っていいべきか。まだ設立して間もない組織ではあるが、君のような人間は初めてだ。本当にワクチンを打っていないのだな?」
「はい。打ってません」
小金井は納得いっていないような表情だが、二度頷き「わかった。信じよう」といい、学を退出させた。
───やっぱりな。
魔力があるのではないか、という予感は中学生の頃には感じていた。
幾度となく、感じる違和感。ふと見えるビジョンは予知の前触れ。
手のひらや体が熱くなるのは、火属性の前兆。
水を欲し一日に二L以上の水分を摂るのは、水属性の前兆。
髪の毛が逆立ち、静電気を感じるのは、雷属性の前兆。
頻繁にめまいを起こしたり、地の底からエネルギーを感じるのは、土属性の前兆。
くしゃみをしたときつむじ風ができたり、突風が歌に聞こえるのは、風属性の前兆。
草花にエネルギーを感じたり、傷や病気が治りやすいのは、草属性の前兆。
夢で暗闇の中にいる自分を、客観的に眺めていたり、他人からにじみ出る瘴気を感じるのは、闇属性の前兆。
人から一緒にいると楽になると言われたり、空の上から声が聞こえたりするのは、光属性の前兆。
予知も光属性の前兆である。
この違和感に覚えがあった。
三週目の人生のとき、修行中に感じたものと似ている。
あのときは魔法というものは存在しなかったが、それに近しい力が存在した。
火、水、地、草、風。それらの力を体内に宿し強くなるというもの。
火吹き山に何年もこもり、火を体に宿す。
氷結の滝に何年も打たれ、水を体に宿す。
地下の巣窟に何年も潜り、地を体に宿す。
永遠の森林に何年も住み、草を体に宿す。
恐山の旋風村の何年も通い、風を体に宿す。
体に力が宿るとき変化が訪れる。
火を熱いと感じなくなったり、体温が上昇したり、水と自分の境目がわからなくなったり、各力によって感じ方はまちまちだが、中学生の頃に感じたもの類似していた。
だが、困ったことが一つある。
魔力をコントロールできても、魔法が一切使えない。
魔力の使い方がわからない。ポンコツである。
それは四週目の人生でも同じだった。
魔力はあれど、使い方がわからない。
そのため、敵や魔物を倒すときは剣を使っていた。
魔導師の素質があり、魔力の経験値が上がりやすいため、魔法が使えないのに魔力だけが上がり続けていく。
その魔力が五度目の人生にそのまま移行されたのだろう。
採血後に配られた初心者の魔法書という教科書に目を通しても、魔力の使い方がわからなかった。
貴族同士の政略結婚。よくある話だ。
地位、権力、名声、富それらすべてを欲しがる輩はたくさんいる。
この女もその1人だろう。
蝶よ花よと育てられた娘には酷な場所。
戦場と化したこの国を捨て逃げ出すに決まっている。
もしくは怯え、家に閉じこもり死んでゆくのだと思っていた。
「なんです? その顔は」
目の前にいるのは先日婚礼の義をあげた女、ケイシーだ。
白い細身のドレスに身を着飾っていたあの日とは違い、戦士と同じく鎧を身にまとって剣を振っている。
「ぼさっとしていますと、死にますよ。アロイシウス様」
彼女の声に我に返り、敵を斬っていく。
「なぜ、君がいる」
「なぜと、言われましても。当然のことですよ」
「なに?」
クスクスと笑いながら、敵をなぎ倒して行く彼女はまさしく戦場の修羅そのもの。
「幼い頃から戦闘のすべてを叩き込まれ、嫁ぐ際には、命がけで国を守れ、と言われておりますゆえ、私が戦うのは必然かと」
剣についた血を払い、振り返る彼女はドレスを着飾ったときよりも美しかった。
「繊細な花だと、思いましたか?」
薄藤色の瞳がアロイシウスをとられる。
「蝶のように自由に舞い、花のように咲き誇り、最後には踏みにじられる。そんな女に見えましたか?」
「あぁ、見えた。君は最初から美しかった。だからこそ、このような場所に嫁いでいいはずのない。そして俺はたくさんの人を殺し、いつかは戦場で死にゆく人間だ。君との婚姻もすぐに解消するつもりだった」
「けど、手放したくなくなった?」
「そのとおりだ。ケイシー」
ケイシーの頬をひと撫でし、唇に口づけをする。
「ムードの欠片もない口づけですね」
ふっと笑った彼女。言うとおり周りは敵国の死体が散乱している戦場。
それでもこの思いは伝えておきたいと思った。
「ケイシー、愛している。全力で君を守ろう」
「いいえ、アロイシウス様。そこは共に戦おうと言ってください」
彼女は微笑み言い、アロイシウスの手の甲に口付けた。
「私は貴方と共に戦うためにここに嫁いだのです」
「君の言うとおりだなケイシー。共に戦い、そしていつかこの国が平和であるように生きよう」
2人は手を繋ぎ戦場を後にする。
息をするたび 喉に詰まる感覚がある。
水の中みたいに苦しい。
誰かと過ごすわけでもなく 教室の隅で本を読んでいた。
密かに 君を見ていると 胸が高鳴る。
何もいらない 何もいらない 何もいらない。
君は君のままで生きて その様を僕の手で書きたい。
飾らない君が好き。等身大の君がいい。
深海に射した光のように眩しく 僕の手で壊したい。
光に群がる蛾のように 愛に飢えている君。
学校では擬態している。まるでタコのよう。
息苦しいだろう 息苦しいだろう 息苦しいだろう。
君は上手く隠しているつもりでも 僕は知っている。
君の中にある 深海を僕は書きたい。
君は等身大でもきれいだ。そのままでも魅力だ。
だから中心にいる 君を僕は殺したい。
僕は何もいらなから 君にあげる。
その代わり君は僕の主役(ヒロイン)だ。
物語を紡ぐ 君だけの酸素(ラブレター)を。
飾らないで 等身大でいて そのままでも魅力だ。
僕は君を書く 君は僕の前で演じる。
最高の主役(ヒロイン)を。
君以外は何もいらない。