本棚の隙間

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始まりはいつも───誰かの死から。
一周目は、親兄弟。内戦に巻き込まれ死亡。
自分だけが生き残った。
二週目は、友人を。冒険にでた道中で、魔物に襲われ死亡した。
三週目は、師匠を。自分の修行が終えると、大岩の上に腰掛けたまま亡くなっていた。
四週目は、自分だった。仲間の裏切りによって死亡。
最後に見た仲間は泣きながら「ごめん」と言った。
そして五度目の人生。立川学として日本に生まれ落ちた。
またしても、神は学に優しくない。
五週目の始まりも、人の死から始まった。
突如、都内中心部に空いた、謎の大穴の中で両親が死亡。
学はまだ4歳だった。人の死を理解できるか微妙な年頃。
父親の妹である真紀は、学に寄り添い、両親の死を教えてくれた。
その時、断片的に前世の記憶が蘇る。
学は、瞳を閉じた
───これから、立川学の人生が始まる。

両親の死から───十一年が過ぎ、学は高校生になった。
私立曙(あけぼの)高校、特攻科に入学。
この学校で、学業と共に、戦闘術や魔法を学ぶことになる。
今から、5年前───学が10歳の頃に大穴の探索に成功。
そこは現代日本とは違う、別世界に繋がっていた。
既存の動植物とは、かけ離れた姿かたちをしている生物。
魔法と思わしき力を扱える人類。
見た目も様々。二足歩行する人型の獣。耳の尖った人型の美女。
ニュースでは、写真と共に、探索を行なった人が事細かく説明していた。
そのニュースで、学の感情を大きく揺さぶったのは、一枚の資料写真。
四週目の人生で、学を裏切り魔族側に寝返った、元仲間の写真だった。
その姿は、魔族の様で。黒く牛のような大きな角。魔族の特徴である黄色い瞳をしていた。
そこで、学は彼に会いに行くことを決心。
育ての親になってくれた伯母の真紀に伝え、探索成功から2年後に設立された学校───私立曙高校特攻科に入学を決意した。

探索成功を機に、急ピッチで研究が行われていた。
現代人にとって魔法は空想のものだったが、別の世界の技術により、魔力を持つためのワクチンを開発。曙高校が設立すると同時に、魔法を扱える現代人が増えた。
12歳の学もワクチンを打ちに病院へ訪れるが、15歳からという年齢制限により拒否を受ける。

そして、入学当日。特攻科、最初の授業はワクチンを打ち、適正属性を知るといもの。
今年の特攻科は、かなりの希望者により、倍率も高く受かるのも、ひと握りだと言われていた。
ちらほら見知った顔がいる。
剣道日本一になった、天城剛健(あまぎごうけん)。
お嬢様学校で有名な泉田女子中学校出身のインフルエンサー如月夢美(きさらぎゆめみ)。
推薦入学者でモデル業をしている谷田まもる(やだまもる)。
入試試験一位合格者の新田霞(にったかすみ)。
新入生たちで校舎前は人でごった返していた。
「おうおう、どこの誰かと思えば、電波くんじゃねぇか」
後ろから声をかけてきたのは、同じ中学出身の屋井夏哉(やいなつや)。大柄な体に横暴な性格の男子生徒だ。
彼の後ろには見知らぬ男子生徒が二人立っている。
中学のころと変わらず取り巻きをすでに作ったようだ。
「屋井くん、卒業式ぶりだね」
「まさか、お前もあけ高に入学してるとはなぁ」
ゲラゲラと三人は下品に高笑いする。
「まあね……。それより、クラス分け、君は見たの?」
「あぁ、俺様は一組。こいつらは二組だった」
「そっか。……じゃあ僕も見てくるよ。まだなんだ」
「おい、待てよぉ。でーんーぱーくーん?」
ぽんと肩に手を置かれる
「ん?」
「お前……退学しろよ?」
「あー」
学は一瞬悩むふりをした。にこりと笑い屋井を見る。
彼はニヤニヤしていた。
体も大きいが、顔も一般男性の二倍はある。分厚い唇から除く、歯にはのりが挟まっていた。
気持ち悪いなぁと学は心の中でつぶやく。
肩から彼の腕をどけ「気が向いたらね」といい、その場を離れた。


「おはよう。新入生、諸君。私が1年、特攻科の指導員───小金井飛鳥だ」
180cmはありそうな高身長の女性。黒のタンクトップに迷彩柄のつなぎを腰で縛って着ていた。
「これから、君たちには血液検査を受けてもらう」
「え? ワクチンだけじゃないんですか?」
「もちろんだ。君たちの、事前健康診断の資料はすでに確認済みだ。ここで確認するのは、適正ワクチンを調べる。適性がないワクチンを打つと、重篤なアレルギー反応を引き起こしたり、魔力暴走により死亡する。そのための血液検査だ。わかったなら、クラスごと男女別に名前順で並べ!」
はいっ! とみんなが一斉に声を上げ、学は3組の列に並び検査室に向かう。
ひとまず生徒は、無機質な白い大部屋に待機することになった。
左右に扉があり、左の男、右に女と紙に大きく太字で書かれてある。
「3組の諸君、全員いるな? よし、今から男女5名ずつ名を呼ぶ。返事をしたあと、扉の奥に進み血液検査を受けろ。数秒で検査結果が出る。結果の紙を受け取り、戻ってきたらワクチン摂取の部屋に案内する。わかったな」
はいっと生徒が一斉に返事をする。
小金井が、男女ともに前から5名の名前を呼びぞろぞろと中に入っていく。
待機中の生徒は、自分の適正属性を予想する話に花を咲かせていた。
「立川。立川学」
「はい」
小金井が男側の扉を親指で指し、学は中に進む。
中は先程の大部屋と同じく、無機質で白い。
5つのテーブルが横に並び、それぞれパーテンションが仕切られていた。
「立川くーん」
女性の甘ったるい声がする。
二番と書かれた旗を振る看護師が、ニコニコしながら呼んでいた。
「こんにちわぁ」
「あ、こんにちわ。立川です。よろしくお願いします」
そう言い、袖をまくり右腕を差し出す。
「うん、うん。いい腕だね。太くてぇ、男らしいう、で」
バンドで上腕部を縛り、つんつんと血管を探す。
「手を握っててねぇ。わぁ、血が取りやすそうな血管だぁ」
看護師はうっとりと学の血管を観察していた。
「あの……」
「あ、ごめんねぇ。今取るね。ちくっとするよぉ」
針が入り、血を採取していく。これは現代日本でよく見る医療のまま。
「採取完了。ちょっと待ってねぇ。すぐ結果出るからぁ」
卓上冷蔵庫のような機械に採血した容器を入れ、ボタンを押した数秒後、ビーッと長い紙が上から印刷される。
「結果出たよぉ。どれどれぇ……───ッ!」
看護師の目の色が変わる。学の顔を一度見ると、胸ポケットに入れていたPHSを操作しどこかに連絡を入れた。
その人物はすぐに現れた。小金井だ。
2人はひそひそと話し合い。小金井が学に向き直る。
「立川、正直に答えてくれ。君はワクチンを摂取したことがあるのか?」
数人がこちらに顔を向け、室内にいる人間がざわつく。
「いいえ。12歳の頃に受けようと病院に行きましたが、年齢の関係で断られたっきり、ワクチンは入学のあと決めていましたから。……ぼくの結果になにかありましたか?」
小金井と看護師は顔を見合わせ、眉間にしわを寄せる小金井は、結果の書かれた紙を差し出した。
「……ここを見ろ」
小金井が指す場所には、ワクチン非対象。魔力レベルが書かれていた。
「魔力レベル∞(カンスト)異常な数値……いやこれを数値と言っていいべきか。まだ設立して間もない組織ではあるが、君のような人間は初めてだ。本当にワクチンを打っていないのだな?」
「はい。打ってません」
小金井は納得いっていないような表情だが、二度頷き「わかった。信じよう」といい、学を退出させた。

───やっぱりな。
魔力があるのではないか、という予感は中学生の頃には感じていた。
幾度となく、感じる違和感。ふと見えるビジョンは予知の前触れ。
手のひらや体が熱くなるのは、火属性の前兆。
水を欲し一日に二L以上の水分を摂るのは、水属性の前兆。
髪の毛が逆立ち、静電気を感じるのは、雷属性の前兆。
頻繁にめまいを起こしたり、地の底からエネルギーを感じるのは、土属性の前兆。
くしゃみをしたときつむじ風ができたり、突風が歌に聞こえるのは、風属性の前兆。
草花にエネルギーを感じたり、傷や病気が治りやすいのは、草属性の前兆。
夢で暗闇の中にいる自分を、客観的に眺めていたり、他人からにじみ出る瘴気を感じるのは、闇属性の前兆。
人から一緒にいると楽になると言われたり、空の上から声が聞こえたりするのは、光属性の前兆。
予知も光属性の前兆である。
この違和感に覚えがあった。
三週目の人生のとき、修行中に感じたものと似ている。
あのときは魔法というものは存在しなかったが、それに近しい力が存在した。
火、水、地、草、風。それらの力を体内に宿し強くなるというもの。
火吹き山に何年もこもり、火を体に宿す。
氷結の滝に何年も打たれ、水を体に宿す。
地下の巣窟に何年も潜り、地を体に宿す。
永遠の森林に何年も住み、草を体に宿す。
恐山の旋風村の何年も通い、風を体に宿す。
体に力が宿るとき変化が訪れる。
火を熱いと感じなくなったり、体温が上昇したり、水と自分の境目がわからなくなったり、各力によって感じ方はまちまちだが、中学生の頃に感じたもの類似していた。

だが、困ったことが一つある。
魔力をコントロールできても、魔法が一切使えない。
魔力の使い方がわからない。ポンコツである。
それは四週目の人生でも同じだった。
魔力はあれど、使い方がわからない。
そのため、敵や魔物を倒すときは剣を使っていた。
魔導師の素質があり、魔力の経験値が上がりやすいため、魔法が使えないのに魔力だけが上がり続けていく。
その魔力が五度目の人生にそのまま移行されたのだろう。
採血後に配られた初心者の魔法書という教科書に目を通しても、魔力の使い方がわからなかった。

10/20/2024, 7:24:40 PM