午前の8時を知らす鐘が鳴った。
でも、私は起き上がらない。いつもならもう学校に行っている時間だけど、今日は何故だか起き上がれそうにない。
誰の呼ぶ声も聞こえない。
ただ目の前に現れた白い翼を纏った何かに手を引かれて。
私は死んだのだと確信して。
ひたすらやり続けることが、人を幸せにした。
電気を食っては翼をつかって送風に送風を重ねることが、人を幸せにした。
本当はつまらなかったが、これしかできない自分を「幸せ」と捉えてくれることに感謝だった。
けれども時代は変わってしまった。
もっと有能な、もっと静かな子が出てきて
私はどんどんいらなくなった。
気づけば翼も折れて、捨てられて。
でもそんな絶望の中で、私の翼は動いた。
つまらないことが習慣になって、電気を食った私は、人の指先をズタズタに。
そう、私は扇風機。つまらないことでもずっと続けてきたからこそ、最期に私は一矢を報いることができた。
もう、やりたいことしかやりたくない。
やんなきゃならないことからは逃げて、
いっぱい楽しいことをしたい。
ストレスもなにもいらない。
そんな桃源郷を探している。
でも、目が覚めれば、ソレは夢。
夢オチ。そしたら全てが終わってしまう。
だから目が覚めるまでに、色々なことをしよう。
私が死ぬとき。それは、きっと夢オチなんだ。
だから私は生きたいように生きる。
目が覚めるまでに。
花瓶の水を差し替えて、造花の脚を濡らす。
今日も今日とて瞼の裏の世界から戻ってこない彼を見つめながら。
「あなたがどうしても起きないから、もうこの子も枯れてしまった。なんてね」
病室に、私の声が響く。花の色が幽かに白い壁を染める。
僅かに開け放された窓から、鳥のさえずりが迷い込む。
日に日に彼が白と同化していく。
ちょっぴり賑やかなお土産をそこに。まるでお供物のように。
今日も今日とてあの世から戻ってこない彼を想いながら。
「あなたがいつまでも帰ってこないから、もうあの子も巣立ってしまった。ホントよ」
霊園に、私の声が響く。線香の煙が、思い出の風化を早める。
乾いてしまった墓石に、蜘蛛が一匹。白い糸を伸ばして。
日に日に彼の遺した温もりが、白く儚く錆びていく。
大雨に、濃い霧。
この世界は、私を隠してくれる。
誰にも私を聞かせないし、
誰にも私を見せはしない。
全て遮断するソレに、一体どれほど助けられただろう。
毎日流れる、私は涙。罪のこもった、穢れた涙。
大雨に姿を隠す。世界がソレを黙認する。
「また明日も、大雨の中で泣くんだろうな、いつもの如く」
でももし、明日晴れたら、晴れてしまったとしたならば、
私の懺悔もバレてしまう。
涙の懺悔がかわいてしまう。
だから、明日はまた、雨を降らせて。