誰かと暫く一緒にいて、期限が来てその人の元を離れる時、私は泣いてしまう。
一緒にいる時間が長ければ長いほど、日常に染み込めば染み込むほど、涙の量は増える。
夜が老けて月夜が見守る帰りのバスの中で、一滴、また一滴と目から水が出てくる。
時間が経って、頭の中がキュッとなってぼやけて、何も考えられなくなる。
そんな状態で窓からぼやーっとふやけた街灯の光の走っていく様子が自分の目のガラスに映るのが好きだ。
「待ってて」
その言葉に従順に従ったのに。
あなたの言葉だったから従ったのに。
待てど待てど戻ってこない。
あのあと、辛かったよ。
1人で痛かった。
あのひのビルは、もうあんなに鮮やかに光っていないけれど私はまだここにいるよ。
あの日と違って人っ気なくて寂しいけれど、まだいるよ。
君に見えなくてもいいからさ、もう一回だけ会いに来て。お菓子とかいらないから私の名前をよんでよ。
P.s. _あの「ひ」のビル
-君に見えなくてもいいからさ
- お菓子
主人公は、、たひ
優しさ
あの人に電話する。
これも優しさだから。
今日も23時に電話が鳴る。もしもしと聞こえてくる声から遠ざかりたい。スピーカーにして、電話を自分から離れたところに置いて、物理的に距離をとってみる。
「うんうん、それでそれで?」
彼の話を聞く。もはやルーティンだ。仕事であったこと、面白かったこと。どれも難しい話で、半分くらい面白さはわかっていないけれど、それとなく共感してみる。
「それは面白いね!」
浅はかな言葉を並べて、自分なりに満足する。上手にできたなと。一通り話終わると、彼は時間の話に触れる。これも定型文だ。
「もうこんな時間だね。寝なきゃね。」
そうだね〜って言って、寝てみようと思うけどスピーカーから聞こえる画面のタップ音。おやすみって言っても、しばらく彼は寝ていない。見えないけどわかる。今日は何も話せなかった、今日は暑くて寝苦しい、そんなノイズが脳内を駆け回る。
何時間か経って、彼が寝たであろう時間にそっと電話を切ってみる。ここからが私の時間。
ミッドナイト
「あなたならそういうと思った」
女は男に向かっていった。
10分前、2人は肩を並べて真っ暗のリビングでソファに座り、目に突き刺さるような鋭い光線を放つテレビを眺めていた。けたたましい騒音を遮るように女は言う。
「私たぶん誰かと付き合うの向いていない。」
急にどうしたのと男は女の方に刹那の注意を向ける。女はその一瞬向けられた男の視線を掴んで、自分の目に合わせる。
「いつも優しくしてくれてありがとう、でもあなたの目は私を見ているのかな」
女の顔は今にも崩れそうで、唇を強く噛み締める痛みで必死に形を保っていた。男はなにも言わずに女を抱えた。
「忙しいのはわかってる、理解できてるの。無理しないでほしいし、普段誰にも吐けない今日あったこととか、たくさん聞いてあげたい」
女は自分の気持ちに近い言葉を紡ぐのに一生懸命だった。
「でもね、たまには私の話も聞いてほしいし、あなたのお仕事のお話ばかりじゃなくて、コーヒーって美味しいよねとかそういうくだらない話をしてみたいの」
わがままでごめんねと女は男の腕から抜ける。男はいった、もちろんだと。聞いてあげられなくてすまなかった、たくさん聞きたいとは思っているから遠慮なく話してほしい、でも実際仕事が忙しすぎて自分のことも周りのことも気が回らなかったと答えた。
女は小さな声で言った。
「ちがう」
と。男の回答は模範回答だった。一つもミスのない綺麗な返答。女は男の模範回答を聞いてもなお、取り払えない自分の心の中の霧を心底嫌悪した。そしてその後捻り出すように言った
「ちがく、、ない」
数分後、どこかスッキリしたような、若しくは全てを諦めたようにも見える顔で女は笑顔を作った。
「今日は帰るね。話し合ってくれてありがとう。」
「泊まっていかないの」
「うん、タクシー呼んであるから」
またね、とまた笑顔を作って見せる。男は女を目で追っている。
ドアを抜ける数秒前、女は男に尋ねた。
「帰ってほしくない?」
男は答えた。
「どっちでもいいよ」と。