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ミッドナイト


「あなたならそういうと思った」
女は男に向かっていった。

 10分前、2人は肩を並べて真っ暗のリビングでソファに座り、目に突き刺さるような鋭い光線を放つテレビを眺めていた。けたたましい騒音を遮るように女は言う。
 「私たぶん誰かと付き合うの向いていない。」
急にどうしたのと男は女の方に刹那の注意を向ける。女はその一瞬向けられた男の視線を掴んで、自分の目に合わせる。
 「いつも優しくしてくれてありがとう、でもあなたの目は私を見ているのかな」
 女の顔は今にも崩れそうで、唇を強く噛み締める痛みで必死に形を保っていた。男はなにも言わずに女を抱えた。
 「忙しいのはわかってる、理解できてるの。無理しないでほしいし、普段誰にも吐けない今日あったこととか、たくさん聞いてあげたい」
 女は自分の気持ちに近い言葉を紡ぐのに一生懸命だった。
 「でもね、たまには私の話も聞いてほしいし、あなたのお仕事のお話ばかりじゃなくて、コーヒーって美味しいよねとかそういうくだらない話をしてみたいの」
 わがままでごめんねと女は男の腕から抜ける。男はいった、もちろんだと。聞いてあげられなくてすまなかった、たくさん聞きたいとは思っているから遠慮なく話してほしい、でも実際仕事が忙しすぎて自分のことも周りのことも気が回らなかったと答えた。
 女は小さな声で言った。
 「ちがう」
 と。男の回答は模範回答だった。一つもミスのない綺麗な返答。女は男の模範回答を聞いてもなお、取り払えない自分の心の中の霧を心底嫌悪した。そしてその後捻り出すように言った
 「ちがく、、ない」
 数分後、どこかスッキリしたような、若しくは全てを諦めたようにも見える顔で女は笑顔を作った。
 「今日は帰るね。話し合ってくれてありがとう。」
 「泊まっていかないの」
 「うん、タクシー呼んであるから」
 またね、とまた笑顔を作って見せる。男は女を目で追っている。

 ドアを抜ける数秒前、女は男に尋ねた。
 「帰ってほしくない?」
 男は答えた。
 「どっちでもいいよ」と。

1/27/2024, 6:30:44 AM